第87話 最高の戦争を
そんな和気藹々とした穏やかな団らんが過ごされていた時、別の場所では精霊たちが集まっていた。
それは、まさしくこの世界に侵攻してきていた精霊の生き残り全てである。
と言っても、その数は両手の指で数えられるほど少ない。
それだけの人数でこの世界を蹂躙したということに精霊の力の強大さが現れている。
「まさかぁ、マルエラまで倒しちゃうなんてぇ……凄いわねぇ。彼女ぉ、確かに精霊最強の能力を持っていたというのにぃ、それを寄せ付けないなんてぇ」
中心でそう呟くのは、紫紺の髪をボブカットに切りそろえ、退廃的な笑みを浮かべている精霊ヴェロニカだった。
ドロドロと蕩けた目は、ここにはいない破壊神を映しているのだろう。
「流石のヴェロニカも、これは予想外だったのか?」
「いいえ~。私は信じていたものぉ。あの人がぁ、マルエラなんかに負けることはないってことぉ」
「酷い言いぐさだな。一応、精霊としての仲間なのに」
他の精霊に尋ねられれば、ヴェロニカは首を横に振る。
バイラヴァがマルエラに負けないことは、知っていた。
いや、信じていたという方が正しいかもしれない。
つまらない彼女の世界に、唯一彩りを添えてくれた破壊神。
そんな彼が、あんな無粋な女に負けるはずがないのだから。
「でもぉ、こんなあっさりと終わるとは思っていなかったわぁ。もっと時間をかけてぇ……数年くらい引きずるんじゃないかと思っていたのにぃ。おかげでぇ、マルエラたちを使った時間稼ぎも上手くいかなかったわぁ」
とはいえ、こんなにも早く決着がつくとも思っていなかった。
なにせ、マルエラは魔族たちの国を支配していた。
国と個である。当然、前者の方が強く押しつぶしてしまえるように思えるが、個が破壊神であると対抗することができる。
だからこそ、多少は時間がかかる。そう思っていたのだが……結果は至極迅速だった。
マルエラの性格が自分から動くようなものだったということも災いしたのだが……やはり、バイラヴァの力が強大であることを意味している。
「おや。私たちだけでは不服ですか?」
「相手はマルエラも倒してしまった破壊神よぉ? 準備に準備を重ねておいてぇ、間違いはないわぁ」
別の精霊から言われて、ヴェロニカはそれでも言葉を変えない。
彼女は、決してバイラヴァのことを見下したりも侮ったりもしていなかった。
ヴェニアミン、アラニス、マルエラとは違う。
まあ、その三人が倒されているという時点で、精霊を殺すことのできるほどの力があり、なおかつそれが偶然ではないことは明らかになっている。
これでなおも破壊神のことを侮る方がありえない。
「そしてぇ、この準備がとても楽しい闘争につながるのよぉ。あぁぁ……楽しみだわぁ」
「いつもつまらなそうにしていたヴェロニカが、まさかこんなに楽しそうにするなんてな。こっちの世界に来てからは初めてじゃないか?」
退廃的な笑みを浮かべ、憧れるような目をしてくねくねと身体をよじらせるヴェロニカ。
その雰囲気と豊満な肢体も相まって、非常にドロリとした色気が醸し出される。
彼女がこんな風になっているのは、初めて見た。
他の精霊たちも、少し驚いていた。
「だってぇ、本当につまらなかったんだものぉ。何も面白くない……。刺激を求めてこの世界に来たのにぃ、まだ元の世界の方がマシだったとかぁ、ギャグでしょぉ?」
退屈は人を殺す。
精霊は人とは少し違うが、彼らもまた同様である。
百年でおおよそ寿命を終える人間とは違い、それよりも長命な精霊はなおさらだ。
退屈はダメだ。絶対に。
「あぁ……早く会いたいわぁ、神様にぃ」
だから、ヴェロニカは膨大な感情を破壊神バイラヴァに向ける。
それは、様々なものが交じり合った、複雑すぎるものだった。
バイラヴァの一挙手一投足が、気になって仕方ない。
眠る前は、必ず彼のことを思い浮かべる。
それは、まさしく……。
「まるで、恋する乙女のようですね」
「こんなヤバい奴に恋されるとか、恐怖以外のなにものでもないけどな」
普通の少女がそんなことをしていればとても可愛らしく映るのだろうが……ヴェロニカはごく少数で世界を支配した精霊の一人である。
とてもじゃないが、可愛いという評価は適当に値しない。
「あらぁ、酷い言いぐさねぇ。でもぉ……」
仲間であるはずの精霊たちからの冷たい言葉に、頬を可愛らしく膨らませるヴェロニカ。
しかし、すぐにそれはドロリと崩れる。
おぞましく、ドロドロとした、恋する乙女には程遠い退廃的な笑顔である。
「私が恋しているのは事実よぉ。私ぃ、あの神様が大好きだものぉ」
はぁぁ……っと、熱っぽいため息を漏らす。
「あの日ぃ、ちょっとちょっかいをかけようとしたらブッ飛ばされた時からぁ、私はずうううっと神様のことを想っているわぁ。だからぁ、ちょっかいをかけたくなるんだけどぉ」
「ガキかよ」
「神様はきっと運命の人なのねぇ。うふふぅ……」
精霊の苦言も聞こえない。
クルクルと回り、楽しそうに笑う。
「準備は何とか間に合ったしぃ……これ以上ぉ、我慢するのも無理なのよねぇ。だから、ようやく神様と愛し合えるわぁ」
スッとヴェロニカが見据える先には、何があるのか。
当然、破壊神バイラヴァである。
「さぁ、神様ぁ。精霊と破壊神の最後の戦争を始めましょう~。刺激的で、興奮する、最高の戦争を~」
上がった口角は、口が裂けるほど深く刻まれるのであった。
第3章はこれで終わりです。
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