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第84話 何か不穏だろうが

 










 マルエラは、深い深い闇の中にいた。

 上下左右の感覚が失われている。


 今、自分はどちらを見ているのか。

 そもそも、天井はどちらだ?


 自分は立っているのか? 倒れているのか? それすらも分からない。

 大前提として、今自分が目を開けているのかすらも分からない。


 ただただ黒い。黒の絵の具で世界を塗りつぶしたかのような、純粋な漆黒。


「ひっ……!? こ、ここはどこなの? あの破壊神は……他の奴らはどこに……!?」


 まるで、水に浮かんでいるかのようなゆらゆらとした一種の浮遊感がある。

 だが、それは穏やかな気持ちになったり爽やかになったりという効果はない。


 底なし沼の上で漂っているような、そんな漠然としながらも巨大な不安が彼女の心を締め付ける。

 なまじ、間違っていないだろう。


 自分以外の存在がなく、また世界に色もない。

 絶対的な孤独。


 人は……生物は、孤独には耐えられない。

 それは、人を超越した存在である精霊でもまた同じである。


「ひ、ヒルデ! 返事をしなさい! 私の犬でしょう!? 早く……早く、出てきなさい! 近くにいるのは分かっているのよ! また痛めつけられたいのかしら!?」


 一度は切り捨て、何度も痛めつけたヒルデにさえもすがるほど、マルエラに余裕はなかった。

 しかし、そんな脅しを大声で叫んでも、応える者はいない。


 この世界が、どれほど広いのかもわからない。

 大陸ほど広大なのか、それとも人が一人入ることで精いっぱいな狭い部屋くらいなのか。


 何も分からない場所で、たった一人……。


「誰でもいいわ! 早く出てきなさい! 誰か……誰か……!!」


 マルエラは喉が裂けても構わないと声を張り上げる。

 涙がこぼれ、鼻水やよだれが垂れても構いはしない。


 不様をさらすことで誰かが出てきてくれるというのであれば、どんなことだってしよう。

 だから……。


「誰か、私をここから助けて……!」


 その声は寂しく響き、無情にも誰かに届くことはないのであった。











 ◆



「ふむ……なかなか面白い力だったな」


 我は消失した精霊を見送り、そんな言葉を漏らしていた。

 相手を確実に自分よりも弱くする力か。


 どういった理論で作りだされた力かわからないが、とても興味深い。

 多少相手の能力を抑えるような魔法は知っているが、確実に自分より弱くするというのは初めてだ。


 しかし、なかなかに意地の悪い力だとも思う。

 どれほど鍛えたとしても、彼女には届くことはないのだから。


 まあ、我には通用しなかったわけだが。


「ま、マルエラはどうなったの……?」

「さあな。我もあれはよくわからん」

「えぇ……。そんなあやふやな力を使ったの?」


 魔王が尋ねてくるので答えてやると、勇者が呆れたような目を向けてくる。

 別にあやふやではない。ちゃんと力としては把握している。


 ただ、どうなるかは知らないだけだ。

 我が直接その力を受けたわけでもないしな。


 ただ、あの精霊が生きているとか、復活して襲い掛かってくるとか、そういうことはありえないだろう。

 この力をくらって、戻ってきた奴はいないからな。


「だが、もう二度と出てこられることはないだろう。太陽の光を浴びることも、風を感じることもない。ただ、無の世界にいるだけだ」

「は、はは……っ。相変わらず規格外ね……」


 我を見て渇いた笑みを浮かべる魔王。

 貴様も大概だがな。本来は彼女にも向けられている感想だろう。


 しかし、これで目的は果たせた。

 また一人、この世界を勝手に支配していた精霊を破壊することができた。


 いずれ、この知らせも一気に広がることになるだろう。

 そうしたら、我に向けられる畏敬と恐怖の念が膨れ上がり……ふふっ。想像するだけで気持ちが昂るな。


 着々と我が世界を再征服する時は近づいてきている。

 そして、その後は……。


「ふー……。さて、目的は果たせてなによりだ。順調に精霊の数も減らせてきているな。……あと、何人いるんだ、あいつら」

「あんまり多くなかったはずだよ。早く全員やっつけて、アーサーを産ませてね」

「貴様も精霊諸共破壊してやる」


 バカなことを言ってくる勇者を強く睨みつける。

 こいつ、いつになったら理解するんだ?


 イライラとしながら歩き出せば、勇者も付いてくる。

 お前はここに残ってもいいんだぞ。


「あ、あの……っ」


 すると、我らの背中に魔王が声をかけてくる。

 振り向けば、まるで捨てられた犬のような目をして見つめてくる。


 自分はこれからどうすれば……。

 口には出さないが、そう言いたいのがひしひしと伝わってくる。


 それに対して、我はため息を一つ吐いて……。


「知らん。それは、貴様が自分で考えて行動しろ。もう、貴様を支配する精霊はいない。そして、我も貴様を支配するつもりは毛頭ない」


 切り捨てる。

 魔王もショックを受けたようにこちらを見てくるが、我の意見は変わらない。


 そもそも、守って導いてくれるような神を求めるのであれば、あの色ボケ女神を信奉すればいいのだ。

 破壊神がそんなことをしてくれると思っているのか?


「自分のやりたいことを、好きにすればいい。貴様には、それが許される。数百年囚われていたんだ。それくらいはいいんじゃないか。我は知らんけど」


 がしがしと髪をかく。

 ……何で我がこんな励ますようなことを言わなければならんのだ。


 しかし、もうここまで言ってしまったのだから、最後まで続けよう。


「貴様はもう、自由だ」

「自由……」


 よし、もう十分だろう。

 魔王がこれからどうしようが、知ったことではない。


 再び魔王として君臨するも良し。

 嫌な思い出しかないこの場所から離れるも良し。


 我も好きなことをやっているだけだしな。


「じゃあ、僕もやりたいようにやらないとね。早く子種ちょうだい」

「貴様には言ってない!!」


 この……っ! へばりついてくるな!

 勇者の頭を何とか引き離そうと奮闘する。


 貴様、こんなに力が強かったか……!?


「あたしの、やりたいこと……」


 ポツリと呟く魔王。

 ……間違っても、この馬鹿勇者みたいになられては困る。


「我は、これから世界を再征服し、暗黒と混沌を齎す。千年前のように、我の前に立ちはだかってそれを防ごうとすることをおすすめするぞ。我はその方が楽しいからな」


 超おすすめ。むしろ、それしかないくらいおすすめ。

 それを聞いて、魔王はふっと微笑む。


 それは、色々なしがらみから解放されたような、清々しく美しい笑みだった。


「……ええ、そうね。あたしもやりたいようにやらせてもらうわ、破壊神様」

「貴様は我のことクソ神って呼んでいいんだぞ? 様は止めろ。な?」


 何か不穏だろうが。




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