第89話 一石二鳥だ
「はあ? 人狩り?」
「は、はい。まだ確定しているわけではありませんが、仮称をつけさせていただいております」
我はカリーナの報告を受けて、怪訝そうに眉を歪める。
もはや、我の部屋にあの三馬鹿がいることには、何も言うまい。
当たり前のように侵入してくるのだ。
どうしようもない……。
しかし、人狩りねえ……。
我もそれほど詳しいわけではないが、人が行方不明になるということは頻繁にあるはずだ。
奴隷商が奴隷確保のために人を攫ったり、地位のある人間が趣味の悪い楽しみをするために人を攫ったり……。
「辺境の村で、人間が突然行方不明になるそうです。まるで、神隠しのように……」
「神隠しか……」
神、という言葉にどうしても反応してしまう。
我がその一柱であるのだから、それも仕方ないだろう。
神隠し。そんな趣味の悪いことをしていた奴もいるが……どうやら、今はこの大陸にいないらしいからな。
いくら神でも、別の大陸にいる存在を神隠しさせられるとも思えん。
まあ……。
「知ったことではないな」
そう。どうでもいい話だ。
人間が行方不明になろうが、我の知るところではない。
そんなことは、人間の国に任せればいい。
いくら辺境とはいえ、人が頻繁に姿を消しているのであれば、腰を上げざるを得ないだろう。
我が人間を守る? 人間のために行動する?
ありえない話だ。破壊神が、そんなことをするはずがない。
むしろ、災厄を彼らに齎すのが我である。
「まったくもってそうですわね。人間がどうなろうが、知ったことではありませんわ」
「うん、そうだね。自分のことくらい自分でできるようにならないとね」
「まったく……魔族を見習いなさいよ。相変わらず人間は雑魚よねえ」
三馬鹿が反応する。
……女神と勇者は千年前と変わりすぎだろ……。
いや、変わっても不思議ではない経験をしていることは知っているが……。
あれほど人のために立ち上がり、守り、我とも相対した二人が、まさかこんな荒みきった正確になるとは……。
当時のヴィクトリア教徒や勇者の仲間たちが聞けば、卒倒してしまうのではないだろうか?
「それが……おそらく、精霊の仕業ではないかと。精霊の直接的な痕跡はありませんが、尖兵たちの痕跡はいたるところにありました。姿を消していた尖兵が再び現れたということは、後ろ盾となる存在が現れたに違いありません」
「なるほど……」
先ほどまではまったくもって心が響かなかったが……これには少し興味が湧いてきた。
残り数少ない精霊。
それらを全て破壊し、この世界を再征服するのが我の目的であるからだ。
精霊……まだいるのか。
さっさと全て破壊したいものだ。
「さらに問題は!!」
きゅ、急に大声を上げるなカリーナ。
「バイラヴァ教徒も狙われていることです。いや、むしろ、標的とされていると言っていいでしょう。破壊神様に好意的な共同体ほど、人の消失が進んでいます。これは、意図的なものに違いありません! 一刻も早く犯人を見つけ出し、皆殺しにしましょう!」
憤怒の表情を浮かべるカリーナ。
我は貴様とは正反対の意見だ。
なんだ。尖兵たちは良い奴らではないか。破壊するのは最後にしてやろう。
だから、その間にバイラヴァ教徒を減らせ。一刻も早くだ。
「あ。あと、『バイラヴァ教』の傘下に入ったヴィクトリア教徒も狙われています」
「きええええええええええええええええ!?」
ついでとばかりに呟いたカリーナの言葉に、女神が発狂する。
なんだその悲鳴。
豊穣と慈愛の女神がなんて声出しているんだ……。
「わ、わたくしの数少ない守るべきヴィクトリア教徒を!? ゆ、許せませんわ! バイラヴァ様! 共にその不埒者と精霊をぶち殺してやりましょう!」
並々ならぬ殺意を噴き出させている女神。
慈愛と豊穣の女神は、もうどこにもいないのだな……。
女神の言葉に乗せられたわけではないが……精霊がいるのであれば、野放しにすることはできない。
適度にバイラヴァ教徒を減らしてくれていることを祈りつつ……。
「精霊を破壊するのは、異論ない。さて、向かうとしようか」
精霊の破壊だ。
ニヤリと思わず笑みを浮かべてしまう。
それを見て、カリーナは手を上げる。
「はっ! すでに、おおよその見当と予測はついています!」
……こいつ、無駄に有能なんだよな。
本当に無駄に。もっと別のことに力を注いでくれよ……。
何も言わないでしてほしいことをしてくれるのは、本当にいいから……。
「さて、行くか」
何とも言えない感情を抱きつつ、我は精霊の元に向かうのであった。
◆
……と、意気揚々と向かったわけだが。
「……おらんではないか」
「す、すみません……」
不機嫌そうに顔を歪め――実際不機嫌なわけだが――我は頬杖をつく。
その理由はただ一つ。
人狩りが行われている場所に向かうが、その先に精霊が一度もいたことがないのである。
しかし、しっかりと人狩りは行われており、何人も行方不明になっている。
まあ、人間はどうなろうが知ったことではないのだ。
行方不明になっていても、別に何か思うことはない。
腹立たしいのは、精霊がいないことだ。
せっかく、我が向かってやっているというのに、待ち受けていないというのはどういうことだ。
それが、一度や二度ならまだしも、二けたの回数に上れば我でなくても憂鬱とした気分になるだろう。
申し訳なさそうに我の前で頭を下げているカリーナだが、彼女に責任があるわけではない。
「別に、貴様が悪いわけではないだろう。謝罪が欲しいわけでもないしな」
『バイラヴァ教』の布教と信仰を止めるだけで許してやる。
「だけど、どこに行ってもいないというのは気になりますわね……」
「いたとしても、尖兵の雑魚しかいないしね。重要な精霊がいないってなると……何か企んでいるんだろうなぁ……」
「今回の精霊は、油断をしていないようね。狡猾極まりないわ」
三馬鹿も、そう言葉を続ける。
向かった先に誰もいないというわけではない。
いや、最初の方はそれも何度かあったが、それ以降急いで現場に向かえば、確かにそこにはまだ残っているのがいた。
まあ、それも精霊ではなく、尖兵なのだが。
奴らは嬉々として我に襲い掛かってきて、もちろん全員破壊したわけだが……。
「あんな連中、破壊しても意味がない」
あんな雑魚をいくら破壊したところで、何の意味もない。
精霊だ。精霊を破壊しなければ、この世界を再征服することはできないし、畏怖を我に集めることもできない。
尖兵は、いくらでも代えがきく存在だしな。
「どちらにせよ、向かっても精霊がいないのであれば、もう行く必要もあるまい。確実にそこにいると分かった時だけ、我は動く。もうしんどい」
精霊はまったくもって姿を現さない。
いや、現していたとしても、我の前に出ないようにしているのだろう。
この場所から遠い辺境の村や町を襲っているのが、その理由だ。
流石に、行っても毎回いなければ、我のだるい。
我は、もう精霊を追いかけることはしないことに決めた。
しかし、カリーナはもどかしそうに顔を歪める。
我の出した答えが、気に食わないようだ。
「し、しかし、このままではどんどんとバイラヴァ教徒が減って……」
「よし。我は動かんぞ。不動を貫く」
「えぇっ!?」
我が無駄足を踏むこともなければ、バイラヴァ教徒も減る。
まさに、一石二鳥だ。
我は、こうして動かないことを決めたのであった。
この選択が、また面倒なことになってしまうことに、まだ我は気づいていないのであった。




