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12.本業をひさびさにやっちゃった


「いいんですかね……サトウ夫妻にこんな仕事……」

 大量のタンポポの束を次から次へとフロアに並べるとカウンターのオルファスさんが戸惑う。昨日のうちに、ライアン草を取ってきたという話はしてあって、しおれるといけないので明日、アイテムボックスから出すから関係者に連絡しておくようにと言っておいたのだ。

 ライアン草の入荷を聞いて、街中の花屋がハンター協会に列を作ってるよ。一束大銅貨五枚(五百円相当)で、二百十六束あるから金貨十枚チョイの儲け。で、ハンター協会の手数料を10%引かれて金貨九枚、銀貨七枚と大銅貨二枚の報酬。


「サトウ夫妻ともあろう方が……。もっとこう……手数料が稼げるような、大きい仕事をしてもらいたいですな」

「そんなことを言うと妻がもうあなたの所の仕事を一切お断りいたしますぞ」

 うん、無表情になったルナを見てオルファスさんがビビってますな。

「そんなに言うんだったら、なにか、お勧めの仕事を紹介してくださいよ……」

「あんた、高いところの作業は平気かね?」

 そんな話をしてると、花屋のおっさんが一人、話しかけてきた。


「いいけど、なにか?」

「聖堂のね、時計塔なんだけど、雷が落ちてから止まっちゃってるんだ。修理をしたいんだけど場所が場所なもんで、職人が困っててさあ」

「ジョンソンさん、いくらなんでもそれをハンターに頼むのは……。あの、サトウさん?」

 むむむむむ……っ!!!

 時計の修理だと!!!

 元機械系エンジニアの血が騒ぐぞ!

「その仕事! 受けた!」

 

 さっそく大聖堂に行って、話を聞く。

「サトウ夫妻って、あのサトウ夫妻? キール村の除霊をしてくれたハンターのサトウ夫妻ですよね?? なんでまた???」

 若い神学者の人が首をひねる。

 そりゃあわけわからんか……。

「とにかくここの時計職人さんを呼んでください。修理手伝いますから」

「それはありがたいのですが……、そんなことまでやるんですかハンターって?」

「商売抜きです」


 職人さんが来たので、二人で時計を見ると、(おもり)式の振り子時計っすね。鎖で錘がぶら下がっていて一日一回巻き上げるというやつ。

 ゼンマイとかと違い錘はテンションが一定なのでわりと正確な時計になる。古典的なやり方だがこの世界の技術レベルでは十分だ。

 歯車を一個ずつ外してそれぞれの軸を動かしてみると、針に落雷して長針の軸受けが焼き付いてた。

 尖塔のてっぺんにロープをかけ、それにぶら下がってラペリングの要領で時計の文字盤のところまで下がり、ハンマーでたたいてくさびを抜いて針を長針、短針の順で引っこ抜く。


 下ではルナがニコニコしながら見上げている。

 俺は実は【フライト】をかけて作業してるからホントはこんなロープとか無しでも仕事にはなるんだけど、人目があるとこではちょっとね……。

 普通はダンナがこんな仕事してたら女房は安心して見ていられないよね。


 針の軸の取り付け部分は錆びついてるけど、俺は力があるからムリヤリ引っこ抜いていけますな。

 長針、短針ともにロープで修理が終わるまでそこにぶら下げておく。

 職人さんに軸受けを外しておいてもらって、外から軸をハンマーでガンガン叩くと焼き付いたところがバキッとはがれた。軸受けには一応砲金(銅と錫の合金)を使っている。油差せば鉄の軸とよく馴染むぞ。軸には電気が走った跡が付いて溶けてるね。

 なんとか外れた時計の軸の焼き付いた面をやすりでごしごし削って仕上げて、凹凸を無くす。紙やすりなんてものはないんでね、磨き粉と木の板、仕上げに皮でしゃこしゃこ一生懸命仕上げる。これだけで二時間はかかる作業だな。

 つるつるに戻った軸に、軸受けに新しい砲金の板をたたきのばしてからきさげで削ってアタリを見ながら組み合わせ、石鹸と植物油を混ぜ合わせてグリースにしたやつをタップリ塗って、歯車を全部元通りにしたら完成。

 再び、尖塔からロープでぶら下がって、短針、長針の順に12時0分に組み付けてくさびをハンマーでガンガン打ち込めば固定完了。

 あとはギヤをスライドさせて時間を合わせ、元に戻してから錘を巻き上げて大振り子をスタートさせれば修理完了!

 時計職人さんと油だらけで真黒になった手でがっしり握手。

「イヤー助かったよ! あんたうちで働かんかね!」

 やめときます。


「こんなもん、なんに使うのかね」

 頼んだものを別の職人さんが持ってきました。7mmはあるぶっとい銅線が50m。

「避雷針だよ」

「ひらいしん?」

「雷って高いところに落ちるだろ。だから建物の一番高いところに銅とか鉄の棒を立てておくと、そこに雷が落ちるの」

「雷を呼び寄せてどうすんだよ! 火事になるだろ!」

「だからその雷の力を、銅線をつたわせて地面に逃がすの。そうすると建物は被害を受けない」

「本当かそれ……?」

「俺の国じゃそうして雷を防いでるの! 間違いないからやってみろって!」

「雷ってのは、天の神様のお怒りです。天罰は甘んじて受けるべきです!!」

 ……まじめでカタブツな聖職者は扱いが面倒ですな……。

 でも聖職者が真面目な世界って今まで無かったよ。いい世界だね。

「そんな罰落とすわけないじゃないですか!」

 ルナさんや、話がこじれるから黙っててもらえませんかね。


「どう考えても今回時計に神に罰せられるような罪があったわけじゃないですよね。雷ってのはどこに落ちるか運任せ、ただの自然災害なんです。これを防げるようにしても、罪にはあたりませんし、ほんとうに天罰だったのだとしたらこんなものでは防げないはずです。この避雷針で雷が防げたら、雷は天罰ではなく、自然災害なんだって認めてください。うまくいったら、他の高い建物にも取り付けるよう普及を図って」


 真面目に生きてた人が雷に当たって死んだのに、天罰に当たった罪人だとして教会に埋葬を拒否されてたりしたら気の毒だ。ここは否定しておかないと後の世のためにもならないな。


 まず銅線の先端をハンマーでガンガン叩いて尖らせる。次に銅線を鉄棒に巻いてガッチリ固定。それを尖塔のてっぺんに絶縁にレンガを組んで立て、銅線を油を塗った皮で絶縁しながら金具で壁から離して固定していき、地面に届いたところで穴を掘って、鉄の杭に巻き付けて埋める。

 避雷針完成!


「本当かねぇ……」

 教会関係者も集まってきて、物珍しそうに見てるぞ。

「今度雷が落ちる日があれば、見ててください。あの鉄棒にドーンって雷が落ちても、時計塔はびくともしないってのがわかりますから」

「ちょっと信じられないね」

「うーん……じゃ、実際にやってみますか」


 上空に空気を撹拌させて静電気を作り、【サンダー】を落とす。

 ど――――んっバリバリバリッ!!!


「うわあああああ――――!」

 見ていた人から悲鳴が上がる。

「か、か、雷の魔法かい!」

「そうです」

「ええええっ!あんな強力なやつ撃てるもんなの!?」

「まあそれは置いといて、ホラ、平気だったでしょ?」

「……あ、確かに……。なんか雷があの針に吸い取られるように……」

 時計塔、燃えてもいないし壊れてもいませんな。

 避雷針に雷が落ちるのを全員が見てましたからな。

「これはタダにしときますから」

 避雷針の費用は俺が出してある。

「雷落ちてまた時計壊れたら責任とってもらうよ?」

「どうぞどうぞ」

「とにかく時計が直ったのはよかったよ。ありがとねサトウさん。今日の報酬はどうしよう?」

「俺もルナテス教の信徒です。俺の分は奉仕ってことにしといてください」


 かっちんかっちんかっちん……

 時計の針が、正確な時間をちゃんと表示してる。

 街中の人がこれを見る。

 うん、誇らしい……。ルナも嬉しそうだ。

「サトウさん、今日はありがとね。懐中時計安くしてあげるから今度工房においでよ。一個作ってやるよ」

「そりゃあぜひ!」

 時計職人さんとも、すっかり仲良くなった。

 メカ好き人間というやつは、いつの時代にも通じるものがありますな。

 懐中時計かあ……いいね、それ欲しいわ。


「佐藤さん、楽しそうでしたね!」

「ああ、こういう機械の設計、開発は俺の本業だからな。修理とかもたいていはなんでもできる。前の世界では自分で振り子時計も作ったよ。一日棒に振ってすまんかったな」

「いいんです。佐藤さんにだって好きなことしたい日があっても」

「……考えてみると人前で佐藤さん佐藤さんってのもちょっとなーー。もう夫婦だし」

「……どうしましょう」(てれっ)

「あ・な・た」

「……あなた……」(キャッ)

「ルナあぁああぁあああ!」

「キャ――――ッ!」

 油で真黒な手をわきわきしたら、逃げていきました。

 あっはっはっは。



 その後、時計職人さんの工房に行って一個注文してきた。

 銀で丈夫に作ること、文字盤は黒に白字、48時間のスプリング、装飾は無し。

「脱進はどうするね」

「テンプって知ってる?」

「いや……どうするんだ?」

「ヒゲぜんまいをこう……軸に巻くようにして……」(図解)

「これは面白いな。確かにどんなふうに持ってても狂いにくそう」

「時間の微調整は中央のゼンマイ止めを回すようにして……」

「なるほど」

「軸受けは何を使う?」

「砲金だけど」

「俺の知ってるのではルビーを使うのがあるな。こういうふうにドーナツ形に削って、穴に軸を通す」

「宝石か。なるほど。確かに硬くて摩耗しないが、小さく加工するのが難しそうだ」

「宝石のカットをする職人と話してみるといいかもな」

「もしかして、いい油とか知らないか?」

「時計に使う最高級の油というと、魚の油って聞いたことがある」

「魚!? なんでだよ!」

「冷たい氷の下にいるタラの油とかは、気温が下がっても固くならないんだ。寒くてもちゃんと動く時計になるらしい」

「ほー……、覚えとくわ」


 ……同じ機械屋、時計の話になると止まらんわ。

 ルナがニコニコして黙って聞いてるけど、そろそろ切り上げたほうがいいかもね。


 手の油は洗っても洗ってもなかなか落ちなくて、「絶対にその手で触んないで!」って怒られちゃいました。


 そのかわり、今夜は全部してくれましたけど。

 なんかルナにはすっかり弱みを握られて舐められてる気がします。

 気のせいじゃなくて今実際にそうされてますけど。




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