第十三話 会議室は空転し現場は開店す
超不定期連載です。更新止まったら「あ、ネタが尽きたんだ」とお察しください。
ダンジョン由来の食品が身体に様々な影響を及ぼすことは最初期から知られていた。
滋養強壮、肉体強化。健康に良いとされ美味な食材が多いことから需要は一定数あるが、常食する一般人は多くはない。同価格帯ならば飼育されたブランドものの鶏豚牛と勝負できるのは一部解体職人の処理したモンスター肉くらい。逆に探索者は現地調達容易なモンスター肉を家禽の代わりに摂取する者が多く、その疲労回復効果や傷病回復効果の恩恵に与ってきた。効果微量ながら延命若返り効果が認められる食材も見つかってきたがそういった食材は希少であるし、ある程度のレベルが無いと身体が受け付けない、いわば薬効よりも毒効果の方が勝ることも判明している。
「森林研の解析結果が出ました。箱館市外で採取されたナラタケ子実体と湯滝ダンジョンのオークに寄生していた根状菌糸束の遺伝子、一致しています」
ダンジョン攻略絡みの関係者が集められた市内の会議場、壁に掛けられた複数のモニターでは徹夜で解析した白衣の科学者たちが疲労と興奮でギラついた表情を見せている。
「あくまで仮説ですが、現在この箱館の街および郊外の森林はダンジョンによってレベルアップを果たしたナラタケの巨大菌糸体に呑み込まれております」
騒つく会議場。
なにを言っているのか分からないという反応が大半だが、農業関係者の顔色は悪い。
「お、おい。そいつは本当なのかい」
「郊外に自生しているミズナラやトチの木を確認したところ、ナラタケ由来と思われる根状菌糸束の浸食を受けて幹が枯死し始めたものを複数発見しました。この勢いだと貯蔵している根菜類や芋なども地面に接していたら被害を受けるかもしれません」
冗談じゃねえと、農家の一人が呟いた。
ミズナラの実は熊の餌として重要なものだ。ただでさえ農作物の味を覚えたヒグマが市街地に近付く事件が相次いでいるというのに、そのミズナラが恐ろしい勢いで枯死するかもしれないと言われては平静でいられるはずもない。ただでさえダンジョンのスタンピードで街のイメージは良くない。探索者が大勢来ることで過疎化しつつあった街の勢いが戻りつつあるのは皮肉だが、それでも今までこの事態を気付けなかった探索者達が無能ではないかと思ってしまい非難の視線を向ける。
「廃棄されたダンジョン薬草の残渣やトレント系モンスターの残骸を堆肥化させる試験をダンジョン領域の一画で行っています。おそらく野生のナラタケの菌糸もしくは胞子がそこに付着して菌糸体を形成、浸食行為がレベルアップ判定を受けたものと考えられます」
そう発言したのはダンジョンやモンスターの研究を行っている国の役人だ。
こちらも先日までトラフグカエルと巨大スズメバチ関連の資料集めと報告に奔走していたところを急遽召喚され、その発狂しそうな現状に内心頭を抱えながらの登場である。
「単純にレベルアップして生物としての格が上がっているのか、それとも準モンスター化しているかまでは判別できていません。市内の木造建築や住宅類の調査、根状菌糸束がどこまで展開しているかの調査も並行していますが、探索者組合の報告によればこの菌はダンジョンモンスターを既に宿主として莫大なエネルギーを得ている可能性があります」
動物への影響が少ないのが救いかもしれませんが、と役人は零した。
状況が割と絶望的なのは全員が分かっている事だった。この会議が現状確認以上の意味がないことも。それでも、この事態の発見者である現場の探索者達に「どうしてもっと早く」と文句を言いたかった。
◇◇◇
現場です。
大混乱です。
原因その1、朝から大量のオークが持ち込まれています。例の、植物性の、普段ならダンジョン中層にいる連中が上層まで来てます。普通に考えるならオークのスタンピードです。探索者総動員で討伐してる訳で、どんどん持ち込まれる次第。
「でも、なんか弱いっす」
駆け出し君が首を傾げながらオークを持ち込んできました。そうだね、君にこんなに綺麗に倒せる日が来るなんて自分は思いませんでした。普通ならそうなんでしょうけどね。幕末ゴブリン族は今日は合戦中止してダンジョンでオーク狩りしてるそうです。
それにしても綺麗に倒してますね。
「ええ、急所でもないのに一撃で」
解析してみますかね。鑑定もして。
……
……
あー、いけませんね。ちょっと迂闊でした。職員さん、先に謝っておきます。駆け出し君たち自分の後ろへ。エゾオオツノシカ君も今はコレダー出せないんだから気を付けて。
見ててください、この個体。
腹のあたりが蠢いてますね。
「うげっ」「寄生虫の類っすか」「まってそれじゃオークを倒したつもりで」
はい。分厚い外皮はオークそのものですけど、蛹の殻みたいなものですね。
そおれ、大型動物解体用の熱湯風呂。
はははは、暴れておりますな。お、表面は水を多少弾くようだけど、こういう加熱は想定外でしたかね。ここの解体テントでは温泉街の源泉からパイプを引いているんですよ。さあさあ、遠慮せずに熱湯風呂をお楽しみくださいな。
「あ、しぼんだ」「……なんか、旨そうな匂いしない?」「オークって喰えないはずでは――って、オオツノエゾシカ君が食べてるぅ」
もっちゃもっちゃもっちゃ。
中身の水分を放出したせいか、萎れて漬物みたいになったオークの外皮。それを熱湯風呂から引きずり上げるとエゾオオツノシカ君が嬉しそうに食べ始めます。なんか凄い美味らしい。熱湯風呂もキノコの旨味成分がものすごい溶け出して、胃袋を刺激しております。
オーク一匹分で、これですかあ。
ああ、職員さん。炊き出し用の大型鍋、食堂から借りてきてもらえます? ええ、地獄の刑罰かよってみんなが一度は突っ込む最大サイズのアレです。確か複数ありますよね。
片方は土瓶蒸しで、もう片方は油で煮込んでアヒージョっぽく。
「あ、オークの群れが復活して逃げようとした」「残念、エゾオオツノシカ君に廻りこまれてしまった」「ででーん」
現場の人間に出来ることなんて限られてますからねえ。
とりあえず一匹残らず加工して、新商品としてプレゼンしてもらいましょうか。
+登場人物紹介+
●森林研の研究者
樹木とか菌とか遺伝子を研究している人。無茶振りされた。ごめんなさいしようね。
●司会の探索者組合職員
何で場違いな私がこんなことをやってるんでしょうねと死んだ目でいる。
●モンスター研究者
つい先頃まで巨大化スズメバチの調査でロクに帰宅できていなかった。そろそろ家庭がやばいと思っている。
●農業関係者
実はエゾオオツノシカ君がヒグマとか害獣を駆除してくれているので感謝している。それはそうと想像される農業被害規模に離農を考え始めている。
●幕末ゴブリン族
謎のスタンピードを始めた湯滝ダンジョンのオーク討伐を始めた。本来モンスターの格はオークの方が上なのでうっきうきで戦いを挑んでいる。
●オーク(植物属性)
ナラタケに寄生され、皮一枚残して中には菌糸が詰まっている。主人公が蛹と称したが、時間が経つと大量の胞子をスギ花粉みたいに散布し始めるので早めの対処が重要。煮込んだり揚げたりすると実に美味な食材になると判明。エゾオオツノシカ君は大好物。ミ=ゴみたいな子実体を形成するはずだった。
●エゾオオツノシカ君
オークを食べる度に少しずつ切られた角が再生していく。
●いつもの職員さん
なんとなくオークとナラタケに同情し始めた。
●駆け出し探索者たち
己らにオーク倒せるわけないじゃんと分かってる人たち。煮込んだオークがすごい良い匂いがして辛抱たまらない。
●主人公
現場にいる。
咄嗟の判断で脱皮しかけたオークを土瓶蒸しにした。次はアヒージョにしよう。




