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シーファンへ

 シーファンへ向かう馬車にガタゴトと揺られながら、私は緊張で体を小さく丸めていた。

 ぼんやりと窓の外に視線を向けてはいるけれど、そこから流れる景色など録に目には入らない。

 私は時々ちらりと、隣に肩を寄せるようにして座るラオレイール君を横目で見上げる。

 すると、やはり窓の外を見ているのであろうラオレイール君と、窓際の端に座る私の目が高確率で合う。

 その度に、ラオレイール君は目を細めて微笑んでくる。

 いや、今までも、迷宮へ向かって歩いている時や、街を歩く時なんかにも、ふと視線が合えばなんとなくお互いに軽く微笑み合ってはいた。

 ラオレイール君のその微笑みは、いつものそれと変わらない筈なのに……けれどもどこか違うように見えるのは、やっぱり昨夜の件を私が気にしすぎているせいだろうか。

 そう、ラオレイール君の様子は、いつもと何も変わらない。

 本当に全く変わらないから、私だけが意識しているようで……昨日のあれは何だったのか、なんとなく聞けずにいる。

 ……もしかすると、もしかするとだけど、ラオレイール君の国、ハーデンルークでは、あんなふうに抱きしめる事は挨拶のうちなのかもしれない。

 ゲームではそんな事どこにも書かれていなかったけど、ラオレイール君は昨夜、私を抱きしめながら『おやすみなさいませ』と言っていたし……親しくなった友人とかなら、たとえ異性でもああして親しみを込めて挨拶するのが普通だった、とか……。

 …………うん、そうだよ、きっとそう!

 だからラオレイール君の態度もいつもと変わらないんだよ!

 だいたい、乙女ゲーの攻略対象者だった程のイケメンのラオレイール君が、特に特徴もない十人並みの私を、そういった意味で抱きしめたいだなんて、思うわけないんだから!

 あれはただの挨拶だったんだよ、うんうん、もう気にしない、気にしない、気に…………うぅ、気にしないように頑張るから、もう少し時間下さい……。


「……ユイ様。大丈夫ですよ?」

「えっ!?」


 悶々と悩みながらも自身の中で結論を捻り出し、誰に言っているのか時間の猶予を求めたところで、まさかのラオレイール君からそれを受け入れるような言葉がかけられた。

 ま、まさか私、考えを口に出してた?

 ラオレイール君に、全部聞かれてた!?

 うわぁぁっ、だとしたら恥ずかしすぎる!

 ラオレイール君に『そんな意味なわけないのに、何勘違いしてるんだろう』とか思われて心の中で失笑されてたらどうしよう~!!

 私は恥ずかしさに顔を赤くし、それを隠すように両手で覆って俯いた。


「……ユイ様……。……ユイ様なら、大丈夫です。きっと契約を結べますよ」

「…………へっ?」


 しかし、そんな私に対して、続いてラオレイール君がかけた言葉に私は違和感を感じて、僅かに手を下げ、目だけを覗かせてラオレイール君を見上げた。

 ラオレイール君は優しげに微笑んで、私を見つめている。


「ユイ様ならきっと契約できます。だから、そんなに思い詰めないで下さい。大丈夫ですよ」

「え……えっと、け、契約って……? 何の……話?」


 私を見つめたまま同じ言葉を繰り返すラオレイール君に、私は首を傾げて尋ねた。

 すると、ラオレイール君は何故かキョトンとした顔になって目を瞬かせる。


「? ……シーファンの職人と契約を結べるかが不安で、今朝から落ち着かない様子を見せていたのではないのですか……?」

「!! ……あ……っ、そう! そうだよ!? うん、勿論そうだよ! む、結べるかなぁ契約……と、とにかく私頑張るからね、ラオレイール君!」

「はい、頑張って下さいませ。ユイ様なら、必ずどこかと契約を結べます」

「う、うん! ありがと、ラオレイール君!」


 そ、そっか、契約って、職人さんとの契約の事か……!!

 というか、契約と言えば、それ以外にないよね……なのにすぐそれに結びつかないとか、馬鹿なの私……何しにシーファンに行くのよ、もう……。

 自己嫌悪に、再び私は目まで両手で覆って項垂れた。

 

「……本当にありがとう、ラオレイール君。思い出させてくれて……」

「え、いえ……? ……。あの……ところで、ユイ様。俺の、ラオレイールという名前は、長くて呼びづらくは、ありませんか?」

「えっ? ……ううん? そんな事はないけど……?」


 突然話題が変わり、聞かれた質問にゆっくりと顔を上げながら、私は軽く首を傾げる。

 どうしたんだろう、急に?


「そ、そうですか? でも…………その。む、昔、家族や友人は、俺の事をラオと呼んでいたんです。ですから……ユイ様さえ良ければ、今後はラオと、そう呼んで戴けませんか?」

「……え……っ! うっ、うん、ラオレイール君が、そのほうがいいなら……。わかった……! じゃあ、そう呼ばせて貰うね……! ラ、ラオ君!」

「! ……はいっ」

「!! ……ま、まだかなぁ、シーファン……!!」


 ラオレイール君、ううん、ラオ君の言葉に甘えて、私が愛称で呼ぶと、ラオ君は嬉しそうにはにかんで返事を返した。

 その表情が放つ眩さにやられそうになり、私は慌てて窓の外へ顔ごと視線を戻す。

 そして再び流れる景色を目に映さないままただ見ていると、ふいにある事を思い出した。

 ……そういえば、愛称の"ラオ"って呼び方を許されるのって、名前イベントにあったなぁ。

 ラオ君の台詞はだいぶ違うけど、あれって愛情度が高くなると起きるんだよね……って……んん?

 ……あ、愛情、度……?

 ……………………。

 いや……違う。

 違う違う違う!!

 勘違いしちゃ駄目だってば私!!

 今はもうゲームの舞台は過ぎてるんだから、その設定は適応されてないんだよ、きっと!

 だから気にしちゃ…………っあああ……時間、時間を下さい……っ。

 頭をこつんと窓につけ、そのまま体重をかけて項垂れながら、私はきつく目を閉じた。

 ラナフリールからシーファンまでは、馬車で約一日。

 まだまだ先は長いのに、私、こんな調子で大丈夫かなぁ……?


★  ☆  ★  ☆  ★


 シーファンは、階段の多い街だった。

 街の入り口から海に向かって、段々と下降していく造りになっている。

 その為、街の入り口から既に、彼方へと広がる海が一望できた。


「うわぁ……っ! 凄い、綺麗~……!!」

「……そうですね。素晴らしい眺めです」

「おや、お二人さん、シーファンは初めてかい? この街に初めて来る観光客はこの景色に必ず見とれるもんだ。だが……気をつけろよ? 景色に見とれ過ぎると、各地から訪れる人にぶつかって、色々と、危ないぜ?」

「あっ、は、はい! 気をつけます、ご親切に、ありがとうございます!」

「おう。しっかり気をつけな。じゃあな!」


 後から馬車を降りてきたおじさんは、景色に見とれていた私とラオ君に注意を促すと、けらけらと笑い手を振りながら去って行った。


「……確かに、思っていたよりも人が多そうですね。ここから見えるどの通りも流れる人波で溢れています」

「そうだね……ねぇラオ君。もしはぐれた時の為に落ち合う場所を決めておこうか? あそこに見える灯台……は、ちょっと遠いかな? う~んと、他に目印になる建物は……?」

「……いえ、ユイ様、その必要はありません。こうすればはぐれません。問題解決です」

「……え、えっ!?」

「さあ行きましょう。この街の職人通りは、どこでしょうか」

「え、あ、うん……どこだろうね……?」


 ラオ君はさらりと自然に私の手を掴み、歩き出した。

 一昨日からのラオ君の突然の行動に、ついに私は思考が停止し、ただ手を引かれるまま、足を動かす。

 やがて職人通りにたどり着き、ラオ君に背中を押されるまで、その状態は続いたのだった。

前々回に引き続いてのほんのり(?)ラオレイール改めラオが攻めるラブ回。

私自身ちょっと忘れかけてましたが、この話のジャンルは実は恋愛だったのです。

でも、次回からはまたラブ少なめです……たぶん(^_^;)

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