第99話 招待状
二人の精霊を無事破壊した我は、いい気分で神殿へと戻ってきていた。
いや、この神殿を受け入れたわけではないぞ。断じて。
しかし、ここから抜けると本格的に『バイラヴァ教』の制御ができなくなる。
苦渋の決断ではあるが、ここに残る理由だ。
『千年前のバイラヴァ教徒みたいになったら面白いわよね』
面白くないわ。面白いのは貴様だけだろ。
我の中にいるヴィルに怒りを抱きつつ部屋に戻ってくれば……当たり前のようにいる三馬鹿。
しかし、何だか雰囲気がおかしい。
少し重苦しいというか……三人ともテーブルにつき、黙り込んでいる。
……いつも喧しいくせに、なんだこいつらは。
怪訝そうに見ていれば、女神が重たい口を開いた。
「……何か、もうバイラヴァ様だけでいいのではなくて?」
「…………」
口を開いたと思えば、何を意味の分からないことをのたまっているのだろうか。
いいぞ。少なくともお前らはいらないぞ。
だから、もう我の部屋に許可なく入って来るな。おかしいだろ。
「それなりの規模の軍勢も一瞬で蒸発だもんね。千年前の絶望感を思い出すよ」
「大変だったわよね、ホント……」
勇者と魔王が続く。
いいんだぞ? 千年前みたいに敵対関係に戻っても。
というか、戻れ。早く、今すぐ。
「君はビビって服従してお腹見せていただけじゃん」
「最後はちゃんと戦ったでしょ!!」
ギャアギャアと喧嘩を始める二人。
他所でやれ! ここは我の部屋だぞ!!
『でも、これで大分精霊を減らせたんじゃない? もうほとんど殺したでしょ』
ヴィルの言葉に頷く。
確かに、もうこれ以上はいないはずだ。
いや、異世界を侵略してきたというのに、この程度の人数というのは普通はおかしいのだが……その人数で侵略できるほどの力がある精霊だからこそ、我が破壊する意義がある。
さあ、我の世界再征服計画が再始動だ。
『今は女神、勇者、魔王っていう最大戦力もこっちの勢力だしね。もう敵はいないも同然でしょ』
……いや、何だろう。
それは我にとって喜ばしいことなのだが、この三馬鹿はいらない。
千年前の彼女たちならまだしも……。
しかし、本当に敵がいないな。
どうするんだ、世界。我にガチで征服されるぞ。
それでもいいのか? え?
『すんごい変わったもんね。それくらい、精霊による攻撃が苛烈だったと言えるんだろうけど』
……まあ、やられていたことは全員信じられないくらい酷いことだが。破壊神である我も引くくらい。
だからと言って、こんな風になっていいことはないだろうが。
まあ、そんなに悪いことばかりが起きていたわけではない。
我は先日、精霊諸共こちらに攻め入ってきた元バイラヴァ教徒や人々を殺戮した。
これを見て、『バイラヴァ教』を新たに信仰しようとする者はいないだろう。
こんな破壊神を崇拝している宗教である。
多くの人にカルト認定されたに違いない。
これで、少しは異質なバイラヴァ教の勢力拡大が収まるだろう。
我、ハッピー。
三馬鹿のことはもはやどうしようもないが、このカルトだけはどうにかすることができそうなのである。
これだけが、唯一の我の救いであった。
……破壊神が救いを求めるとか、どういう状況だよ。
「失礼します、我らが神」
そうして入室してきたのが、カルトを広める諸悪の根源カリーナである。
こいつも有能で精霊を探す時などに非常に役立ったのだが……カルトを広めさえしなければ……!
……というより、我の呼称が何か恭しいのだが。嫌な意味で心臓がドキドキする。
我が神って……。いや、神なのだが。その言葉に凄く色々な感情が込められていそうで、怖い。
「あ、カリーナ。今回のことで、『バイラヴァ教』ってどうなった? やっぱり、数が減った?」
勇者が尋ねる。
ふっ……聞くまでもないだろう。
我は余裕の笑みを浮かべていた。
間違いなく、減っている。断言できる。
大勢の人を一瞬で蒸発させるような者を信仰する馬鹿が、どこにいるというのか。
新規信仰者はありえないし、目をくらませていたバイラヴァ教徒たちも気づいただろう。
我が、信仰するに値する優しい神ではないということを。
これで、ようやく他の者たちも目を覚ましただろう。
「……勢力の拡大は止まってしまいました。これは、間違いありません」
カリーナの言葉は、我の予想通りのものだった。
うむうむっ! それでいいのだ!
まずは、増やすことを食い止めることができた。
あとは、減らすだけである。
よし……気分がいいぞ。
なんだったら、このカルトをどうにかした後は、三馬鹿も何とかしてみせるか!?
嬉々として素晴らしい未来を妄想していると……。
「ですが、教徒の信仰心はさらに高まり、破壊神様へ全てを捧げるという覚悟を決めた者が大幅に増えました!」
「――――――」
「あっ、死んだわよこいつ」
ドクン! と心臓が一際高く跳ね、ハッと意識が戻る。
……我、今数秒ではあるが、心臓止まっていなかった?
「な、何故だ!? どう考えてもおかしいだろう!?」
あの惨劇を……人々を破壊して精霊までも消し飛ばした我を見て、信仰を強める!?
どういうことだ。皆頭おかしいのか……?
『破壊神が人々の頭の心配をするなんて、世も末ね』
本当だよ。
「そんなにおかしくはないですわ。なにせ、自分たちのことを守ってくれたんですもの。しかも、あれだけの大人数と精霊を相手に、たった一人で。バイラヴァ様の背中を見ていた者たちが信仰心を強めるのも、不思議ではありませんわ」
カリーナではなく、女神が説明してくる。
とんでもない勘違いをしているじゃないか!
「我は守っていないぞ! ただ、精霊を破壊したくて……!」
「どう思うかは受けて側の問題よ。あんたは救世主として見られたのよ。教徒たちにね」
ヒルデが嗜虐的に笑いながら我を見る。
ば、馬鹿な……。我が救世主だと……?
あの惨劇を見て救世主とか、全員目が節穴なのか?
『まあ、精霊とその軍勢って、完全にこの都市に住む人々を皆殺しにする気だったしね。バイラは目的はどうであれ、結果的にそいつらから救ったことは間違いないわよ』
クソ……っ! 結果より過程を重視しろよ……!
唸る我を見て、ちょちょっと近づいてきて脇腹を突いてくるヒルデ。
「ぷぷっ。いい気味」
「クソ魔王がぁ!」
「あひんっ♡」
ケツを引っぱたけば、悲鳴とは到底言えない嬌声が上がる。
なんだこいつ……。
『どんどん絡め取られて行っているわね』
どこにだ。
『底なし沼に』
…………笑えないんだが。
上手いこと言ったみたいなドヤ顔が伝わってくる。
ウザいから止めろ。そんなに上手くないし。
「我が神。ご報告したいことがあります」
カリーナがそう申し出てくる。
何かしら理由があってこの部屋に来たのだろうから、それも当然か。
「……なんだ、言ってみろ。『バイラヴァ教』関連以外のことだったら聞いてやる」
カリーナがここに来て報告することは、ほぼほぼカルトのことである。
少なくとも今日はもうその話はしたくない。
「破壊神であるバイラヴァ様が人間にそんな優しい一面を見せるだなんて……! わたくし、感動ですわ!」
女神が目を輝かせて言っているのは、我が人の願いを聞いてやると言ったことだろう。
確かに、千年前であれば絶対にありえないことだ。
破壊神が人々の願いをかなえることなんて、するべきではない。
だが、もう今は何でも願い事をかなえてやるから、『バイラヴァ教』を何とかしてほしい。
そんなことすら考えている。
だからこそ、次のカリーナの言葉には唖然とした。
「はい、『バイラヴァ教』関連以外のことです」
「えっ、嘘!?」
勇者が驚愕の声を漏らす。
我も顎が外れんばかりに口を開き、十秒程度の沈黙の後……。
「素晴らしい。我は貴様を信じていたぞ、カリーナ」
周りのいる者も笑顔にするような、そんな満面の笑みを浮かべたのであった。
信じていた。信じていたぞ、カリーナ。
もはや、大抵の願いは聞き届けてやろう。
そんな思いすら抱いていた。
あと、嘘ってなんだ勇者。ブッ飛ばすぞ。
すると、カリーナは何やらごそごそと懐を漁ると、一通の封筒を差し出してきた。
「招待状が届きました」
招待状?
受け取って見れば、しっかりと封蝋が為されていた。
「本当は神にお見せする前に破り捨ててやろうかとも思ったのですが、それは越権行為であると思い直し、お持ちした次第です」
「誰だ?」
カリーナがそのようなことを言うのは、珍しい。
……いや、過激なことを言うのは割と頻繁にあるが、ただ手紙を受け取っただけでこれほどの反応は見せないはずだ。
気になって差出人を聞いてみれば……。
「精霊ヴェロニカからです」
「ほほう!」
なるほど。カリーナが怒りを抱くのも理解できる。
つい先日、こちらを滅ぼそうとしてきた相手なのだからな。
しかし、我の心に宿るのは怒りではなく歓喜である。
まさか、残りわずかであるはずの精霊から接触をしてくれるとはな。
『ガイスト』なる組織を結成した時も思ったが、今回の精霊はどうにも我のことを手助けしてくれるかのようだ。
「精霊からの招待状……?」
「何に招待しようっていうのかしら」
「そんなことは決まっているだろう」
首を傾げる三馬鹿に、我は笑みを浮かべて立ち上がる。
「――――――精霊と破壊神の、最後の戦いだ」




