初の成功
迷宮の通路を、風が勢いよく吹き荒れた。
ラオレイール君の手から放たれたそれは、正面にいる魔物の体を飲み込み、巻き上げていく。
やがてそれがおさまると、ラオレイール君は剣を構えて、地面に落下した魔物に慎重に近づいて行った。
その様子を、私は少し離れた場所でじっと見つめ、ラオレイール君の言葉を待つ。
すぐ隣まで辿り着くと恐る恐る魔物を覗き込んだラオレイール君は、次の瞬間、緊張に強ばらせていた肩から力を抜き、嬉しそうな顔に少しの達成感を滲ませて、私を振り返った。
「ユイ様、やりました! 今度は成功です! ちゃんとまだ、息があります!」
「そう……! 良かった、ありがとうラオレイール君! 成功、おめでとう! やったね!」
「はい!」
今日の迷宮での魔物退治で、『特定の魔物が出現したらスキルを使いたいから、倒さずに弱らせた状態で一旦攻撃を止めて欲しい』と私からお願いされたラオレイール君は、それなら今日は剣ではなく魔法でと、戦闘方法を変えた。
剣を使うとどうしても、倒してしまう可能性が非常に高くなるらしい。
その為、今日は魔法を、それも一番得意な風魔法をメインに使用する事にしたのだが、一度目はつい力んでしまって失敗し、二度目は加減したもののまだ強かったらしく、失敗した。
そして今回、三度目にしてやっと成功したのだった。
「さあユイ様、どうぞ。ユイ様も、成功なさるといいですね」
「うん、そうだね。頑張る!」
人形変化のスキルは、相手の魔物を弱らせる事、それと私のレベルが相手の魔物より高い事が成功への鍵だ。
私のレベルは、雑貨屋となる店の為に頑張れば上がるとシャーウさんは言ってた。
あれ以来レベルを確認していないけど……色々と、頑張ってはきたつもりだし……うん、きっと、大丈夫。
そう信じよう。
「人形変化、発動!」
私は一度深呼吸をすると、地面に四肢を放り出しぴくりともしない魔物に向かって、スキルを発動させた。
この魔物は頭に小さな二本の角を生やした、淡いベージュの毛の犬のような魔物だ。
けれど尻尾はまあるく、ふさふさとしている。
ここだけはキツネに似ているかもしれない。
ヌイグルミにしたらさぞ可愛いに違いないから、是非成功して欲しい。
祈りながら、七色の光の塊となったそれを見つめて、じっと結果を待つ。
「……綺麗ですね、ユイ様のスキルの光……」
途中ふいにそんな声が聞こえ、ちらりとラオレイールに視線を向けると、ラオレイール君はどこかうっとりとしたような顔で、自身の隣にある七色の光を見つめていた。
「うん、綺麗だよね。この光」
再び光の塊に視線を戻しながら私がそう言うと、次の瞬間、その光はすうっと魔物の体に吸い込まれるように消えていき、次いで、魔物の体から周囲に向かって弾けるように七色の光が放たれた。
「えっ! な、何これ!? こんなふうになるなんて初めて……!! 一体何、が」
私は、何が起こったの、と言おうとして、けれどその言葉を最後まで発する事はなかった。
突然の事態に驚いて、口を中途半端に開けたまま、魔物がいた一点を呆けたように見つめ続ける。
そこには、先ほどの魔物よりも若干小さな、ふかふかで愛らしいベージュのヌイグルミが四つ足で立ち、私を見てしきりに尻尾を振っていた。
「え……こ、これ、もしかして生きたヌイグルミ? せ、成功したの……?」
「……そのよう、ですね。おめでとうございます、ユイ様!」
「……ラオレイール君……。……成功……嘘……成功しちゃったぁ!! 信じられない、嬉しい……!! そして可愛い~~!! もう何この子~~!!」
スキルの成功を実感すると、私はその場に膝をついて、生きたヌイグルミとなったその子を力いっぱい抱きしめた。
その体も、頭に生えた角さえもふかふかでふわふわで、抱き心地がとても良いそのヌイグルミは、抱きしめられて嬉しいのか、更に激しく尻尾を振っている。
可愛い過ぎる!!
「うぅっ……ほ、欲しい。生きたヌイグルミがこんなに可愛い子ならもっと欲しい!! ラオレイール君! 今日の魔物退治、もっともっと頑張って!! 街に帰ったらラオレイール君の好きな物、何でもひとつ買っていいから、お願い!!」
「えっ……。……あ、あの、ユイ様。そ、それなら……何も買わなくていいですから、俺の願い事をひとつ、聞いて戴けませんか……?」
「うん、わかった、聞く聞く、約束する!! だから頑張って!!」
「!! ……はい……わかりました、頑張ります!!」
生きたヌイグルミの可愛いさにノックアウトされていた私は、よく考えずにラオレイール君とそんな約束をしてしまった。
その後、ラオレイール君は物凄く張り切っていて、力の制御も完璧にできていた。
けれどその頑張りも虚しく、私の人形変化のスキルが成功する事は、その後一度もなかった。
頑張ってくれたラオレイール君に申し訳なく思いながら帰った、その日の夜。
就寝の時間になり、生きたヌイグルミとなった子と戯れていた私がそろそろ眠ろうとベッドに向かおうとしたところで、部屋の扉がノックされ、そこからラオレイール君の声が聞こえてきた。
扉を開けると、そこにはやはりラオレイール君がいて。
「ラオレイール君、どうしたの? こんな時間に? 何かあった?」
不思議に思って首を傾げながらそう尋ねると、ラオレイール君はどこか嬉しそうに笑って、口を開いた。
「お願いを、しに来ました」
「お願い? ……ああ、そういえば、約束だったね。いいよ、聞く。何でも言って?」
「……はい。それでは……。……抱きしめさせて下さい、ユイ様」
「うん、わか……へっ?」
「失礼します」
さらりと言われた言葉に一瞬頷きそうになって、発せられた言葉の意味を遅れて理解すると、私は目を瞬いた。
けれどラオレイール君はそんな私に構わず、ふわりと優しく私を抱きしめてきた。
「!?!?!?」
「……おやすみなさいませ、ユイ様」
突然の事態に私が混乱していると、ラオレイール君は体を離し、目を細めて微笑んだあと、静かに私の部屋の扉を閉め、隣の自分の部屋へと帰って行った。
混乱したまま残された私がその後しばらくそこから動けなかったのは、言うまでもない。




