第82話 おかしいこと
魔力弾の撃ちあいが続く。
凄まじい威力を誇る魔力弾が、二人のちょうど中間のあたりでぶつかり合う。
数も、まったく同じ。
どちらかが数で押し切るということは不可能だった。
だが……。
「ちっ……!」
舌打ちをするバイラヴァ。
押されているのは、彼の方だった。
どんどんと、魔力弾が相殺し合う位置が彼の近くになっていっている。
それは、マルエラの方が力が上だと明確に伝えてきている。
「……おかしい。やはり、我がこれだけ押されているのが、理解できん」
それは、傍から聞けば、自分よりも強い存在を認められない、往生際の悪いみじめな抵抗のようにも聞こえる。
だが、そうではない。
バイラヴァは、虚勢でもなんでもなく、ただただ純粋に疑問だった。
マルエラの力は、確かに精霊らしい強大なものだ。
この世界を支配することができるというのも、理解できる。
だが、それでも自分には届かない。
短い時間ではあるが、戦いを交えて確信を抱いていた。
マルエラの戦闘能力は、自分を越えるものではない。
ないはずなのだが、実際は魔力弾の撃ちあいで押されているのである。
「ほらほら。破壊神の力はどうしたの? この程度なの? だとしたら、あんたは間違った選択をしてしまったわね、ヒルデぇ」
「ふんっ!」
嘲笑するマルエラに隙を見たバイラヴァは、腕を振り上げる。
すると、地面が隆起してボゴボゴと亀裂が入っていき……ドッ! と噴き出てきたのは、赤々としたマグマである。
炎の勇者にだけ良い恰好はさせないと身に着けた新たな力。
近づくだけでも身体が焼かれてしまうような高温。
「効かないって言っているでしょ!!」
しかし、マルエラが地面を踏みつけることによって、その亀裂はあっけなくふさがれてしまう。
その細い脚からは考えられないような震脚。
天変地異を引き起こすバイラヴァの力もそうだが、それを上から押さえつけてみせるマルエラの力もまた特別なものだった。
だが、そんなことを予想できないはずがなかった。
「ああ。それは知っている」
「ッ!?」
マグマが霧散した直後、マルエラの眼前に現れたバイラヴァ。
赤いドロドロとしたマグマが彼女の視界を遮っている間に、一気に接近していたのだ。
魔力弾の撃ちあいで、不可解にも自分が不利になっていたのは分かっていた。
であるならば、あの攻撃でも彼女をしとめることはできないということは予想できた。
だからこその、近接戦闘である。
魔力というか、遠距離の戦闘ではマルエラに分がある。
そう認めたがゆえの行動だった。
「むんっ!」
ゴッ! と空気を破裂させるような音を鳴らしながら迫るバイラヴァの拳。
まるで、その拳が自分の等身大よりも大きく見えてしまうほど、破壊力と威圧感があった。
まともに受ければ、上半身が消し飛んでしまうほどの殴打。
だからこそ、突然の接近戦に為すすべなくマルエラは命を落とすはずだったが……。
ペチン、と何とも気が抜ける音がした。
驚愕に目を見開くのは、戦闘を見守っていたヒルデやエステル……なによりも、バイラヴァである。
自分の拳が……それこそ、全力を注ぎこんで振るった鉄拳が、あっけなくあっさりと、笑ってしまえるほどあっさりと受け止められたのである。
脚を大地に生やすように力を入れるわけでもなく、腰をグッと落として構えるわけでもなく。
ただ、手を前に出して受け止める。
それだけで、破壊神の圧倒的な威力を誇る拳は、受け止められたのであった。
「あら? こんな華奢な女に止められるなんて……あんた、クソが付くほど弱いんじゃない?」
ニヤリと笑うマルエラ。
バイラヴァの心を、へし折るように。
グッと手のひらに力を籠め、握る。
すると、バイラヴァの手がミシミシと悲鳴を上げて……ぐしゃりと音を立てて潰される。
血が噴き出し、骨が露出する。
「ぐぉっ!!」
ゴウッ! と振るわれたのは、バイラヴァの脚である。
鞭のようにしなり、マルエラの首を狙う。
その素早い動きは、傍から見ているヒルデやエステルも追うことができず、気づいたのはその足が後少しで首に届くところにきたときだった。
拳を潰されながらも、絶大な威力を誇る蹴りを放つバイラヴァ。
「だから、意味ないって」
しかし、それもまたあっけなく受け止められた。
マルエラが差し出した腕に、脚が激突する。
細い腕だ。破壊神の力ならば、へし折ってそのまま首まで届いてしまうことだろう。
ブワッと暴風が吹き荒れてマルエラの髪を揺らし、彼女の背後の大地は衝撃だけで抉れて大きく損壊する。
だが、マルエラにはダメージがなかった。
彼女は余裕の表情を浮かべ、強がっているというわけでもなく、平然としていた。
唖然とするバイラヴァ。
そんな彼の脚を掴み、またもやぐしゃりと握りつぶすマルエラ。
そして、そのまま腕を振り上げれば、自分よりも体格の大きいバイラヴァを宙に持ち上げる。
「ぐっ……!?」
ブン! と投げつければ、ガリガリと大地を削りながら地面を滑る。
皮膚が裂けて、様々な場所から血が流れる。
ザッと体勢を立て直そうとするバイラヴァだったが、片足を潰されてはうまく立ち上がることができず、膝をついた状態になる。
そして……。
「どーん」
気の抜けたマルエラの言葉と共に、魔力弾が撃ち放たれた。
それは、バイラヴァに直撃し、巨大な火球の中に彼を巻き込み焼くのであった。
「嘘……。破壊神が……負ける……?」
呆然と立ちすくむエステル。
彼女からすれば、最強の存在はバイラヴァである。
千年前のあの戦争の時も。そして、自分を救い出してくれた今の時代も。
彼は誰にも負けることなく、たった一人で全てを破壊してきた。
その彼が、精霊に……たった一人の存在に、負ける?
信じられないが、目の前で起きていることが全てだ。
アイディンティティの喪失のような、根底から大事な土台が突き崩されるような、そんな感覚を味わっていた。
「お、おかしいわ」
「そんなの、言われなくたって分かってるよ! あの破壊神よりも強い存在がいたなんて……」
だからこそ、ヒルデがぽつりとつぶやいた言葉にも、いら立ちを露わにしてしまう。
やはり、この世界を少人数で攻めてきて支配してしまった精霊はだてではないのだ。
精霊は強い。しかも、その精霊の中でも最強だと自称するマルエラは、特別だった。
そう残酷な事実を押し付けられるエステルであったが……。
「違う! あたしがおかしいと言っていることは、そうじゃないわよ!」
しかし、強く否定するヒルデにビクッと肩を跳ねさせる。
違う?
その言葉の意味するところが分からず、エステルは首を傾げる。
「精霊が強いんじゃない。いえ、確かにあたしでは勝てない程度には強いかもしれない。でも、あたしたちの知るクソ神に勝てるほどではないわ」
「は? どういうこと?」
あれほど見ていたのに、まだ気づいていないのか?
ヒルデはいらだたしげにエステルを睨む。
そう。マルエラは確かに強い。
だが、破壊神ほどではないはずなのだ。
その異変は、彼女ではなくバイラヴァに起きている。
「つまり……破壊神が、弱くなっていっているのよ」
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