第88話 むしろ裏切れ
そこは、非常に活気づいていた。
まず、人の数がとても多い。
整備された大都市というわけでもないのに、これだけの人が集まっているのは異常と言えるだろう。
また、ほとんどの者が笑顔など、好意的な表情を浮かべているところも、他の街とは大きな違いだ。
精霊による支配、抑圧。
これのせいで、人々は自由に過ごすことができなかった。
尖兵の横暴も、国家がどうにかしてくれることはなかった。
ただ、その牙が向けられないように、従順に受け入れることしかしていなかった。
それが、大きく変わったのが、破壊神の復活である。
破壊神バイラヴァ。千年前、世界征服まであと一歩と迫った悪神である。
それは、世界中がありとあらゆる障害を乗り越え一致団結したことと、同じく神である四大神の尽力でなんとか防ぐことができたのだが……。
その破壊神は、千年を経てこの世界に復活し、そしてその間に世界を支配していた精霊たちを破壊して回り始める。
そのおかげで、精霊たちの圧制と尖兵の脅威に震えていた人々は、解放されることとなる。
そして、彼らはこう思った。
「破壊神様に感謝しよう! 崇めよう! 彼こそが、私たちの……この世界の、救世主なのだから!」
「――――――」
鷹揚に両腕を広げて、まるで聖歌でも歌っているかのように誇らしげで自信満々な様子のカリーナ。
我はそれを見て、聞いて、心臓が止まっていた。
ショック死数秒前である。
「ねえ。クソ神が固まっているわよ」
「今では、この村が聖地として、聖地巡礼をしてくる信者たちで大盛り上がりです! そんな彼らをターゲットにして商人も集まりますし、熱心な信者は移住までしてきます。この村は……いえ、この都市は、これからも発展していきますよ、破壊神様!」
魔王ヒルデが一応助け船らしきものを差し出してくれているのだが、カリーナは一切省みることなく、嬉々として我に報告してくる。
ドクン! と心臓が跳ねて再始動する。
あ、危ない。破壊神である我が、ショック死など……ありえない結末だ。
しかし、それほどショックだったのだ。
我を崇める宗教が拡大している……? そんな馬鹿な……。
だって、邪教だぞ? 絶対に潰しておかないといけないカルトだぞ?
「ば、馬鹿な……。どうしてこんなことが……ありえない……」
「まあ、カリーナさんもおっしゃっていたように、バイラヴァ様だけですからね。精霊に対抗して、しかも打ち破ったのは」
ヴィクトリアが何やら得意げに言ってくる。
何嬉しそうにしているんだ。破壊するぞ。
確かに、好き勝手していた精霊を破壊したのは事実だが……。
「我は人間や魔族のために精霊と戦って破壊したのではないぞ!」
そう。それは、断じて違うのだ。
自分たちを支配していた者が倒される。
それは、喜ぶべきことなのかもしれないし、その成し遂げた者に憧憬の念を抱いても不思議ではない。
だが、それは自分たちのことを思いやって実行した者に向けられるもののはずだ。
たとえば、勇者。
彼らは、非常に危険なことや敵を相手にしても、赤の他人のために彼らを背にして傷だらけになりながらも助ける。
それは、称賛されるべきことだし、今回のようにちやほやとされるべき資格もあるだろう。
だが! 我はそんな気持ち一切微塵も一片たりともない!
精霊に抑圧されて支配されていた者たちのことなんて、知ったことではない!
自分でなんとかしろ! 他人にすがるな!
そんな思いさえ持ち合わせているというのに、なんで我を持ち上げてきているの? 破壊するぞ。
正直、我が自分の目的のために精霊を破壊したら、勝手に人々が助かっただけのこと。
それで我をよいしょするとかふざけているの?
「目的なんて抑圧されていた人たちからすると、関係ないよ。結果が重要なんだ。精霊を打ち倒し、自分たちを解放してくれた救世主。それが、君の出した結果だよ。甘んじて受け入れなよ。まあ、今はちやほや持ち上げていても、急に梯子を外してくることもあるから気を付けた方がいいけどね」
勇者エステルが前半は嬉しそうに、後半は荒んだ顔で言ってくる。
……うん。まあ、貴様は梯子実際に外されたからな。説得力が違う。
「いい気になるなってことね」
「なるわけないだろ。不快でしかないわ」
元魔王ヒルデの言葉に、額にいくつもの青筋が浮かんでいるのを実感する。
ああ……爆発しそう……。
そんな会話を見ていたカリーナは、ハッと何かに気づいたように顔を変えて……。
「あ、あたしは裏切りませんよ、破壊神様!」
「むしろ、裏切れ」
◆
バイラヴァたちのいる街から遠く離れた辺境の村。
そこにも、破壊神の恩恵は届いていた。
「最近は平和だなあ……」
「ああ。それもこれも、全部破壊神様のおかげだ」
それを実感しているのが、二人の村人である。
中高年だが、この村では若者と呼ばれるほどの寒村だ。
ここでも、精霊の支配による不利益はこうむっていた。
精霊たちがわざわざやってきて暴虐を尽くすということはなかったが、精霊の力に威を借る尖兵たちは別だ。
いつも好き勝手暴れまわっていた迷惑極まりない連中。
それらから、破壊神は自分たちのことを救ってくれたのだ。
「まさか、あの精霊を倒してくださる人が現れるなんてな。夢にも思わなかったよ」
「まったくだ。親玉を倒されて、尖兵も一気に姿を消したからな。『バイラヴァ教』が広がるのも分かるってもんだ」
うんうんと頷き合う二人。
頼れる存在がいなくなったせいか、あれほど暴れまわっていた尖兵たちはどこにいったのだろうか、姿さえ見ることはなかった。
いい気味だ。ようやくいなくなってくれた。せいせいしている。
「宗教に興味のねえ俺でも、少し入ろうか悩むくらいだしな。街の連中は、破壊神様をえらく持ち上げているようだ」
あいにく、この村ではなかなか情熱的に打ち込むことができる人材はいないが、多くの人が集まる街では大人気らしい。
それを聞けば、彼らも少しは興味が湧くというものだ。
「なるほどな。破壊神様は千年前、この世界を破壊しようとした悪神らしいが……」
「んな昔のこと、今の時代を生きる俺たちには知ったこっちゃねえよ。今、破壊神様は精霊をぶっ倒してくれているんだ。感謝しねえでどうするよ」
「その通りだな」
破壊神の悪行は知っている。
なにせ、おとぎ話にまでなっているほどなのだから。
当然、そのおとぎ話でも、破壊神は悪の象徴として描かれている。
悪の破壊神を、正義の神々と勇者が倒した。
色々と隔たりはあるが、それでも一致団結して巨悪を打ち倒す。
まさに、美談である。
しかし、今を生きる彼らには、そんな昔に悪行を為していたとしても、知ったことではなかった。
この時代、破壊神は悪である精霊を打ち倒してくれた、まさに正義の英雄なのである。
それを否定できるはずもなかった。
「さて、畑仕事の続きをするかな」
「ああ。他の精霊も破壊神様がぶっ倒してくれることを期待してな」
二人はそう言って立ち上がり、畑仕事に戻ろうとしたその時だった。
「おや、残念ですねぇ。私たちのことを、そんな風に思っている人間がいるなんて。いやはや、悲しい悲しい」
物腰柔らかな声がかけられる。
それに対して、二人はぎょっとした表情で振り返る。
ニコニコと人が良さそうに笑っている男がいた。
それだけなら、まだよかった。
二人がそれ以上に驚いた理由は……。
「あ、あんたは……? っていうか……」
「う、浮いている……!?」
そこは、崖である。
当然、地面はない。
だというのに、男は同じ目線にいてニコニコと笑っているのである。
浮遊。人間が空を飛んでいるのを見て、驚かないはずがない。
しかし、残念ながら少し認識は間違っていた。
彼は、人間ではない。
「私はあなた方の嫌っている……精霊ですよ」
「ひっ……!!」
とっさに逃げ出そうとするが、すでに二人は囲まれていた。
ニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべてにじり寄ってくるのは、消えたはずの尖兵であった。
「うわああああああああああああああ!!」
悲鳴が響き渡る。
それは、誰にも届くことはないのであった。
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