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巻き込まれ召喚をしたようです

 天井から射し込む光に、重い瞼を開ける。

 すると視界に映ったのは、天井の高い見知らぬ広い部屋。

 どこか厳かな空気の漂うそこには、戸惑ったような表情をした複数の人々。

 その多くは裾の長い、白を全面に出し、差し色にささやかながら他の色を混ぜてみました、みたいな配色の服装をしている。

 残りは、お揃いの鎧を身に纏い、腰に剣を差した…………き、騎士、であるんだろうね、あれは、うん。

 呆然とその人々を凝視していると、すぐ隣で何かが、いや、誰かが、というべきか……誰かが、身動ぎして上半身を起こした様子が視界の端に映り、そちらに視線を向けた。


「……あれ? 唯ちゃん……? ここどこ? ……何、あの人達?」

「……美子ちゃん……」


 体を起こした彼女はぼんやりと私の名を呼び、次いで怪訝そうに人々を見やってから、私に向かって疑問を口にした。

 ここが何処で、この状況が何なのか。

 たぶん、その問いに私は答えられるだろう。

 私の想像が合っていれば、だけれども。

 ……でもまあ、ほぼ間違いはないだろう。

 ネット小説で読み漁った(フィクション)が、まさか自分の身に起こるとは思いもしなかったけれど、私達は異世界に召喚されたのだ。

 私達はついさっきまで、駅から家に向かって歩いていた。

 天気予報が外れ、突然降りだした雨に困惑し駅で立ち尽くしていた美子ちゃんが、偶々通りかかった折り畳み傘を持った私を発見し、家が近所な為に声をかけられ、相合い傘で帰る羽目になっていたところ、突然足元が光って、次に気がついたらこの状況、とくれば、疑いようがない。

 問題は、何の目的で召喚されたのか、だけど……。


「あっ……!」

「え?」


 私が思考に沈んでいると、突然美子ちゃんが声を上げた。

 何かあったのかと、その視線を追って再び人々のほうを見れば、人垣が割れていて、そこから……金髪碧眼のキラキラした男性がこっちに向かって歩いてきていた。

 ……うわぁ、これまたお約束な展開だね……。


「お初にお目にかかります。ようこそ我が国、シーアブルクへ。私は、王太子のキルアリーク・シーアブルクと申します。……まずは、強引なお招きとなってしまった事をお詫び申し上げます。……が……その。……貴女方のどちらが、聖女様でしょうか?」


 王太子らしいキラキラした男性は私達の数歩前まで進み出ると、挨拶のあと、遠慮がちにそう聞いてきた。

 ……聖女様、ときましたか。

 となると、召喚の目的は勇者のお供で魔王退治とか、障気の浄化とか、そんなところかな。

 さて、どちらが、と聞かれても、何と答えたものかな?

 というか、そもそも召喚した本人達がどちらが目的の人物なのかわからないってどういう事なんだろうね?

 軽くジト目になって王太子様を見つめていると、隣で何かが勢いよく動く気配がした。


「はいっ、私です! 私が、貴方がお探しの聖女ですぅ!」


 隣に視線を向けると同時、美子ちゃんはどこか甘い声ではっきりとそう言い放った。

 その目は王太子様に釘付けで、頬はうっすらと上気している。

 ……ああ……ターゲットロックオン、したんだね……。

 ……私は、この美子ちゃんがあまり好きではない。

 理由は言わずもがな、自己中で、ビッチだからだ。

 それでも小さい頃は仲が良かった。

 お互いの家の近所にある公園で、他の歳の近い子達と一緒に毎日のように一緒に遊んだ。

 けれど、色恋に目覚める年頃になると、彼女は豹変した。

 世界のイケメンは全て自分のものだとでも思うようになっていったのか、常にイケメンを求め、侍らし、狙った獲物が落とせないと癇癪を起こす迷惑な人に変わってしまった。

 私の友達にもその手を伸ばすようになり、友達が上手く靡かないと、私に理不尽な文句をつけてくるようになったのだ。

 故に私は美子ちゃんと段々距離を置いていき、今では出来れば近づきたくない相手になった。

 今日だって、声をかけられなければ見ない振りしてさっさと一人で帰っていたのに。

 

「え? ……貴女が、聖女様、なのですか……?」

「はいっ、そうですぅ!」

「そ……そうでしたか……」


 王太子様は戸惑ったようにそう尋ねるも、再びはっきりと言い放った美子ちゃんに答えつつ、ちらりと私に視線を向けた。

 きっとまだ、半信半疑なんだろう。

 もしかしたら私が自分の問いに対する言葉を発するのを待っているのかもしれない。

 ……う~ん……まあ正直、聖女なんて大層で面倒臭そうな役割、やりたくないしなぁ。

 美子ちゃんがやりたいなら、押し付けてしまおうかな。


「あの、私も、お探しの聖女さんは彼女だと思います。少なくても、私ではありません」


 まあ、ビッチが聖女とか笑えるけどね。

 聖女(笑)だけどね。


「……そうですか。ではやはり、こちらの方なのですね」

「そう思います。ですから、私は元いた場所に戻して下さい」


 私がそう告げると、王太子様は途端に見るからに苦しげにその表情を歪めた。


「……いえ、それは……。……残念ですが、元の世界にお帰しする方法はないのです。……巻き込んでしまった貴女には、大変申し訳ないのですが……出来る限り、生活の保証はすると、王太子の名に置いて誓います。ですから、どうか……いえ、許して下さいなどとは申せませんね。本当に、申し訳ございません」

「……帰れない……」

「……え~、そうなんだぁ。唯ちゃん、巻き込んじゃってごめんね?」


 深々と頭を下げる王太子様に、全然悪びれもしない様子で謝罪の言葉だけ口にするビッチ。

 その二人を視界に入れながら、私の目はもう何も見てはいなかった。

 ……そっか、これは帰れないパターンの召喚か。

 そう思うと同時に、脳裏に優しく微笑む家族や友達の姿が浮かんだ。

 その後は、何をどうしたのか……気づけば私は誰もいない部屋にいて、ベッドの上で腰かけていた。

 私はそのままそこに突っ伏して、泣きつかれて眠るまで、わんわんと泣き続けた。

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