その頃の王都
今回は王太子視点です。
夕刻、一羽の鳥が、その嘴で自室の窓を叩いた。
側に控える人物に視線を送ると、その人物は直ぐ様窓に近づき、それを開ける。
すると途端に鳥が部屋の中へと滑り込んできて、机の上に着地する。
私は鳥の足に結んである紙を外し、広げて読み進めた。
そして読み終わると、口元に笑みを浮かべた。
「……そうか、彼女が、浄化の力を使い、成功させたか。……やはり、彼女のほうだったか」
「! 浄化の力を……? ……殿下、"彼女"というのは……それは、影の報告では?」
私が呟いた言葉に反応し、窓際から側へと戻ってきた人物、私の側近は、軽く目を見開いた後、真剣な声色と表情で尋ねてきた。
「お前も知っているだろう? ここから飛び立って行った子だ。二人のうち、どちらが聖女様か不透明なままそそくさと羽ばたいて行かれてしまったからな。念の為、影をつけておいた。……こちらに残ったもう一人と違って、あちらは目標に向かって毎日随分努力しているようだよ。……その努力を無にしてしまうのは、心苦しいね」
「は……いえ、しかし殿下」
「わかっている。……すぐに予定を調節してくれ。急ぎのものだけ片づけて、ラナフリールへ向かう。……聖女様を、お迎えに行かなくてはね」
「は、かしこまりました!」
私が命じると、側近は短い承諾の返答を返し、すぐに行動を開始した。
それを視界の端に捉えながらも視線を動かし、私は窓の外に広がる空を見上げる。
「……思えば、愚かな質問をしたものだな。最初のあれは、失態だった」
あの日……この世界に、聖女様を召喚したあの日。
本来なら一人だけが召喚される筈のところに二人現れて、前代未聞のその事態に、愚かにも私は動揺し、『どちらが聖女様でしょうか?』などと馬鹿げた質問をしてしまった。
自分が聖女か否かなど、その意味も知らされず召喚された者にわかるはずがないというのに。
しかしその愚かな質問の結果、私を見るなり媚びた目と声を出し始めた少女が『私が聖女です』などと言い出し、困惑した中にも冷静さが垣間見えていた少女がどこか嫌そうな空気を醸し出しながら『自分ではありません』と言い出してしまった。
そうなれば、こちらとしてはひとまず自分が聖女だと言った少女をそのように扱わなくてはならない。
けれどもう一人の少女もしばらく城に滞在して貰い、後日改めて浄化の力の有無を確認し、どちらが正しく聖女様なのかを見極めればいい。
二人の少女の待遇をしかと整えさせ、自室に戻った私はそう考えていた。
しかしそれも上手くはいかなかった。
自分は聖女ではないと言った少女は、翌日の朝には私に要望を突き付けてきて、それに対し何とか再考をと説得するも頑として受け入れない様子を見せたのだ。
仕方なしに私は説得を諦め、けれど決して繋がりは切れさすまいと、手を尽くしてすぐ近くの街に彼女の望む土地と建物を用意した。
すると少女はまるで逃げるように、翌日の朝には城を出て行ってしまった。
慌てたメイドからそれを知らされ、遠ざかって行くその背中を窓の外に見つけると、溜め息をひとつ吐いたものだ。
そして、城に残ったもう一人、自分が聖女だと言った少女。
彼女には教師をつけ、この世界の常識などを学ばせる事にしたのだが、その教師によれば、学ぼうとする姿勢があまりにも低いらしい。
自由時間は忙しなく城を闊歩し、整った顔立ちの異性を見つけては擦り寄ってその仕事に支障をきたさせていると、お付きのメイドから報告があった。
私が様子を伺いに行った時も、彼女はいつも必要以上に体を密着させてきて、甘えた声を出す。
その様には正直、辟易している。
その姿は、まるで噂に聞く商館の娼婦のようで……どこが聖女だと言いたくなるのを、必死に堪えているのが現状だ。
浄化の力も、彼女はまだ一度も見せていない。
一日に数時刻、捕らえた低級の魔物相手に訓練の時間を設けているのだが、発動させた力は魅了と、対象を燃やす炎の魔法だけだった。
彼女はその炎を『浄化の炎です』などと言っていたが、そんなわけはない。
浄化の力とは、七色の光を放って対象を包むものだと言い伝えられている。
そんなわけで、城に残った少女の魅了スキルに対処する術を彼女に関わる周囲に与えながら日々執務をこなす私の中では、聖女様は城を去った少女だろうと、ほぼ確信に満ちた結論が出ていたのだが……今回の影からの報告で、私の中のその結論が事実となった。
聖女召喚に関する全ての事態は私に一任されている為、父上、いや、陛下は何も仰らないが、きっと情報は全部耳に入れていらっしゃるだろう。
私がこれをどう納めるか、楽しみにしておられるに違いない。
「……すまないね、ユイ・クルミ嬢。貴女の日々の努力は影からの定期報告で十分理解しているけれど……雑貨屋のオープンは、しばらく延期して戴く事になる。……けれど、どう説得したものかな。下手を打てば、彼女は今度は護衛と共にこの国から羽ばたいてしまいそうだし……幾つか条件を提示して、又は提示して貰って、それを元に交渉という名の説得を進めなければね……」
以前同様、彼女の説得は骨をおりそうだ。
そして、聖女様でないと判明したもう一人の少女も……彼女は難のある人物ではあるが、召喚に巻き込んだのはこちらの落ち度。
誠意ある対応をしなくてはな。
そう思って、私は再び、溜め息を吐いた。
やはり聖女問題をクリアしなければ、ユイに本当の意味での穏やかな雑貨屋ライフは訪れないかと思うのです。




