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第96話 死ぬがいい

 










 ベニーの力は、『盾』。

 その荒々しい性格と言動からは考えられないかもしれないが、攻撃的な力というよりも防御に全振りしたような力である。


 その盾は、まさに鉄壁。どのような攻撃や衝撃も受け止めることができる。

 かつて、精霊が侵攻した際、この世界のある国が多くの人を犠牲にしながらも放った大魔法も、彼の盾で防ぎきってしまった。


 おそらく、通っていれば精霊でさえもただでは済まないほどの威力であり、今でもその巨大なクレーターは戦争の名残として残っているほどだ。

 ベニーの盾は、ただの盾ではない。


 本来であれば、その迫りくる攻撃の方向にしっかりと構えていなければ、盾というものは意味をなさない。

 彼のように身の丈を越えるような盾は重たいだろうし、一度防げてもすぐに別方向から攻撃を受ければ、ただの重りにしかなり得ない。


 しかし、精霊の盾はやはり特別である。

 まず、一般的な盾とはまったくもって異なる。


 ベニーのそれは、庇護する者を隔絶された世界に置く。

 そのため、たとえどのような破壊力のある攻撃でも、ベニーや守られる者に届くことはない。


 なぜなら、存在している次元が異なっているのだ。攻撃が通るはずもない。

 絶対に攻撃を受けない盾。


 それを駆使して戦うのが、精霊ベニーである。

 とてつもない爆弾が目の前で着弾したとしても、この盾さえあればベニーは快適に過ごすことができるほどのもの。


 しかし……。


「う、嘘だろ……?」


 愕然とするベニー。

 それは、盾にビシッ! とヒビが入ったからである。


 壊れてはいない。未だに次元は違うところにある。

 だが、盾に傷が入った。


 それは、今までないことだった。

 絶対に全ての攻撃を防ぐことのできる盾が、悲鳴を上げている。


「ベニー! このままでは……!」


 同じく悲鳴を上げるレオン。

 城壁のように頼れるはずのベニーの盾だが、今にも破壊されそうなそれは、ずっとそのうちに引きこもっていられるようには見えなかった。


「大丈夫だ! もう攻撃の威力は収まってきている! それに……今この盾を捨てて外に飛び出したら、とんでもないことになるぞ! 異次元まで届く暴力が吹き荒れる場所に飛び出すんだからな……!」

「……ッ!」


 ベニーの言葉に、息をのむ。

 その通りだ。絶対に安全な空間を作り出すベニーの盾に、ヒビを入れた。


 そんな威力の攻撃が吹き荒れる外に飛び出したところで、どうなるというのか。

 レオンの力は、ベニーのような防ぐものではない。


 あっけなく吹き飛ばされることになるだろう。

 盾が壊れるか、壊れないか。


 その恐怖と不安に揺れながらも、二人はそこで待ち続けた。

 そして……二人は賭けに勝った。


「……攻撃の余波が収まった。出るぞ」

「はい」


 最後までバイラヴァの攻撃を防ぐことができた。

 外の様子を窺っても、追撃が来る様子はない。


 恐る恐る二人は盾の中から出て……愕然とした。


「こ、これは……」

「……冗談だろ」


 呆然と呟く。

 先ほどまでいた世界が、まるで変わってしまっていた。


 草が生い茂っていた平原は、風情のない土色の大地がむき出しになっている。

 それだけではなく、そこには黒い炎がチリチリと未だに燃え盛っていた。


 気候も、恐ろしいほどに熱い。

 ただ立っているだけでも汗がにじみ出て、息を深くすれば呼吸器官が焼けただれてしまいそうになる。


 精霊だからこそ耐えられているが、それこそ先ほど彼らが連れていた軍勢がいれば、多くが倒れ伏してもだえ苦しんでいたことだろう。

 空も赤く染まっている。夕焼けよりも赤い。


 まさに、異常だ。

 これが、たった一度の攻撃で作りだされた世界である。


 そして、あれだけいた軍勢。

 もともと破壊神に対して懐疑的な目を向けていた者や、洗脳して連れてきた者。


 彼らはすっかりと姿を消していた。

 逃げた? 違う、殺されたのだ。


 この世界に生きていた証すら残せず、まるで神隠しにあったかのように……殺されたのだ。


「おかしな感覚があったが……なるほど、異次元に逃げていたのか。流石は精霊というところか? 褒めてやろう」


 それを為した者が、笑いながらふわりと降り立った。

 破壊神バイラヴァ。この地獄を作り出した悪の化身が、今二人の前に立ちはだかったのであった。


「さて、これで邪魔者はいなくなった。しっかりと集中して戦おうではないか。貴様らが破壊されるまでな」


 溢れる威圧感は、目の前に立つだけで押しつぶされそうなほどだ。

 これが、破壊神。この世界最強最悪の存在。


 千年前、この男は戦争に敗北して封印されたらしいが、どうやってそんなことをできたのか。

 レオンはそれが信じられなかった。


 最強の存在。この世界においては、敵なしであるはずの精霊が、恐怖を覚えている。

 ベニーの盾を大きく傷つけ、二人を脅かしたことが大きいだろう。


「お、お前、正気かよ!?」

「は? 我はいつも正気だ。正気でないのは、三馬鹿とカルト信仰者たちだけだ」


 死んだ目をするバイラヴァ。

 彼にそのような顔を作らせることができる者がいるのかと、レオンは驚愕する。


 ベニーは自分の力を崩しかけた破壊神に、汗を流しながら声を張り上げる。


「お前が殺した中には、俺たちに操られていただけの奴もいたんだぞ!? お前を本当に信仰していた者もなあ!」

「そ、そうです! あなたは何とも思わないのですか!? 自分を慕ってくれる人を、殺したことに!!」


 ベニーの言葉に続くレオン。

 少しでも……少しでも、心を揺さぶりたかった。


 万全の状態の破壊神となぐり合うのは、あの力を見た後ではどうしてもできなかった。


「(どうだ……?)」


 まったくもって効果がないことだってある。

 恐る恐る様子を窺えば……バイラヴァは、少し考える仕草を見せた。


「…………そうか。そういう者もいたのか」


 その様子に、一縷の希望を見出す。

 バイラヴァのことを、揺さぶることができるかもしれない。


 精神のダメージは、身体に直結する。

 ここに勝機を見出した二人は、一気に言いつのる。


「はっ! そうだよ。お前は人殺しだ。自分を慕って尊敬していた奴らを殺す、クソ野郎だ!」

「ええ、本当に……」


 大きく目と口を開き、バイラヴァを糾弾する。

 あまりにも稚拙だ。そんなことは、レオンやベニーも分かっている。


 だが、少しでも効果があるのであれば……これにすがるしかなかった。


「ふむ……」


 バイラヴァは少し考えて……目を開いた。


「……だから、何だ?」

「…………は?」


 不思議そうに首を傾げるバイラヴァ。

 どう見ても堪えているようには見えない。


 唖然とする二人を、バイラヴァはやれやれと首を横に振って見据える。


「あのなあ……そもそも、貴様らが洗脳なんてしなければよかった話だろうが。しなければ、我はその慕ってくれる連中とやらを殺すこともなかった。まるで我が悪いみたいに言っているが……そこまで持ってきたのは貴様らだ。責任転嫁はよせ。悪いのは貴様らだ」

「そ、そんな無責任なことを……」


 しかし、殺したのはバイラヴァだ。

 そこまで持って行ったのは二人だが、最終的に手を汚したのは彼だ。


 まともな感性をしていれば……多かれ少なかれ罪悪感は抱く。

 そこに付け入ろうとしたのだが……相手が悪かった。


「それに、勘違いしていないか? まるで、我が救世主で、清廉潔白で……常識人のように言うではないか」


 そうだ。常識人なら……救世主ならば、心を痛めるに違いない。

 それどころか、自分の命を狙われても手を下すことにはためらうはずだ。


 世界中の人々から、対精霊の救世主として声が上がっている彼ならば……。

 だが、その希望は儚く霧散する。


「我は破壊神。この世界に暗黒と混沌を齎す者だ。人を殺した? 当たり前だ。我は殺すし、破壊する。それが、破壊神だ」


 バイラヴァは、むしろこの凄惨な現場を誇らしげに披露する。

 どうだ、破壊神の力は。


 怯え、恐怖し、跪け。それこそが、破壊神の前で許される数少ない行動である。


「貴様らは、我が支持を失えばショックを受けるとでも思っていたのか? 悲しみに暮れ、まともに立っていられないほど憔悴するとでも思っていたのか?」


 ニヤリと嗤う。

 その表情は、とてもじゃないが憔悴しているようにも悲しみを抱いているようにも見えない。


「逆だ。ありがとう」


 バイラヴァは、ニッコリと笑って感謝を示す。

 愕然とする。


 命を狙い、慕ってくれる者たちを洗脳してぶつけさせたというのに、彼の口から出てきたのは恨み言ではなく感謝の言葉なのである。

 理解ができない。だから、恐ろしい。


「我は感謝しよう。今ようやく千年ぶりに真の破壊神として復活できたのだ。貴様らは、破壊神を作ってくれた。ありがとう、精霊諸君。我のために行動してくれて」


 殺そうとした相手に、感謝される。

 しかも、その相手のために行動した、などと言われて……ベニーとレオンがどれほどの感情を抱いたことだろうか。


 怒りでも恨みでも、表現しきることができない。


「では、始めようか。良い力を持っているではないか。少しくらい、我を楽しませることはできるだろう?」

「く、クソ……!」


 構えるレオンとベニー。

 ベニーの手には、ヒビが入ってしまっている巨大な盾が。


 またあのような地獄を生み出す攻撃がくれば、受け止めきれる自信はないが……。

 だが、戦わねば殺される。


 彼らはまるで正義のヒーローのように、悪のラスボスと相対するのであった。


「さあ、死ぬがいい」


 冷酷な言葉と共に、無慈悲な暴力が降り注ぐのであった。




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