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第十五話 楢・楢茸・楢鬼・鬼之矢柄

ここだけの話、ネタが尽きたと思ってください。


 殺した。

 途中から殺害は解体に代わり、しまいには作業となった。

 効率を求め、構造を理解した。手本はある。山ほどある。教材も同じくらい。動く者も動かぬ者も等しく壊した。形あるものも、形のないものも壊した。壊せてしまった。

 奥に、奥に。

 時間を稼がねばならない。罠があれば罠を壊し、謎があれば謎を壊す。最初は粗末な道具を使っていたが、それも壊れてしまったので素手で続けた。無心ではないが、どうでもいいことを考えた。自分をダンジョンに送り込んだ爺様から血の匂いがしたことを思い出し、だからどうしたと頭の中から消し去った。長くもない人生の中でほんの一瞬だけ接点のあった人物が自分に死を強いた、それだけだ。

 殺して壊して、解体する。

 深く、深く、深く、最深まで。

 最後の最後で、何かを問われた気がした。富とか力とか色々なことを。何を望むかと。何か答えようとする前に、後ろから駆け付けた誰かが何かを叫んでいた気がする。どうでもいい。その後どうなったかも、よく覚えていない。




◇◇◇




 ダンジョン。

 いつもは薬草をとったりカエルを捕まえるために潜る程度だったから、そこそこ奥まで踏み入れる今回の探索は久しぶりだ。

 ダンジョン。

 石畳がめくれ上がり、地面がボコボコになっている。太く長いものが地面から抜けていったような凹みがダンジョンの地面のみならず樹木や建物にも残っている。蔦の類と見落としていたものだろうが、これほどの太さのものを根状菌糸束と見抜くのは難しかったに違いない。それだけひっそりと、しかしダンジョンの相当部分に侵食していた事実にただ驚くばかり。


「市街地の菌糸体はほぼ全滅して復活の兆候はなしっすね」

「ダンジョン側の菌糸束は奥の方へと引きずられていった痕跡がある」


 同行している駆け出し探索者達が、地面の痕跡を観察しながらダンジョンの奥を不安気に見ている。湯滝ダンジョンの奥にはドラゴンがいる。上層は幕末ゴブリン族が、中層には植物属性のオークが多く見つかる。属性に目をつぶれば、標準的な構成とも言える。

 菌糸束とは別の蔦や蔓を引き剝がした跡があるのは、先行した探索者の一部だろう。どういう思惑があっての行為なのか確かめる術はないが、菌糸そのものの薬効は低い。あれは植物属性のオークに感染した菌糸体に初めて生じる効能らしく、察しのいい連中がオーク狩りも並行している。

 オークはダンジョンモンスターなので倒されれば一定期間で復活する。

 ナラタケに寄生されていた時はギリギリの状態で生かされていたのだろう、復活した個体はどれも怒り狂いながら地面を掘り返し、菌糸の痕跡を見つけては幾度も踏みつけながらダンジョンの奥に突撃していく。オタッシャデーとハンカチ振って見送りたくなるが、放置しても良くないので追いかけていく。


『武』

『報侮』


 幕末ゴブリン族も絶好調だ。気持ちは分かるがオークをねっとりとした視線で見つめるのは止めてさし上げなさい。気持ちは分かるけれど。菌糸束は痕跡あれど実物は見つからず、奥へ奥へと誘っているかのようだ。一見すると。


「誘うほどの知能あるのかな☆」


 ビキニ姐さん。

 市街地の大量破壊をナラタケのせいにした姐さんじゃないか。

 駆け出し探索者の皆さんが複雑な視線を向けてるけど華麗にスルーだ。単体でエゾオオツノシカ君よりも高出力のコレダー放てる人に迂闊なことは言えないからね。

 姐さんは予定通り、ダンジョンコアに絡みついてる菌糸を根絶やしにしてください。

 自分らはナラタケの外付け知能を解放してきますから。


「外付け知能」「ですか」


 姐さんはこちらの意を汲んだのかウインク一つで駆けだしていった。今回の働き次第で損害賠償額の減額が決まるから大変だ。自分らは中層最深部行きましょうね。ダンジョンコア周りが重要なのは、オークの群れが向かっている事実からも間違いない。

 うん。

 中層最深部、そこが自分らの目的地。




◇◇◇




 湯滝ダンジョン中層最深部には何もないというのが探索者組合の表向きの情報だ。

 確かにそこには価値ある宝物やボスモンスターがいる訳ではない。薬師や錬金術師が必要とする特殊な植物素材が手に入る程度で、危険に見合う程のリターンは得にくい。

 なにせ普段は植物属性のオークがわんさかいる場所だから。

 エリア中央にある巨大な楢の樹が、すべてのオークのマザーとも言うべき物。てっきりマザーが根状菌糸束に包まれていると思ったら、その幹を護るようにオークの上位種らしき巨体が複数、菌糸に呑み込まれている。とはいえ彼らの献身甲斐なく菌糸束の一部はオークマザーに届いており、幹の一部は生き腐れを起こしている。

 大樹の周辺にも楢の木は生えているが、残らず菌糸束に包まれ巨大なキノコを生やしていた。アウトドア好きなら歓喜し、農業関係者は発狂する光景だ。生きながら分解されているため、楢の木やオーク上位種の身体に巣食ったナラタケの菌糸が緑色に発光しており幻想的だが冒涜的な空間を生み出している。

 と。

 楢の木とキノコが支配する領域に、異物が姿を現した。

 鮮やかな黄色の、百センチほどの茎。大樹を囲むように数百数千の茎が、やはり黄褐色の蘭の花を咲かせる。あるものは数十もの花を一気に咲かせ、あるものは真紅に染まって膨らんだ実を結ぶ。異形の蘭が咲く度に周りの菌糸が萎れ、キノコが崩れていく。ジーンバンクより横流しされた腐生植物――ナラタケに寄生する蘭の仲間が、魔法の力によって急速に発芽と成長を始める。

 それ自身はエリアを覆う菌糸体すべてを枯渇させられるものではない。

 だが、反応した。

 自我を得たが故に、半端な知識を得てしまったが故に、ナラタケは反射的にすべての力をもって蘭の花花を駆逐しようとした。そうでなくば、いずれこの蘭が己にとって代わるものと恐怖した。


「菌糸が離れた!」


 そう、離れた。

 外付け知能の主であり、少なくない活力の源であるところのマザーオークとオーク上位種から。

 菌糸は衝動のまま蘭を包み押し潰そうとし、硬直した。マザーより菌糸束が外れる度に明瞭だった殺意と衝動は薄れ、戸惑いや恐怖の感情すら霧散した。最後の一本がマザーより外れたのと同時に、ナラタケの菌糸体は地面に崩れ落ちた。巻き込まれて潰れた蘭もあるが、それでも百近い蘭が毒々しくも鮮やかな彩を放っている。


「……え、これで終わりっすか?」


 あとはナラタケブッ倒してレベルアップしてる蘭の花を残らず回収したらお仕事完了です。最優先でよろしく。



 ほぼ同時刻、いきなり動きを止めた菌糸体モンスターをビキニ姐さんと愉快なセフレ未満共が討伐し、湯滝ダンジョンは解放された。

 モンスターとしてのコアである魔石を宿し、それを破壊されたモンスターは知恵も力もない菌糸体の塊となり、ダンジョンコアを護るドラゴンたちの息吹により微塵も残らず消滅した。




+登場人物紹介+


●ビキニ姐さん

 本話最高戦力。若い子に囲まれてうきうきしている。


●駆け出し探索者

 戦うよりも蘭の採取で腰を痛めた。いつの間に蘭の種をまいて発芽させたのか分からなかった。


●オーク(植物性)

 ダンジョンコア突撃部隊。探索者と共闘したはずなのに邪な目で見られている。


●幕末ゴブリン族

 人間に負けず劣らず邪な目でオークを見ている。


●オーク上位種

 マザーを護るために菌糸束に襲われて知能とかエネルギーとか吸われていた。ビクンビクンビクン


●オークマザー

 巨大な楢の樹。とても大きい。オークを生み出す。霊格が高く意思疎通できれば様々な魔法を授けてくれる。主人公が持ち込んだ腐生性蘭の種子を見抜き、一気に発芽させた。ナラタケの外付け人工知能にさせられていた。この屈辱と恐怖、許しがたし。


●主人公

 蘭が発芽するのは分の悪い賭けで、少しでもナラタケが怯んだらオークマザーを木っ端微塵に解体しようと思っていた。その辺を察したオークマザーが全力で蘭を発芽成長させたので、眺めている間に全てが終わってしまった。


●ナラタケ

 ダンジョンコアのエネルギーを失い、オークマザーの知能を失った。感情も自我も停止した菌糸体や子実体は様々なダンジョンモンスターが喰らう事で糧となった。菌糸断片や胞子は残ったが、オークたちが念入りに処分しているようだ。

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― 新着の感想 ―
>何か答えようとする前に、後ろから駆け付けた誰かが何かを叫んでいた気がする。 豚「ギャルのパン◯ィーおくれ!!」
ナラタケはうちの地域だと「あまんだれ」て呼ばれる美味しいきのこなんよねぇ。本来は朽ちたナラに生えるんだけど、こんな凶悪なのは嫌だなぁ。後オークは良い木炭になりそう。窯に詰めて焼いてみたいな。人型の木炭…
パンデミックも沈静化した?ようで何より ところで、うまいキノコが育つ培地ってどうにかなりませんかね……
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