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ちょっぴりドジな錬金術士 1

 シーファンの職人さん達との契約は、結べなかった。

 話をしに行った私にかけられたのは、『小娘が録に経営なんかできるわけがない』という、ラナフリールの職人さん達との交渉でも最初の日に言われた言葉。

 まあ、一度ですんなり決まるとは、私も思ってはいなかった。

 これからまた説得に通って、頑張って交渉を続けるしかない。

 願わくば、通い続けた後の結果まで、ラナフリールの職人さん達みたいな事になりませんように。


「ふぅ。やっぱり、しばらくこの街に滞在する事になりそうだね。先に宿取っておいて良かった。……でも、ここにいる間は交渉だけしてるってわけにもいかないし、いつも通り綿の入手と生きたヌイグルミのGETも平行してやりたいなぁ。……この街の近くに何処か、迷宮みたいな場所、ないかな?」

「そうですね……また冒険者ギルドに行って、冒険者に聞いてみますか、ユイ様? 彼らなら、そういった事に詳しいでしょうし」

「ん……そうだね、そうするのが一番かな。迷宮みたいな場所があったら、また戦闘、よろしくね? ラオ君」

「はい、ユイ様。頑張ります」

「ありがとう。……ふふっ。ラオ君、最近全然物怖じしなくなったね。最初の頃は怯えた目に小さな声が標準装備だったのに」

「! ……当初は……申し訳ありませんでした。ですが、これが本来の俺です。……自分を取り戻せたのは、ユイ様のおかげです。本当に、ありがとうございます」

「へっ? そ、そんな、私何もしてないよ?」

「……いいえ、十分、して下さいました」

「ええ……? な、何を?」


 何かをした覚えのなかった私は首を傾げながらそう尋ねたけれど、ラオ君はにこ、と微笑みを浮かべるだけで、答えてはくれなかった。

 むぅ……何をしたんだろう、私。

 ……それにしても、本来のラオ君かあ。

 確かに、今のラオ君は、私が知ってるゲームでのラオ君に似てるかな。

 ただ、どことなく違う感じがする部分もまだあるんだけど……そこは、奴隷になる、なんて辛い経験をしたせいで変わってしまった部分なんだろうし。

 うん、このラオ君が現在(いま)の、本来のラオ君、なんだろうな。

 向かいの席に座るラオ君を見ながらそんな事を考え、目の前に置かれたお皿から最後の一口を掬って口に入れると、私はカチリと、スプーンを置いた。


「ご馳走さま。さて……それじゃ、お腹もいっぱいになったし、そろそろ出る? 陽が高いうちに冒険者ギルドで情報仕入れておかなきゃね」

「はい。それでは行きましょうか」


 とうに食べ終わり、私の食事が終わるのを待っていたラオ君が私の言葉に頷くと、私達は、二人同時に席を立った。


「あ。ユイ様、こちらへ」

「えっ? わ……っと。あ、危なかった……ごめん、ありがとうラオ君」

「いえ」


 私達が座っていた席からは背後にある、この食堂の出入り口付近に設えられた会計場に向かおうと伝票を手にして振り返ると、突然ラオ君に腕を引かれ、引き寄せられる。

 その一瞬後、すぐ側を男性が通り過ぎて行った。

 どうやら、ちょうどそちらから歩いてきた人とぶつかりそうになったらしい。

 それを回避してくれたラオ君にお礼を言って、再び出入り口に向かって歩き出す。

 そして会計場に着くと、試作品として作って以来愛用している皮製の鞄から、財布を取り出して順番がくるのを待つ。

 ええと……幾らだったかな?

 確かランチは一人緑硬貨八枚だったから、合計が……青硬貨一枚に緑硬貨六枚、と。

 う~ん、しかしこのところ出費ばかりで、収入が少ないよねぇ。

 いくらあの王太子様がくれたお金がまだたくさんあるとはいえ……魔物退治で得たいらないドロップ品を売る以外に、ちょっと収入考えなきゃ駄目かなぁ?

 でも、バイトするとお店のオープン準備の為の諸々の時間が取れなくなるし……う~ん。


「……ねえ、ラオ君。ちょっと相談があ」

「いやいやいやですからっ!! 待って下さいってばっ!!!」

「んっ?」


 収入を得る方法についてラオ君と相談しようとすると、ふいに前方から慌てたような大きな声が聞こえてきた。

 そちらに視線を向けると、会計をしているらしい女の子が、何故か店員さんに腕を掴まれている。


「? ……どうしたんだろう?」

「さあ……何事でしょうか?」

「だから、違いますってば!! 食い逃げなんかじゃありません、ちゃんとお金持ってきます!! ゴールドストックにちゃんと…………いやいやいやだから!! ちゃんと支払いますから騎士団に突き出すのだけは勘弁して下さいってば~~!!!」

「えっ……?」

「……食い逃げ……」


 何をしているのだろうと首を傾げていた私達に、まるで答えるように、女の子は大きな声で必死に腕を掴んでいる店員さんに弁明している。

 その声に私はぱちぱちと目を瞬き、ラオ君は僅かに眉を寄せた。

 その間も女の子と店員さんの攻防は続き、一向に進まない会計の順番に並んでいる人達が苛立ちの声を上げ出す。

 すると、体格のいい男性がそこへ割って入って、店員さんから女の子を引き渡され、引きずって行こうとする。


「い、嫌あああ!! 違いますってば~~!! 離してぇぇ!! 財布なくなっただけなのぉ~~ゴールドストックにお金あるのに~~!! 取りに行かせてぇぇぇぇっっ!!!」


 女の子はそう泣き叫びながら必死に抵抗しているが、男女の力の差のせいか、ずるずると引きずられている。


「うわぁぁぁぁん嫌だぁぁぁ!! 私食い逃げなんかじゃない!! 食い逃げなんかじゃないのにぃぃぃ!!」

「………………。……あ、あの~……! ちょ、ちょっと……待って下さい……!」

「え……? ユイ様?」

「んん? ……何だ、お嬢ちゃん?」

「……いえ、あの。……ねえお姉さん、本当に、食い逃げじゃないんですね? ゴールドストックにお金、あるんですね……?」

「も、勿論だよぉ!! 所持金もあったんだけど……何故か、いつの間にか財布がなくなっただけなの!! 食い逃げなんてする気微塵もないのにぃ~~!!」

「……。……わかりました。なら、私が貴女の分も支払います」

「へっ……ほ、本当!?」

「はい。けど、すぐに返して貰いますよ? このままゴールドストックまで一緒に行きますからね? ……もし、今の話が嘘で、途中で逃げようとしたら……私の護衛の手で、今度こそ騎士団に突き出します。いいですね?」

「う、うん!! うんうんっ!! ありがとう!! 絶対にすぐに返すよ~~!!」

「……わかりました。約束ですからね? ……あの、店員さん。この人の食事代、私達のものと一緒に計算して貰えますか?」

「……構わないが……いいのかい嬢ちゃん?」

「はい」

「……そうかい。……助かったな娘さん。この人のいい嬢ちゃんに感謝するんだぞ」

「はいっ! そりゃあもう!!」

「……その言葉が真実ならいいが……少しでも逃げる素振りを見せたら、しばらくは痛みに悶えながら寝込む羽目になる事を覚悟して貰おうか」

「へっ!? に、逃げないよ!! ちゃんとすぐに返すってば!! 怖いな君!!」

「……ユイ様の優しさを裏切るなら、当然の報いを受けて貰うというだけだ」


 ボロボロと涙を流して泣き叫ぶ女の子を見かねて私が支払いを申し出ると、店員さんにじとりと一度睨まれてから、女の子は解放された。

 私が会計してる間、ラオ君が何やら不穏な事を言っていた気がするけど……まあ、逃亡防止の為の、ただの脅しなんだろう、うん。


★  ☆  ★  ☆  ★


「はい、私の分の食事代! 本当にどうもありがとう、助かったよ! ……ちゃんと返したからね、もう睨まないでよ! 本当に怖いな君!!」

「……ユイ様、金額は合っていますか?」

「うん。確かに返して貰ったよ」

「……そうですか。なら良かったです」


 ゴールドストックに移動した私達は、お金をおろした女の子にお金を返して貰った。

 逃亡を警戒してか、ずっと厳しい眼差しで女の子を見ていたラオ君は、私の返金確認の言葉を聞くと、ようやくその表情を元に戻す。


「もう、疑り深いなあ。……はあ、それにしても、これからどうしよう……工房設立の為にゴールドストックのお金はあんまり使いたくないのに……どこいったの、私財布……」

「あ、あはは……どこかに落とされたんですかね……って? こ、工房? 今、工房って言いました?」

「え? あ、うん。……私、錬金術士でね。少し前にようやく師匠に一人立ちを認められて、今は自分の工房を建てるべく、お金を貯めながら工房を構える土地を探して旅してるの」

「! れ、錬金術士……!!」

「やっぱり仕事を得るためには、工房を建てる場所は人の多い王都がいいかと思ってね~~……って……? な、何?」

「貴女に、是非お願いしたい事がありますっ!!」


 女の子が錬金術士だと知った私は彼女の手を握り、藁をも掴む気持ちでその言葉を発した。

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