第十八話 このセカイのシュジンコウ②
気がつけばダンジョンの外に出ていた。
正確に言えば、どこかの病室のベッドの上だった。
腕には点滴の管が繋がれ、心電図や脳波計も接続されてる。治療というよりは実験体の経過観察といったイメージか。医療関係者ではない人間が大勢こちらを覗き込み、質問を浴びせてくる。負傷者を労うようには見えず、得体のしれない生物に接しているような嫌悪感すら窺えた。
こちらからの質問に対する返答は最小限。無視されることも多数。
どれだけの時間が経ったのかすら分からない。
様々な検査を受け、口腔の粘膜や血液、それに尿といった体液も回収され――検査が終わって、ようやく重湯のような食事に自分がそれなりの期間絶食していたのだと察することができた。
「二十三区のダンジョンは、とりあえず氾濫の危機は去った。ありがとうよ」
案内された先には、自分をダンジョンに放り込んだ爺様がいた。自分がそうだったように管をいっぱいつけて、顔色が悪い。輸血されてることから自分よりもなお悪いのだろう。少なくとも自分は両脚で立って歩いている。
「第一陣に立候補してくれた諸君は全員が無事に生還した。感謝の言葉もない」
土気色の顔の爺様に言われても困る。秘書っぽい黒服や政治家っぽいスーツ姿の人がベッドの反対側から睨んでるし。
「帰還したのは君が最後で、最深奥まで踏破したのは君だけだった。自衛隊もドローンのカメラ映像で確認している。だが謝らねばならんことがある」
黒服がリモコンを操作し、備え付けの大型テレビが映像を映し出した。
趣味がいいとは言えない装飾剣を手にした爽やかイケメン君が、ジャンルを問わず沢山の番組に出演しているようだ。その紹介文は【人類の救世主】【唯一のダンジョン踏破者】【英雄】とかその辺に大体集約されている。自分を肩に担いでダンジョンより帰還した場面の映像が繰り返し繰り返し再生されているらしく、SNSでも話題沸騰とか欲しくもない情報が飛び込んでくる。
「君の友人と騙る男がダンジョン踏破者の報酬をかすめ取り、ああしてあちこちに出ずっぱりだ。ダンジョンの脅威を訴え、己がどれほど勇敢に戦ったのかアピールも忘れない。既に幾つかの大企業が専属スポンサーを申し出ているそうだ」
へえ、凄いですね。
それで、誰ですかこいつは。
「……だよなあ」
死に掛けの爺様のぼやきが、どこか滑稽に聞こえてしまったのは不謹慎ながらも笑える話だった。
◇◇◇
ダンジョンそのものに地方格差はあまりない。
探索者の数が増えるとダンジョンが拡大する事もあるけれど、その基準も曖昧だ。二十三区にそれぞれ一個ずつあるので、一つのダンジョンに割ける時間はあまり多くない訳で。
うん。
あんまりマナー良くないから自粛していたけど、そんなこと言ってる場合じゃない。
怪我人増やす訳にはいかないので中層以降を少し多めに狩る。薬草系アイテムを素早く採る。罠は踏み潰す。ダンジョンの壁に手を当てて魔力を浸透させ、解体魔法を使うだけのお仕事です。
討伐?
そこに居なければ解体済みです。
「これはひどい」
ダンジョン一つにつき三十分で対処しろと言われれば、こうもなりますがな。
さて職員さん。
素材は然る場所に提出を。回復薬系は国が気付く前に使用して。これ、箱館土産のキノコのアヒージョ。車椅子野郎にはもう食わせたから。うん、アヒージョ。
土瓶蒸しはないよ。
はい、怪我人は並んで。よし食え。喰ったな? 食ったことは忘れるように。
「これはひどい」
一日で都内のダンジョン全て廻れとか無茶振りされなきゃ、こんな真似はしなかったんですよ。おら、カエル肉も食べなさい。熊肉は用意できなかったけどハチノコもあるよ。収納空間にあった在庫で悪いけど。
「あの、これ末端価格」
自給自足なので。市場に卸す前の廃棄品提供です。そういう事にしよう、な。
うん。
それで、さ。
捨て犬みたいな顔したイケメンが空の容器抱えて突っ立ってるんだけど。
「あの、御知り合いと仰って」
知ってるよ。
知ってるんだけど。認識阻害かあ。まあ、仕方ないか。ちょっと会議室借りますね、これから自称・主人公サンと打ち合わせしてきますんで。足生やした親友が突撃してきたら案内してくださいね。
◇◇◇
陰キャを自認する身としては、代わりに世間の注目集めてくれた奴に感謝こそすれ恨む気持ちはない。多分。
あの頃どのTV番組を見ても出ずっぱりだったし。
芸能人はともかく議員様とか皇族様と会談とか、胃袋幾つあっても足りんし自分なら敵前逃亡してる。本人が目立つの大好きで将来的に探索者の地位向上を掲げて政界進出とか言い出したあたり、適材適所ってあるんだなって割と応援すらしていた。
「照れるぜ!」
自衛隊と政府が必死に隠そうとしてた、初ダンジョン踏破時の映像流出元な。
君がヤり捨てた人達の仕業だったよ。
複数形な。
おかげで探索者の社会的信用は地に落ちたし、君は某国の手引きもあって国際協力という名の海外脱出。君の政界進出に本気で危機感を覚えた偉い人達もスクラム組んで探索者を押さえつけに廻ってる。もともと使い捨てる予定の氷河期世代が力を持つことの恐ろしさを、君を通じて垣間見たようだね。
「俺は誰の挑戦も受け付け――いや待て、その肉切り包丁から手を放せ。お前は洒落にならん」
あと十年は海外で活動するとばかり思ってたよ。
君が戻ってきた理由は、ああ、いや。敢えて自分の前に姿を見せた理由は何だい。
「世捨て人同然の暮らしをしていた解体屋が目を覚ましたって、海外では大騒ぎだぜ。俺のところまで話が来るなんて余程の事だし、よくよく聞けばジョーダンみたいな内容じゃないか」
なんという風評被害。
君も真顔で冗談を言うな。
「いいや。さっきの劣化エリクサーじみた効能の茸料理を思えば、噂はむしろ過小評価じゃね」
……
エリクサーは言い過ぎじゃないかな。
「食べたら失った脚が生えるようなアヒージョがあってたまるか」
それはそう。
だけど証拠品はすべて胃袋の中だよ。で、君はそういう有難い警告のためにわざわざ日本に帰って来たのかい。
「警告には違いないが」
ニヤリと笑う、自称主人公。
「放射能の火を吐くドラゴン、日本に来るぜ」
……
……
いや、カッコつけながら言われても困る。
+登場人物紹介+
●自称主人公
超ポジティブ思考かつ自由人。元は安定志向だったのにダンジョン踏破の栄誉とかそういうので限界突破したのかビッグマウスを連発したりSNSでレスバと法的措置を振りかざして一方的に勝利宣言したり、インフルエンサーや実業家と親しい写真を公開している内に、実際は主人公(肉屋)の手柄を奪っていたことが発覚しかけて海外に逃げた。ダンジョン踏破の秘密は守られているが代わりに下半身事情が無修正で拡散した模様。
●爺様
故人。ダンジョン踏破後の主人公の身体検査諸々指示した。手柄を奪われたことを悔やんだが、主人公(肉屋)にしてみればかえってありがたい話と言われて笑って逝った。
●職員さん
都内の探索者支部の職員さん。認識阻害を受けてブラックリスト入りの自称主人公を招き入れてしまう。
●都内のダンジョン
一日で23か所対処しろと言われたので主人公が内部で「解体」を遠慮なく行った。ダンジョンは思い出した。自分達を破壊し尽くせる者の存在を。
●主人公
主人公(肉屋)。自称主人公とは生理的に合わないが、自分の苦手分野を難なくこなしているので助かっていた。女性関係については本気で軽蔑している。手柄とかそういうのはあまり興味ない。




