第十七話 このセカイのシュジンコウ①
二十世紀末にダンジョンが出現した時、最も混乱した都市の一つが東京都だ。
複数回あった化学テロ。臨海部に激しい損傷を与えた直下型地震。その隙をついて決行された放射性廃棄物による都内汚染テロこそは未然に防がれたものの一千万都市の維持すら怪しく、大企業どころか官公庁の中枢機能さえ分散配置が真剣に考えられていた。
ダンジョンが現れなければ、その動きは止まらなかったとも。
都内二十三か所に出現した異空間は最初こそ警察もしくは自衛隊により封鎖されていたが、諸外国で起こった様々な事件――核投下による放射能火炎を吐く竜種の出現など――を経て、徒手空拳による突入でダンジョンの難易度を最低水準に保ちつつスタンピードを抑えるという方策がとられた。
当時都内に溢れるほどいた就活生を動員して。
種々の資格を持ちながらも類稀なるリーダーシップを発揮しボランティア活動にも精を出しつつ社会人としての実務経験豊富な新卒社員を、当時の企業は求めていた。これだけいるならば、掃き捨てるほどいるのだから、数名くらいはいるはずだ。その数名さえ確保できれば他は要らない、ゴミ同然だから生贄にするには丁度いい。そういう理屈が罷り通ったのだ。
経営者側にも、そして選ばれた少数の例外たちはそれが勝者の権利だと。
とある勝利者は、そう考えた。
幸いにも今しがた幸の薄そうな奴がスケルトンやコボルトたちを次々と撃破している、その後を追いかけて美味しいところを頂戴すればいい。貴重な戦力を失うなんて勿体ないし、窮地を救えば恩を売れる。
誰も不幸にならない。
作業のようにモンスターを次々と解体していく姿に、勝利者はとんでもない大当たりを引き当てたと己の幸運に感謝した。時々不意討ちすべく潜んでいるものを、そいつの前に蹴り転がすだけでいい。それだけの仕事だ。やがてそいつはダンジョンの最も深い場所に到達した。莫逆の友であるかのようにそいつの肩を勝手に支えて深奥を覗けば、そこには語りかけてくる不思議な声。
【おめでとう君が最初のひとりだ。何を望むかね】
そいつは声を聞いても反応しない。疲労か諦念か分からないが、勿体ない話だ。だから勝利者は代わりにこう叫んだ。
「こいつは踏破者の栄誉と権利を私に譲ってくれた! だから求めよう、敵を倒し俺が高みに昇りつめるための圧倒的な力を栄光と共に!」
声の主はしばし沈黙し【よかろう】の言葉と共に勝利者の身体を虹色の輝きが包んだ。内側より湧き出る力の凄まじさに歓喜し、肩を貸していたそいつを思わず投げ棄ててしまう程だった。丁度うまい具合に深奥には最後の守護者が持っていたであろう豪華な装飾の剣まで残っており、勝利者に相応しいものだと一目で気に入った。
ありがとう、名前も知らない友よ。
ありがとう、ダンジョンよ。
勝利者は己が最大の賭けに勝ったことを確信し、投げ棄てた「莫逆の友」を担ぎ直すとダンジョンの出口へと引き換えしていった。
「ははっ、やっぱ俺って主人公属性だよな」
勝利者に誤算があったとすれば、自衛隊がダンジョンに送り込んだドローンが一部始終を撮影していたことと、勝利者たちが去った後の声を聞き逃していたことである。
◇◇◇
東京のダンジョンがスタンピードを起こしたことはない。
建前上の話だが、建前は大事である。
この国を良く思わない勢力から単なる愉快犯に至るまでダンジョンで「おいた」を試みる連中は枚挙に暇がない。それらダンジョン犯罪者の取り締まりについて探索者組合は警察権を有しておらず、警察OBを積極的に職員として迎えることで警察との意思疎通をスムーズにしている状況とも聞く。
はえー、である。
地方だと市役所とか県庁天下りOBばかりで、それはそれで地元との連携という点では意味あったらしいけれど。都内の探索者組合がどこか筋一本通った空気なのはそういう背景があるかもしれない。そらビキニ姐さんが地方行脚している訳で。かくいう自分も進んで都内に踏み入れようとは思わない。
そんな自分が何の因果か探索者組合の中央本部に来ている。
「やぁ、待っていたよ親友」
探索者組合のトップとして昇りつめた男が待っていた。
威厳を出すために意図的に若返りの措置を控えた男は車椅子に座っており、両膝より下が無い。視線に気付いたのか男は少しばつが悪そうに頭をかく。トップクラスの探索者や重要人物のために回復薬のストックがあるはずなのだ。
「新しい総理が外の国に安請け合いしてしまってね。組合にある回復薬を根こそぎ持って行った」
馬鹿じゃねえの。
「本当は回復魔法の使い手も徴発しようとしてたんだ。戦時中に迷惑をかけたことへの償いと謝罪奉仕という名目で、無期限で世界中を行脚させるつもりだったらしい」
いや本当に馬鹿じゃねえの。そもそも回復魔法とか、宗教キチ共が身柄寄越せって騒いでるじゃないか。そいつら東京から避難させたのかい、道理で中央本部なのに怪我人が目立つ訳だよ。この分じゃまともにダンジョンの間引きも出来ていなさそうだね。
うん。
頭下げなくていいよ、地方でのんびりやってて中央の大変さに気付かなかった自分に腹が立ってるだけだし。
「回復魔法の使い手や有望な探索者を地方に逃がした結果として中央が危機なのは事実だが、他に大きな理由がある」
そういって男が見せたのは一枚の写真。
十代後半にしか見えない少年が、装飾の施された美しい剣を担いでいる姿が写っている。自分の記憶よりも幾分若いその表情は自信に満ち、何物も恐れぬ不敵さがある。
「不確定情報だが、この国に自称【主人公サマ】が還ってきたようだ」
はー。
そっか、こいつ生きてたんだ。
死なないとは思ってたけど、やっぱ死ななかったか。さすが主人公属性とか自分で言っちゃう痛い奴。
教えてくれてありがとうよ親友。
+登場人物紹介+
●勝利者
氷河期時代の様々な難関を奇跡的な偶然と本人の資質で乗り越えた男。偶然だが政府の氷河期狩りに捕まるものの直ぐに解放された、が、主人公がダンジョン攻略しそうなので漁夫の利を狙い見事ゲットしたと思い込んでいる。公的には日本国でもっとも最初にダンジョンを踏破した探索者として記録されている。
●探索者組合のトップ級探索者
主人公を親友と呼ぶ。政府の無茶振りで回復薬を奪われ、回復師を徴発されそうになって地方に逃がした。都内のスタンピード対策のため少ない物資と人材で奔走していたが両脚を失う。主人公を呼び寄せ、「自称・主人公サマ」の帰還を告げた。
●新総理
「えー、ダンジョン災害に苦しむ国々に対し我が国が持てる限りの回復薬の提供を約束いたします。また戦時中我が国の行いによって不幸に見舞われた方々への謝罪の証として、我が国の探索者達より回復魔法適性のあるものを派遣することで真の国際協力を実現したいと考える次第であります」
という演説を国連でぶち上げてしまった人。心の底からそれが日本の国益と信じている。
●主人公
旧友に呼ばれて久方ぶりに東京に来た。軽く惨状なのと、「自称主人公サマ」の帰還に軽くぶち切れている。




