第86話 他所でやれ!
「どうしたら、バイラヴァ様に押し倒してもらえるのでしょうか」
「……馬鹿なの? あんた」
真剣な顔をしてあまりにもバカげたことを言うので、ヒルデは白い目をヴィクトリアに向けてしまう。
本当に、これが人類を守護する女神なのだろうか?
ただただ、色ボケした駄女神にしか見えない。
自分のことを棚に上げながら、ヒルデはそう思った。
「うん、凄く真剣に考えるべきことだよね。僕も知恵を振り絞るよ」
「あんたも馬鹿ね」
そして、ヴィクトリアに呼応する者がいることも問題だった。
真剣な表情でうんうんと頷くエステルに、ヒルデはさらに呆れた顔を浮かべる。
本当に真剣に破壊神に性的な意味で押し倒してもらおうとしている者たちがいた。
それだけでも頭が痛くなるのだが、それがかつて人類を守護して破壊神と戦争した女神ヴィクトリアと水の勇者エステルだというのだから、なおさらである。
千年前の人々に伝えれば……というより、千年前の彼女たちに伝えても、まったく信じてもらえないだろう。
しかし、色々と壊れてしまった彼女たちは、真剣に議論を続ける。
「わたくしたちの目標は、バイラヴァ様に押し倒してもらい、子供を産ませてもらうこと。つまり、バイラヴァ様にその気になってもらわなければいけないというのが、前提条件ですわ」
そんな共通目的はない。
ヒルデは高らかに叫びたかったが、キリッとした表情で言うヴィクトリアには何も言えなかった。
「それをクリアするのが、難しいってことだよね」
「……そりゃ、クソ神だって嫌でしょ」
ヒルデは初めて破壊神に同情という感情を向けた。
こんなに嫌な意味で積極的な女からしか責められなければ、女性不信になっても不思議ではない。
「自画自賛と言うわけではありませんが、わたくしもエステルさんもヒルデさんも、見た目はとてもいいですわ。それなのに、バイラヴァ様は手を出してくださりません……」
「どうしてなんだ……。僕たちはいつでもばっちこいなのに……。もしかして、男にしか興奮しなかったり……?」
心底不思議そうに首を傾げるヴィクトリアとエステル。
確かに、彼女たちが自称するように、その見た目はとても美しい。
ヴィクトリアは豊かな金髪と穏やかな顔立ちから、とても包容力のある美しさがある。
その肢体も包容力を表しているためか、とても豊満でしかし太っているというわけではない。
まさに、女神にふさわしい美の象徴である。
一方で、エステルもヴィクトリアほど成熟しているわけではないのだが、将来はとても美しい女になるだろうことが容易に想像できるような、可愛らしく整った顔立ちだ。
長い銀色の髪に、小さなリボンが映えている。
身体を動かすことに特化したしなやかな肢体は、美しい野生動物を彷彿とさせる。
これらのことから、確かに彼女たちが美しいのは事実だ。
だが、世の中見た目だけで簡単に転がるような男だけが存在するわけではないのだ。
「まあ、あいつに普通の性欲があるかは知らないけど、手を出さない理由はあんたたちだからっていうのもあるんじゃない」
ボソリとヒルデの冷たい言葉が突き刺さるが、精霊からの苛烈な支配を経験することによって、鋼のメンタルを手に入れた彼女たちには通用しなかった。
「もう、無理やり押し倒すしかないんじゃない? アーサーさえ産ませてくれたら、僕はそれでいいし」
グッと握り拳を作って酷いことをのたまうエステル。
「あんたたちであのクソ神をどうにかできるの? だったら、精霊に好き勝手されることもなかったわよね?」
「……キツイと思うけど」
ヒルデに根本的な認識を問題視され、エステルは一気に沈み込む。
そうだ。力づくでどうにかできるのであれば、とっくにそうしている。
それができないから、悩んでいるのだ。
「先ほどから文句ばかり! ヒルデさんも案を出してはいかがですの!?」
くわっと怒りをあらわにするヴィクトリア。
素晴らしい案を出して、バイラヴァを押し倒させろ!
ヒルデはやれやれと首を横に振り、子供を諭すように言葉を紡ぐ。
「いや、あたしは別にクソ神の子供が欲しいとか、そういうのはないし……。ただ、あたしの全てを全部丸投げしたいだけだし」
「君も相当酷いと思うよ、魔王」
白けた目を向けるエステル。
地に満ちるほどの子供を産みたいヴィクトリア。
化け物のアーサーを産みたいエステル。
とりあえず面倒事も全部押し付けて依存したいヒルデ。
さあ、選べ。
「うぬぬぬ……。やはり、色仕掛けは……。それなりに自信はあるのですが……」
悩むように、ヴィクトリアが自身の豊満な胸を下からタプタプと持ち上げる。
非常に卑猥で淫靡な光景だが、幸か不幸かこれを見て興奮する者は誰もいない。
「うっ……」
むしろ、ショックを受けるように、自分の胸を見下ろすエステルがいた。
決してぺったんこというわけではない。
起伏はある。
しかし、ヴィクトリアのそれと比べると、やはりどうしても……。
そんな彼女を見て、ニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべるのはヒルデである。
「あー……あんたは自信ないわよね。仕方ないわよ。そんな貧相な身体じゃあ……ねえ? 気にすることはないわよ。あんたの生きていた時代って、あの戦争もあったから食糧事情も厳しかっただろうし。仕方ない仕方ない。お尻だけでかくなってもね」
そう言って胸を張るヒルデ。
露出度の高い衣服なので、その起伏ははっきりと分かる。
ヴィクトリアほどではないが平均よりも大きく、当然エステルよりも大きい。
たぷんと揺れるそれを、親の仇のように睨みつける。
「うるさいなあ! ちょっと自分がデカいからって調子に乗るなよ! 女神様に比べたら、大したことないんだから!」
「あそこまでいくと、もう牛でしょ。あたしくらいのが一番いいのよ」
「う、牛……」
牛と言われて、ガーンとショックを受けるヴィクトリア。
エステルにどれほど言われても、ふふんと余裕の笑みを崩さないヒルデ。
ガルルッと唸っていたエステルであったが、何故だかヒルデのような余裕のある笑みを浮かべる。
「ふふん。君は知らないだろうけど、妊娠して出産したら大きくなるんだよ。母乳を出すためにね! アーサーを身ごもれば、僕もバインバインさ!」
非常にグラマラスに成長した自分を妄想し、目を輝かせるエステル。
精霊アラニスに捕らえられ、化け物を産みだす道具として拘束されていたときは、確かに胸は今よりも大きかった。
まあ、四肢切断など、あまりにもそれ以外の酷い惨状によって、そこを気にすることができるほどの余裕は微塵もなかったが。
エステルの余裕のある笑みが腹立たしくなったヒルデは、おもむろに近づくと、彼女の慎ましい胸を鷲掴みにした。
「嘘つきなさいよ。こんなのが大きくなるわけないでしょ」
「ぎゃあ! 触らないでよ!」
悲鳴を上げて暴れるエステル。
わちゃわちゃとキャットファイトを繰り広げる二人の側で、ヴィクトリアは悩んでいた。
「うーむ……ここは、わたくしも混ざった方がいいのでしょうか? でも、そっちの気はありませんし……」
暴れまわることにより、かなり衣服が乱れて大変なことになっている二人を見る。
さて、どうするべきか……と悩む。
どうにも自分では答えを出せないようなので……。
「どちらがいいと思います? バイラヴァ様」
死んだ目で天井を見上げているバイラヴァに問いかける。
なにせ、ご本人様だ。一番参考になる情報をもらえるだろう。
にこやかな笑顔で彼を見るヴィクトリア。
ブチっと、大切な血管が切れた音がする。
そして……。
「他所でやれ!!」
バイラヴァの部屋でバイラヴァ押し倒し計画について熱烈な議論を交わしていた三人に、凄まじい怒声が飛んだのであった。




