第十六話 あとのしまつ
誤字報告含めいつもありがとうございます。本作品は超不定期連載を前提としております。
その後の話をしようと思う。
爆散した箱館市内を探査魔法使い倒して探しまくり、回収した菌糸片の解析結果を森林研を始めとする国の調査チームが発表した。
「このナラタケはレベルアップの弊害なのか、自力で木材を分解する能力が大幅に低下しています。自然界では魔力濃度の高い特殊な場所以外では栄養を獲得することもできず自己消化を経て分解する可能性が考えられます」
逆に言うと魔石などを与えると無尽蔵に周囲の木材を分解しながら生長していく。
一般人レベルの魔力では割り箸一本を分解することすら出来ないことも判明している。ビキニ姐さん級の魔力保有者で、大体山一つ分の杉林をきのこの山に変換させられるのだとか。
「その侵食性は極めて脅威的ですが、魔力によるコントロールが可能であることから整備の行き届いていない放置森林の処理や緊急時の食糧増産などへの応用が期待されます」
植物性オークに寄生した際のアレほどの味と薬効は無いが、毒性のないテングタケ程度の旨味を蓄えた新種のナラタケとして発表された。とはいえキノコとして発生させるにはモンスターから採れる魔石が大量に必要となるし、ダンジョンに持ち込めば今回の騒動再びとなる。比較的戦力の揃った箱館だから短時間で対処できたけれど、たとえば過疎地域でギリギリ運営しているダンジョン攻略地で同じことをやったら目も当てられない。
なので、回収した菌糸片含めてこのナラタケは国が厳密に管理し、ごく少数の子実体を一般に販売する形になるそうだ。なお市民の口に入るとは一言も、というやつである。実際のところはどうなんだろうね。植物属性オークの需要も急に高まってるんですよ、国からの依頼で。
西遊記に出てくる人参果でも目指そうとしているのかな。
今回の件で全国の林業試験場はマツタケの人工栽培研究を取りやめて、このナラタケの安全な運用研究を始めるところが増えているそうな。いいのかなあ、などと思わないでもないが一種のバブル状態らしいので止めようがない。自然科学系雑誌も論文はよと急かしているらしいし。
とりあえず箱館のは食い止めた。
他所までは責任取れません。今回だってダンジョン側があからさまに協力してくれたんだし。コレダー使ったビキニ姐さんの功績も自衛隊に献上しちゃったから、本当に。
◇◇◇
ナラタケ騒動がひと段落して城郭公園の催し物が幕末ゴブリン族の雪合戦に切り替わった頃、エゾオオツノシカ君の切り落とされた角が無事に再生した。
「しかぁ」
角がですね、なんか淡い黄金色で楢の木の紋様が追加されてる。ガゼルのような湾曲捻じれ角は変わらないんだけど、美術品というか刀剣っぽい美しさもあるというか。うん、嬉しそう。皆で写真撮ってるし、かっこいいポーズを決めてる。そろそろ野生動物ということを忘れつつある。
どう考えても特殊モンスター化です。
鑑定魔法とか怖くて使いたくないです。使いません。エゾオオツノシカ君の角に時々しがみついてるミニサイズの子豚鬼とか見えないんです。視線向けると毛の中に潜り込んで隠れるけど。
オークですね。
新種ですね。
エゾオオツノシカ君の角からオークマザーとよく似た魔力を感じるようになったのは気のせいです、責任持てません。子豚鬼が増えたり減ったりしているのも気付きません。気付いておりません、自分もエゾオオツノシカ君も。ときどきエゾオオツノシカ君の口がもぐもぐしてて小さな手足が消えていくのも見ていません。
『ぶたぁ』
「しか」
鳴くな、会話するな、こちらに理解を求めるな。
それとビキニ姐さん。
せっかく生え変わった角をまた切り落とそうとしないでください。レアものだというのは分かりますが、こう見えて周辺のエゾオオツノシカの群れを従えてる名誉族長みたいな立場らしいんで。
「えー☆」
『ぶ、ぶたあ』
子豚鬼も拉致しないで。キノコと一緒に鍋で煮ようとしないで。冗談でもそういう……冗談ではない、と。なお悪いわ、周りも器片手に迫るんじゃありません。
◇◇◇
キノコ鍋に取りつかれた連中から逃げ出し、ダンジョンに潜った。
ナラタケの後始末で市街地を走り回り、通常モンスターの解体もやっていたので随分と久しぶりの探査となる。荒らされた地面も元通りで、蔦や蔓の伐採焼却も定期的に実施されているためか見通しが良い。
ダンジョン内に定着したナラタケの菌糸だが、世代を重ねるとある変化が現れた。それは一定量の菌糸塊になると内部に魔石が発生するというもので、ナラタケがダンジョンモンスターとして環境支配下に置かれたことを意味していた。魔石のあるモンスターはダンジョンによってある程度コントロールされる代わりに、倒されても復活できる。逆に魔石を抜き取られたり破壊されると問答無用で死亡するので、万が一暴走の時でも止める手段が増えたことになる。
ナラタケの現在の生息域は、中層部最深奥。
意外にもオークマザーの周辺にある楢の木々だ。余程の実力者でなければここまで踏み込むのは困難だし、探索者組合もこの周辺地図は非公開措置をとっている。魔石は子実体サイズにつき1個が目安。宝石の生えたキノコということで別の需要が発生しそうである。
オークマザーの前に立つ。
エゾオオツノシカ君は幹に角を触れさせてなにやら交信しているようだ。自分の周囲にはオークの上位種が、どこかで見かけたような蘭の花を世話している。魔石が見えることから、これも新しくダンジョンモンスターに迎え入れられたのだろう。
ふと。
なにか問われた気がした。
欲するものは無いか、と。
はじめてダンジョンに潜った時、一番奥の部屋で似たようなことを訊かれた気がする。あの時は後ろからついてきた誰かが大声で叫んで、そいつの身体が光に包まれたような。包まれた後どうなったかは知らないが、なんか良いものでも貰ったのかもしれない。
それで、自分?
……
自分、ねえ。
あ、そうだ。
今回の一件で間違いなく騒ぎになります。地元にも押し掛けたモンスター愛護団体とかダンジョン教徒とか、面倒くさい連中。それにオークに憑いたキノコの話も漏れてるでしょう。ご注意を。エゾオオツノシカ君がいれば何とかなると思いますが、万が一のこともあるので。
「しかぁ!?」
いや、ついてくるのは無理じゃないかな。
連れて行かないのは最初から分かって……分かってねえぞこいつ。
+登場人物紹介+
●研究者の偉い人たち
現場からとんでもねえのをぶっこまれた。普段は身内の同人誌みたいな国内学術雑誌でワイワイやってるのに、国際的に有名な科学雑誌に「うちに載せますよねえ」と逆指名的な圧力を受けている。インパクトファクターに無縁な趣味人も多いので困っている。
●ハイソな人達
オークの土瓶蒸しの味と効能を忘れられず、関係各所に圧力をかけ始めた。禁断症状はないはずだが、味を覚えてしまったので仕方ない。
●ビキニ姐さん
悪いのは全てナラタケのせい。ということになった。エゾオオツノシカ君がパワーアップしたので興味津々(角に)。
●子豚鬼
エゾオオツノシカ君の新しい角からときどき誕生する、手乗りサイズのデフォルメのきいたオーク君。というよりは二足歩行の子豚。増えたり減ったりする。オークマザーの使い魔らしい。エゾオオツノシカ君の長い毛に潜って暮らしている。
●オーク上位種
蘭の栽培を趣味とするようになった。主人公に敬意を払っている。
●オークマザー
巨大な楢の木のままでは不便が多いので、エゾオオツノシカ君の角に加護を与えるついでに使い魔も寄越した。主人公に礼をしようと思ったが逆に遠からず危機が迫ることを教えられた。
●エゾオオツノシカ君
生えてきた角がなんというかコレダー・ザ・グレートとでも叫ぶレベルの強化具合だった。本土なら確実に災厄級モンスターとして問答無用で討伐対象となる。主人公についていく気満々だった。
●ナラタケ
郊外のナラタケは魔力を与えないと休眠状態もしくは枯死する。ダンジョン内にいるものは世代交代によりダンジョンモンスター化してダンジョンの支配下に置かれたほか、天敵である蘭もまたダンジョンモンスター化した。中層深奥にてのんびり暮らしている。その味は毒性を消したテングタケ並程度まで劣化した。
●主人公
ひとまずナラタケ騒動は終わったし、自分を毛嫌いしている団体が箱館にまで押し寄せそうな気配なので逃げ出そうとしている。




