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暗礁と更なる努力

 職人通りの職人さん達との交渉は、暗礁に乗り上げてしまった。

 交渉する事を決めてから、善は急げと職人通りに足を運ぶも、最初は『小娘が満足に店舗経営などできるか。卸した品の支払いが滞るのがオチだ』と言われて、どこにも相手にして貰えなかった。

 けれどそれで諦めるわけにはいかない。

 私は毎日足を運び、頭を下げ、交渉を重ねた。

 するとある日、職人さんは根負けしたように眉を下げ、『卸して欲しい品は何だ』と聞いてくれた。

 ようやく話を聞いて貰える事に安堵と嬉しさが胸に込み上げてきて、不覚にもちょっとだけ目が潤んでしまった。

 もしかしたら、ラオレイール君の泣き虫が私にもうつっているのかもしれない。

 私は弾んだ声で商品として置きたいと考えている品を口にしていったが、それを聞いた職人さんはすぐに申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 職人さんによると、私が卸して欲しい品は既に他のいくつかの店との契約が有り、それらの店へ卸す量を鑑みれば、これ以上契約する店を増やすわけにはいかないとの事だった。

 それは他の職人さん達も一緒で、私は口々に断りと謝りの言葉を口にされた。

 そして、最後には皆、同じ一言を言った。

 『王都にある職人通りの職人達なら、その人数も多いから嬢ちゃんの店にも品を卸す契約をしてくれるかもしれねえ。試しに行って交渉してみな』と。

 王都。

 そこは、もう二度と近寄るまいと思った場所。

 だって、王都にあるお城には美子ちゃんがいる。

 あの時ロックオンしてたあの王太子様を美子ちゃんがもし既に落としていたら。

 二人で気分転換という名のデートで街に出てきていて、ばったり出会って、もしラオレイール君が美子ちゃんにロックオンされたら。

 何しろラオレイール君は乙女ゲームの攻略対象者をしていた程のイケメンだ。

 美子ちゃんがロックオンしないはずがない。

 でもラオレイール君を美子ちゃんに奪われるわけにはいかない。

 けれどラオレイール君が靡かなかったら、美子ちゃんはまた私に理不尽な言いがかりをつけるだろう。

 そして、美子ちゃんがあの王太子様に、私に関するある事ない事を吹き込み、それを王太子様が真に受けたら、状況はもう最悪になる。

 何故なら、私の店の出店許可はあの王太子様が出したものだからだ。

 もしそれを取り消されたら…………いや、まあその時は残っているお金を持ってさっさとこの国からとんずらして、ラオレイール君と二人、行商から始めていつか他国で土地と店舗を持てるよう頑張ればいいんだけれども。

 でも、それでも、既に目前にぶら下がってる自宅兼店舗の出店許可を手放したくはないし。

 ああ……王都には、どう転んでも私に損となる要素ばかりが詰まってる気がしてきた。

 これらは私の想像での可能性でしかないけれど、自分にとって損になる可能性なら全力で回避したい。


「王都……行きたくないなぁ。何か他に手はないのかなぁ?」


 例えば、王都じゃなく、どこか近くの他の街の職人さんと交渉するとか……。

 この街の最寄りの、王都以外の街ってどれくらい離れた場所にあるんだろう?

 冒険者ギルドに行って、酒場にいる冒険者さんにでも、聞いてみようかな?

 冒険者さんなら、他の街にも行ったりしてるだろうから、きっと答えてくれるはず。


★  ☆  ★  ☆  ★


「ラナフリールの最寄りの街? それなら王都だろう。馬車で約半日の距離だ」

「あっ、いえっ、王都以外で、知りたいんです」


 その日の午後、迷宮から帰ってきた私達は、冒険者ギルドにある酒場でちょっと遅めの昼食を取りながら、周辺のテーブルにいた冒険者さん達に早速他の街について聞いてみた。

 すると真っ先に返ってきた返答は王都で、私は慌てて条件を加えた。


「王都以外? それだと…………シーファンかウッディーナだな。どちらも馬車で一日くらいの距離だ」

「シーファンに、ウッディーナ、ですか。……より栄えているのは、どちらですか?」

「ああ、それならシーファンだ」

「うん、俺も同感。シーファンは港町だからな。陸からも海の向こうからも、人も品も多く出入りするから、栄えてるんだ」

「へえ、港町……! 人も多いんですね! なら、そっちかな」

「お、行くのかい? なら気をつけな。人が多いって事は、比例して揉め事も多いと思ってたほうがいい。護衛の坊主、しっかり主の嬢ちゃんを守るんだぜ?」

「! は、はい! わかりました……!」


 私と冒険者さんの会話を静かに聞いていたラオレイール君は、突然話をふられて驚いたのかぴくりと体を揺らし、次いで表情を引き締め、大きく頷いた。

 ……人も多いと揉め事も多い、かあ。

 おかしな事に巻き込まれないように、私自身、気をつけなくちゃだなあ。


「じゃあ、ラオレイール君。とりあえず、昨日の朝また三日分の宿賃払っちゃったしもったいないから、明後日の朝になってから、シーファンに向かおうか」

「はい、わかりました。……あの、ユイ様。明日は、俺に時間を戴けませんか? ……そろそろ、迷宮の入り口前から移動して、階層の中を歩いてみようと思うんです。……その、できるだけ、長く」

「え? い、移動って……大丈夫なの?」

「はい。……ユイ様が前に進もうと日々色々と努力なさっているんです。俺も、いつまでも入り口で立ち止まったままではいけないと、そう思いますから……」

「ラオレイール君……。……わかった。なら明日は一日、迷宮をうろうろしようか。戦闘、頑張ってね、ラオレイール君!」

「は、はい! ありがとうございます、ユイ様!」


 私がにこりと笑って了承すると、ラオレイール君は嬉しそうにはにかんでお礼の言葉を口にした。

 私もそろそろ移動する事を提案しようかなとは思ってたけど、まさかラオレイール君のほうから言い出すとは思ってなかった。

 予想外の、嬉しい出来事だなあ。

 よし、ラオレイール君の努力に負けないように、私も更に頑張らなくちゃ!

 ラオレイール君はもうかなり相手の魔物の強さに合った力配分で戦えるようになってきてるし、明日は時々ラオレイール君にお願いして、人形変化のスキルも、久しぶりに試そうかな!

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