第97話 ルシウスの槍
「嘘、だろ……?」
ポツリとベニーが呟いたのは、空から降ってくるものを目の当たりにしたからである。
それほど大きくはない。
だが、こちらに迫る速度は凄まじく、ぐんぐんと体積を増していっている。
それは、巨大な岩で……炎を纏っていた。
いわゆる、隕石である。
生物を大量絶滅させることのできる、絶対に避けられない死。
それが、隕石。防ぎようのない自然の猛威である。
それを、破壊神は無理やり引き出した。
どうすればこんなことができるのか。
どれほどの力があれば、こんなことができるのか。
「ベニー! あなたの力で防げますか!?」
「……悪いが、絶対に防げるとは言えねえな」
冷や汗をタラリと流すベニー。
万全の状態なら……先ほどの太陽を受け止めていなければ、おそらく防ぎきることは可能だっただろう。
だが、ヒビが入っている今の状態では、確実に防ぎきれるとはとてもじゃないが言えなかった。
「だったら、私の番ですね」
しかし、それで慌てふためくような精霊ではない。
レオンの取り出したのは、一冊の本。
それは、童話である。
主人公がヒロインを悪から救い出すという、オーソドックスな童話。
「貸していただきますよ」
本がカッと光ると、そこから飛び出したのは一振りの槍だった。
煌々と輝くそれは、ただの槍でないことは一目瞭然である。
「ほう!」
目を丸くするバイラヴァ。
「はああああああああああ!!」
そして、彼の目の前で迫りくる隕石に槍を突き出す。
質量に違いがありすぎる。
普通なら、槍ごと押しつぶされておしまいだろう。
だが、この槍は童話の英雄が使った槍である。
切っ先が隕石とぶつかる。
ゴッ! という音と共に、隕石は粉々に粉砕された。
飛び散った岩はその勢いのまま地面に着弾し、地形を変えていく。
ベニーの盾が発動し、二人には影響が一切及ばない。
「ぐっ……!」
巨大な質量を破壊したものだから、レオンの細腕はビリビリと痺れてしまう。
「おいおい、すげえな……」
仲間であるベニーも、彼にこのような力があるとは知らなかったため、素直に驚嘆してしまう。
どちらかと言えば、内にこもって色々と謀略をめぐらせるタイプであるレオンに、これほどの武力があるとは……。
「いや、驚いたぞ。なんだ、その力は?」
「……私は物語に使われる武具を自在に取り出し、操ることができます。これは、『ルシウスの槍』。『ルシウス物語』に出てくる主人公が使用した槍です」
「これはまた珍しい。魔法とはまた違うな。くくくっ……精霊はバラエティに富んでいていいなぁ」
カラカラと笑うバイラヴァ。
こんな珍しい力を見ることができるのだ。
精霊を破壊するのは、こういった楽しみ方もできる。
「そうですか。では、もっと楽しんでください!」
ダッと地面を蹴り出す。
すると、目にもとまらぬ速さでバイラヴァへと接近する。
情け容赦なく、首を狙って槍を突く。
一撃必殺の速攻。しかし、バイラヴァは凄惨な笑みを浮かべて、軽く頭を動かすだけで避けて見せる。
レオンだって、この一撃で仕留められるとは思っていない。
すぐさま、連撃の刺突を放つ。
どれも人体の急所を狙った素晴らしい突きなのだが……。
「うーむ……確かに、力は独特でこの武器も良いものなのだろうが……」
「ぐっ!?」
少し悩む仕草を見せるバイラヴァ。
その彼の姿がかき消えたと思うと同時、腹部に強烈な衝撃が走る。
バイラヴァの足が、レオンの腹部にめり込んでいた。
口から液体を撒き散らしながら、後ろへと吹き飛ばされる。
「がっ、ごほっ……!」
「レオン!」
地面に横たわり立ち上がることのできないレオンに、ベニーが駆け寄る。
「貴様、戦闘に慣れていないな。あまりにも直線的すぎる。我も、槍使いとそれほどやり合った経験があるわけではないが……貴様程度の攻撃では、どれほどかかっても傷一つ負わせられんぞ」
不満そうに顔を歪めるバイラヴァ。
少しつまらないが……いや、これも圧倒的な破壊神を演じられるので、悪くないかもしれない。
「……ええ、そうですね。私は汗だくになって戦うことが好きではありませんので」
「ならば、この戦いは終わりだな。貴様らの敗北だ。……いや、そう言えば、女の精霊もいたな。そいつの居場所を吐け。吐けば、一撃で破壊してやろう」
最強であるはずの精霊が膝を屈し、破壊神が立って見下ろしてくる。
それは、許容できない。
精霊とは、常に上に立ち、支配し、略取する側でなければならないのだ。
「さあ。私たちも、別に仲間というわけではありません。一時的に、あなたを倒すために協力しているだけですしね。どこにいるかなんてわかりませんよ」
「ほう。あくまで庇うつもり……かとも思ったが、そうではないな。貴様らがお互い接触しないようにしているのは、我も知っている。面倒な奴らだ」
「そうした方が、精霊同士で潰しあう必要がねえからな。俺たちは個性豊かで面白いんだよ」
「そうか。我はつまらん。さっさと死ね」
もはやどちらが悪なのか分からないが、バイラヴァは冷たく言い放ち手のひらを向ける。
ただ魔力を押し出すだけで、精霊二人を殺すことができるだろう。
圧倒的な死がそこに集約する。
それが、まさに撃ち放たれようとして……。
「まだ死ぬのはごめんですね!」
「ん?」
レオンは自身の真下。地面に槍の石突を叩き付けたのであった。
ゴッ! と地面が割れ、砂煙が噴きあがる。
バイラヴァに攻撃を仕掛けようとしていれば、おそらく対応されていたことだろう。
真下に叩き付けるという単純で短い行為だからこそ、彼に邪魔されることはなかった。
しかし……。
「これに、何の意味があるという?」
バイラヴァは大して狼狽すらしていなかった。
こんなものは、意味をなさない。
視界を遮り、自分の居場所を悟らせないことが目的なのだろうが……バイラヴァほどの実力者になり、また精霊ほどの大きな力を持つ存在ならば、その居場所は気配で簡単に察することができる。
そのため、見ることができなくとも、どこにいるかはあっさりと分かってしまうのだ。
まあ、どこにいるという程度のことしかわからないため、これからどのようなことをしようとしているかという細かいことを悟らせないためならば有効なのだが……。
「さて、どんなものを我に見せてくれるのかな?」
楽しげに笑いつつ、精霊の出方を待つバイラヴァ。
また、あの稚拙な接近戦だろうか?
それとも、別の物語から出した武器で攻撃を仕掛けてくるのだろうか?
どちらにせよ、面白い。
「おらぁっ!!」
そんな怒声と共に、迫りくる物体があった。
砂煙を吹き飛ばし、バイラヴァを捉えんとする。
「奇襲はそのような大声を出していれば、無意味だぞ」
バイラヴァは呆れたような笑みを浮かべ、飛びずさってその物体を避ける。
受け止めるには、重量のあるものだった。
ドン! と重たげな音と共に地面にめり込んだそれは……。
「盾……? 生命線を投げ捨てたのか?」
それは、ベニーの鉄壁を誇る盾だった。
地面に突き刺さるそれを見て、目を丸くする。
あれがなければ、自分の攻撃を防ぐことはできないだろう。
どういうことだ……?
「そりゃあ、この一撃でテメエを殺す気だからだよ!!」
「ん?」
盾から広がる力。
それは、バイラヴァを害そうとするものではなく、むしろ守るためのもの。
彼の全身をつつみこみ、空間を異次元へと作り替える。
このおかげで、この次元からの攻撃は届かなくなる、ベニーの最大の力。
『……我を守ってどうする』
心底呆れた顔を見せるバイラヴァ。
だが、笑うのはベニーの方だ。
「本当に守るために使っているわけねえだろうが。いいか? 俺の盾は、対象を異次元に置いて全ての攻撃を遮断する。だがなあ……」
ニヤリとこらえきれない狂喜が溢れ出す。
「異次元にいるせいで、そこから身動きが取れなくなるのが欠点なんだよなあ」
「ほう……」
バイラヴァが手を伸ばせば、バリアのように展開している魔力の壁がバチッ! と音を立てて拒絶する。
なるほど、ベニーの言う通り次元が異なっているため、抜け出すことができないようだ。
「俺の盾は、防ぐだけじゃねえ。こうして敵を釘づけにすることもできるんだよ」
「で? 我をここでとどめてどうする? また精神にダメージを与えるために、あの城塞都市を攻めるか? 大歓迎だ。抜け出せても抜け出さんぞ」
目の前で大切なものを破壊する。
それは、精神的に大きなダメージを与えるだろう。
洗脳演説を受けてもなお破壊神への忠誠を崩さなかったバイラヴァ教徒たちを殺すことは、定石の一つかもしれない。
……当のバイラヴァがウキウキで応援することがなければ、の話だが。
「言っただろうが。ここで、テメエを殺すってな」
「ええ、その通りです」
かすかに舞っていた砂煙が吹き飛ぶ。
それは、レオンの構える『ルシウスの槍』から吹き荒れる光と風によるものである。
光り輝くその姿は、まるで星のようだ。
「これで終わりです、破壊神!!」
光り輝く『ルシウスの槍』を肩に担ぎ、左手を笑みを浮かべながら異次元にいる破壊神に向け……投擲した。
ゴウッ! と地面が砕け、抉りながら突き進む。
空気を切り裂き、笑みを浮かべるバイラヴァへと迫り……。
「なるほど。そういうことか……!」
異次元に自分を閉じ込め、どういうことかと思ったが……なるほど、このような使い方は大正解だろう。
投擲された『ルシウスの槍』はベニーの盾のバリアを突き破り、そしてその異次元の中で凄まじい大爆発を起こし、バイラヴァを巻き込むのであった。
前作『偽・聖剣物語』のコミカライズ最新話が公開されました!
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