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第98話 思った通りに

 










『ルシウスの槍』は、一度だけ使える力がある。

 それは、その槍を犠牲にしつつも巨大な爆発を引き起こすことができる力だ。


 童話の『ルシウス物語』でも、主人公のルシウスがその力を使ってヒロインを捕まえる敵を討ち滅ぼし、彼女を救い出す。

 その威力は凄まじいものだ。


 地形を容易く変形させ、小さな村や街なら一撃で消し飛ばすことができるほどのもの。

 そのため、これほど間近の接近戦をしている時に使用すれば、精霊であるレオンやベニーも危うい。


 だからこそ、ベニーの盾を使ったのだ。

 対象を異次元に置き、それこそ次元を超えるほどの威力の攻撃を受けない限り、絶対の安全を保障するもの。


 バイラヴァの太陽でヒビが入ったが、それはその攻撃が異常なまでに強力だというだけのこと。

 その力は、確かなものである。


 ベニーは、その絶対防御の力を、バイラヴァを閉じ込めることだけに使用した。

 異次元に置く。そのため、力を使用している間は、そのバリアの中から身動きをとることができない。


 まあ、普通はとる必要がないので、これで不満に思ったことはないのだが……。

 次元が異なるため、抜け出すことは絶対に不可能だ。


 そこに閉じ込め……中に『ルシウスの槍』を投げ込む。

 次元のバリアを打ち破って中に突き入れる攻撃は非常に難しいのだが、一度しか使えない力を使えば、それも可能だ。


 バリンとバリアを破り……中で力を発動させ、爆発させた。

 目も開けられないほどの爆炎と暴風が吹き荒れる。


 その熱さは鉄をも融解させ、暴風は身体を切り刻む。

 それを直撃し、また次元のバリアで閉じ込められている為威力は集中して吹き荒れる。


「うごぉっ!?」

「くっ……!!」


 ベニーの次元の壁が耐えきれなくなり、パリンと儚い音を立てて崩れ落ちる。

 それと同時に暴風が吹き荒れ、爆炎は空高くへと伸びていく。


 これでも、最初の爆発に比べれば随分と威力が落ちていた。

 そのため、二人は大きな怪我を負うこともなく、その場に残ることができた。


「……すげえな、お前の力」

「……もう二度と、あの武器は使えませんがね」


 レオンは手に持つ本を見る。

『ルシウス物語』だ。


 それは、ボロボロと形を崩れさせていき、ついにはレオンの手から消えてしまった。

 物語から抽出した武器を失う、もしくは使い切れば、その物語は終焉を迎える。


「だけど、これで……」

「ああ。……っていうか、これでも無理なら、もうどうしようもねえよ」


 苦笑いするベニーに、その通りだと頷くレオン。

 まだ物語から武器を取り出すこともできるが……『ルシウスの槍』ほどの強力なものはそうそうない。


 そして、それを使うだけの力も、もうほとんど残っていない。

 これで終わりだ。終わってくれ。


 そう祈りをささげ……。


『そうか。じゃあ、もう終わりだな』


 それは、無情にも拒絶された。

 未だに舞う爆炎から、ギュルリと地面を這う蛇のように迫る黒い線。


 疲弊して呆然と立っている二人に迫る。


「がっ……!?」

「べ、ベニー!?」


 その蛇のような線は、ズドッ! と重たい音と共にベニーの心臓を貫いていた。

 大量の血を口から吐き出す。


 ダラダラと脂汗が一瞬で浮かび上がっている。

 ベニーの目がレオンを捉える。


 それは、どのような感情を伝えようとしていたのか。

 しかし、その光は強いもので……。


 ぐちゃり。

 その光がどのような意味を持っているのか知る前に、水っぽい音と共にベニーの身体が弾けた。


 ビチャビチャと噴水のように噴きあがった血が、レオンの顔を汚す。


『今の攻撃は良かった。我も驚いたぞ。褒めてやろう』


 爆炎の中から現れたのは、黒い瘴気を放つ塊。

 人型ですらない。


 もはや、それが何なのかさえ分からない。

 ただただおぞましい黒い瘴気に、ベニーを殺した線が戻って行った。


 そして、ブワッと燃え盛る炎がかき消えた。


「なん、ですか。それは……」


 理解ができない。

 それは、精霊にとっても恐ろしい。


 顔を青ざめさせ、ガクガクと震える身体を必死に抑えつつ尋ねる。


『そもそも、神というのは人の形に無理やり押し込めているにすぎん。でないと、今みたいな気持ちの悪いものになるからな。まあ、これでもいいのだが……いかんせん、故意ではない影響が世界に及んでしまう。それを避ける必要があるから、こうしているのだ』


 それはそうだろう。

 ただ相対しているだけでも、押しつぶされそうな何かを感じる。


 大地が腐り、大気が悲鳴を上げ、空が変色する。

 ただ存在するだけで、これほどの影響を世界に与える。


「(これが、抜身の状態である神ですか……!)」


 世界に、悪影響を与えすぎている。

 ただ存在しているだけでそうなのだから、神という存在の大きさにレオンは改めて息をのむ。


 慈愛と豊穣の女神ヴィクトリアを精霊は侵攻時捕らえたが、もし彼女がこのような形態になっていたら、実際はどうなっていたのだろうか?

 まあ、『当時は』人々に優しく思いやりのあった彼女が、どれほど自分の身が危険になっても人々が雰囲気に当てられただけで死んでしまう可能性のあるこの形態になることは、絶対にありえないのだが。


『それに、神は死なん。女神のように魔素を搾り続けられていれば、その存在が危うくなるだろうがな。だから、貴様らは我ら神を相手にするときは、殺すのではなく拘束することを考えた方がいいぞ。まあ、もう貴様らに次はないがな』


 ズルズルと、獲物を探すようにのた打ち回る黒い瘴気。

 ベニーのように、無残な最期を遂げることになるだろう。


 レオンは冷静にそう受け入れていた。


「……破壊神、予想以上ですね。あなたが侵攻時にいなかったことは幸いでしたよ。ここに攻め入ることもできず、魔素も取り込めなかったでしょうね」


 だからこそ、こうして穏やかな話し方ができるのである。

 異質な瘴気の塊を相手にしても、笑みを浮かべることができる程度には、彼は受け入れていた。


「まあ、あなたがそういう存在だということが分かっただけでも十分です。精霊は集まらない。そのせいで、各個撃破されてあなたの情報もなかったので……。私たちの戦いを見ているであろうヴェロニカには、伝わったでしょう」


 そうだろう、とレオンは虚空に視線をやる。

 応える声はない。


 だが、彼女は……ヴェロニカは、確実にこの状況を覗き見していると確信していた。

 そもそも、バイラヴァに対してあれほど強い執着を見せていた彼女が、今回のことを見逃すはずもないのだ。


 自分とベニーを捨て駒として使ったことには腹立たしさを覚えるが……まあ、所詮精霊同士の仲間意識なんてそんなものだ。

 もし、少しでも運命が変わっていて逆の立場になっていたとしたら、レオンもヴェロニカを助けに来ることはなかっただろう。


 だから、恨みはしない。

 こういう運命だったのだ。


 ならば、自分の死でバイラヴァの情報をヴェロニカに伝えられたのであれば、文句はない。

 彼女なら、その情報を有効活用して、必ずや破壊神を滅ぼしてくれることだろう。


『……なんだ貴様。随分と殊勝な精霊だな。自分を犠牲にして、情報を仲間に渡すか。仲間想いの精霊もいるんだなあ』


 瘴気の塊となっているバイラヴァの表情は読み取れないが、酷く困惑していることが伝わってくる。

 千年前の戦争で、こういった自分を犠牲にしても活路を見出そうとする者は何人か見た。


 どれも素晴らしい命の輝きがあり、バイラヴァはとても好んでいたが……まさか、自己中の塊である精霊にそれを見せられるとは思ってもいなかったようである。


「まあ、私はヴェニアミンほどではありませんが、比較的世界のことを考えていますから。ヴェロニカはただあなたと遊びたいだけらしいですが……あなたという脅威が消えてくれるのであれば、これからどうすることもできます」


 レオンの性格もある。

 おそらく、ベニーならばこれほど清々しく死を受け入れることはできなかっただろう。


 彼は精霊らしい精霊だ。自分のことが第一である。

 一方で、レオンも自分を犠牲にすることはめったにないが、それでも世界のことを考えている。


 数少ない……というより、唯一のヴェニアミン寄りの精霊だった。

 だからこそ、まだ受け入れられるのである。


『そうか。我の情報を渡すために命を懸けるのは結構だが……』


 ブワリと広がる瘴気。

 吹き荒れる暴風とか、そういう分かりやすいものはない。


 自分が、世界が、黒に塗りつぶされてしまうという根源的な恐怖が襲う。


『無意味だ。貴様もそうだが、ヴェロニカもすぐにその後を追うことになる。我の手によって破壊されてな』

「いいことを教えてあげましょう、破壊神」


 恐ろしいはずだ。

 事実、レオンの足は小刻みに震えている。


 しかし、その笑顔は、覚悟の決まった強い男のものだった。

 残った魔力では、物語から抽出できるのは大した武器ではない。


 手に取ったのは、簡素な剣である。

 接近戦が得意というわけではないレオンでは、これであの異形に襲い掛かったところで、何もできずに返り討ちにあうだけだろう。


 だが、それでも彼は笑った。


「案外、思った通りに事は進まないものなんですよ!!」

『そんなこと、我が誰よりも知っているわ!!』


 三馬鹿のことを思い出して一気に怒りを爆発させたバイラヴァに、レオンは立ち向かうのであった。

 その後、立っていたのはバイラヴァだけとなった。



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