第92話 求めていたもの
「こんなのでぇ、本当にうまくいくのぉ?」
疑念を持っているようなヴェロニカ。
今回の破壊神を人心から引き離す作戦は、彼女が考えたものではない。
彼女の仲間である『ガイスト』所属の精霊が作成した案である。
ヴェロニカはマルエラと違い、こういった搦め手も嫌いではない。
要は、その搦め手をかける相手である。
その相手が自分の胸を高鳴らせてくれるような存在であるならば、積極的に仕掛けよう。
「ええ、いきますよ。この世界の人間は、弱くてもろく、そして愚かです。彼らはあっさりと我々の思う通りに動いてくれることでしょう。それが、自分の首を絞めていることにも気づかずに」
「ふーん。まあ、いいわぁ。私は神様と遊びたいだけだしぃ。それにぃ……」
ニヤリと退廃的に笑うヴェロニカ。
見ているだけでゾクリと背筋を電流が駆け上がるような、おぞましくも美しい笑みである。
「この世界の人間がいらないって言うんだったらぁ、私がもらってもいいわよねぇ」
その興味を向けられる者は、ただただ悲運と言うほかない。
◆
あの精霊の集団『ガイスト』を率いるヴェロニカの演説から少しの時が経った。
あまりにも稚拙で論理破綻甚だしい演説を聞いて、我と魔王は失笑し呆れかえったものだ。
誰がこんなバカげた主張を信じるのか、と。
おそらく、ろくな教育を受けていない子供でも信じないだろう。
散々自分たちを痛めつけ、奪い、殺戮してきた者たちが、今更どの面下げて正義のヒーローを気取るというのか。
我らはそれを嘲笑っていたわけだが……。
「確かに、破壊神はこの世界の脅威だよな」
「ああ。精霊を倒してくれていたからまだマシだが、いつそれが俺たちに向けられるかわかったもんじゃない。ずっといつ起爆するか分からない巨大な爆弾を懐に抱え続けるようなもんだろ」
「それに、あの演説をしていた女性の精霊みたいに、全ての精霊が悪いわけじゃないのよね。それを皆殺しにしようとしている破壊神は、危険だわ」
「その通りだ。これからは、『ガイスト』に守ってもらったらいい。世界征服を公言している破壊神なんて、危なっかしくて頼っていられるか」
「精霊万歳! 破壊神を倒せ!!」
……なんて声が、世界中の各地から上がっているらしい。
思っていた以上に、人々は斜め上をいってくれた。
まあ、これだけ憎悪と敵意を向けられても、我としてはまったく問題ないのだが。
むしろ、嬉しいくらいである。
どうにも、復活してからの我は好意的に受け止められすぎている。
本来であれば、今の反応のように、もっと拒絶して遠ざけようとするべきなのだ。
受け入れて持ち上げようとすること自体がおかしい。
『バイラヴァ教』。貴様のことを言っているのだぞ。反省しろ。
しかし、当の本人である我が受け入れているというのに、受け入れがたい者がいた。
「なんっですかああああこれはあああああああああああああ!!」
絶叫するカリーナ。
『バイラヴァ教』なるカルトを広める諸悪の根源が、発狂していた。
目が血走っているし、唾液が飛び散るくらい大声を上げるから怖い。
なんだろう。戦闘能力とか知略とか、そういったものの怖さは一度も感じたことはないのだが、復活してからというもののそれらの要素以外での恐怖を感じることが多々ある。
……いや、復活前も多少感じたことはあったが、それも『バイラヴァ教』関連だったな。
本当にろくでもないな、これ。
「ああああああああああああ!! ばっかじゃないですかあああ!? 今まで自分たちを虐げてきたのが誰なのか分かってないの!? 死ねよもう!!」
頭をかきむしりながら発狂するカリーナ。
我と敵対することを選んだ良識ある人々に対してなんて口の利き方だ。
それにしても、荒れすぎだろ。
『完全に悪役に仕立て上げられたわね、バイラ。面白いわ』
心の中で、ヴィルの楽しそうな声が響く。
我がやられたら中にいる貴様も危ないのだが……。
まあ、こいつがその程度で怯えることはない。
千年前、もっと絶望的な戦争に、ヴィルは最後まで共にいたからな。
もはや、慣れたものだろう。
「仕立て上げられたというか……」
もともと悪役だしな、我。
破壊神が悪でないとか、ありえん。
まるで、正義の味方のように我を持ち上げている方がおかしいのだ。
それでも、あれほど『ガイスト』が支持されるとも思っていなかったが。
『ほら。不良が少しいいことしたら普通の人がするよりもよく見えるじゃない? そのギャップと、あとは虐められっこの考え方ね。普段酷いいじめにあっていても、そのいじめっ子が謝ってきたら、『あれ? 本当はこいつ悪い奴じゃないんじゃ……』と思ったり、これ以上虐められないためにいじめっ子の言うことを何でも受け入れちゃうとか。そんなあれでしょ』
ふーむ……まあ、どうでもいいが。
人々が保身のために精霊に媚を売ろうとしているのでも、本当に良い奴らなのだと思っているのでも。
我のやるべきことは変わらないし、人々を守ることがないというのも変わらない。
所詮、我のしたかったことに付随して、勝手に助かっていたにすぎないのだから。
「よくないですわ! どうしてわたくしのバイラヴァ様が責められないといけないんですの!?」
「誰が貴様のだ」
ブンブンと腕を振り回す女神。
「そうだね。アーサーの父が不当な弾圧を受けているのは、我慢ならないよ」
「父ではない」
頬を膨らませる勇者。
「あたしはどうでもいいわ」
「じゃあ喋るな」
ぼけーっとしている魔王。
なんだこいつらは……。
普通に戦うよりも、我に強大なダメージを与えてくるじゃないか……。
もしかして、千年前もこんな風に我を追いこんでいれば、あれほど戦争が激化することもなかったのでは?
我自身、初めての弱点が見つかった。
矯正しようとは思わない。
しようとすれば、今以上にこの三馬鹿にかかわる必要があるからだ。
ストレスで不死であるはずの神が死んでしまいそう。
あの戦争の時も、こういう風に戦えば少し結末は変わっていたかもしれない。
「貴様らが怒りを覚えることではないだろ。我自身が、別に怒っていないのだぞ」
「どうして怒らないんですか! 一言声をかけてくだされば、奴らをバイラヴァ教異端審問会が皆殺しにしますのに!」
おい、何だその物騒な組織は。
いつの間にそんなものを作っていた。我、聞いていないぞ。
最近、カリーナの独自路線が恐ろしい。
一応我のこと敬っているんだよな? どうして我の意思を無視して突き進むの?
「そうですわ! 『ヴィクトリア教』の滅魔部隊もお貸ししますわよ!」
貴様、豊穣と慈愛の女神のくせに、そんな物騒な部隊を抱えていたのか。知らなかったぞ。
しかし、こいつらはまたとんでもない勘違いをしているものだ。
嫌われて罵声を浴びせられて……我が怒りを覚えるとでも思っているのだろうか?
「あのなあ。我は一度もこの世界の人間から好かれたいなんて思ったことはないぞ。我の今の目的は、ただ一つ。この世界から精霊を全て破壊しつくし、再征服することだ。人々に好かれようが嫌われようが、それは関係のない話だ」
そもそも、好かれていたことがおかしいのだが……まあ、今は置いておこう。
世界中に散らばり、どこにいるのかもなかなか情報が出回らない精霊たちが、『ガイスト』なる組織で勝手に集まってくれているのである。
これは、好機だ。今しかない。
今、奴らを一網打尽にすれば、この世界は我のものになる。
ならば、我を悪く言い、人々の憎悪を我に向けさせることなんて気になるはずがなかった。
精霊……とくに、リーダーらしきヴェロニカには感謝しかない。
我からすれば、一人一人散らばって情報も発信されていない方がよっぽど面倒だ。
奴らは一塊に集まり、さらに情報まで発信している。
まるで、我に破壊してもらいたがっているようではないか。
思わず笑みをこぼしてしまう。
「それに、そもそも破壊神とはそういうものだ。忌避され、嫌悪され、憎悪される。それこそが、我の求めていたものである」
話を切り、立ち上がる。
さあ、始めよう。
精霊と、世界と、我の戦争を。




