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第81話 最強の精霊

 










「マ、マルエラ……」


 精霊の名を呼ぶヒルデの声は、震えていた。

 数百年にも及ぶ暴虐の歴史。


 自分を徹底的に痛めつけ、心を折ったのがマルエラである。

 こうして意識を保ち、相対できている時点で称賛されるべきだ。


 もちろん、マルエラがそのようなことをするはずもない。

 冷たい目で、ヒルデをせせら笑う。


「あら? いつから私のことを呼び捨てにすることができるようになったのかしら?」

「……ッ」


 ただ見据えられて、声をかけられる。

 敵意も殺意も向けられていない。それほどの関心さえ向けられていない。


 だというのに、もはやヒルデは息ができなくなるほどの圧を感じていた。

 喉を抑え、目を見開いて必死に呼吸をしようとするが、それすら許されない。


「あんたは私の犬でしょ? 犬がそんな偉そうにするなんて、聞いたことがないわ。やり直しなさい」


 一歩、マルエラが近づく。

 それだけで、ヒルデの脚はガクガクと震え、全身からべたっとした気持ちの悪い汗が噴き出す。


 今にも崩れ落ちてしまいそうだ。


「ほら。今すぐ跪いて、四つん這いになって、四足歩行になりなさいな。犬は二足歩行ではないでしょ? 言葉も人間のそれを使っちゃダメよ。ほら、早く」


 嫌だ! もう、精霊に支配なんてされない!

 そう心では叫んでいるのだが、数百年の調教され切った身体は、その言葉に従い跪こうとする。


 跪き、マルエラに許しを請うようにこうべを垂れようとする。

 涙があふれる。


 息ができないという苦しさもあるが、こんな情けない自分自身にだ。

 精霊の圧に押しつぶされそうになる。


 しかし、その最期の一線を越えなかったのは、彼女を背にしてマルエラに相対した男がいたからである。

 それこそが、破壊神バイラヴァだ。


「いつまでこいつの飼い主を気取るつもりだ、貴様?」

「……なに? 今はあんたと話すつもりはないのだけど」


 せっかく虐めて面白い反応を楽しんでいたというのに、邪魔が入って露骨に顔を歪めるマルエラ。

 バイラヴァには、殺意も敵意も向けられている。


 だが、ヒルデとは違い、彼は余裕の表情を浮かべている。


「それは困るなあ。こいつは、今は我の犬だ。前の飼い主が偉そうに話しかけてきたら、割って入るのは当然というものだろう?」

「は?」

「は、破壊神様……」


 お目当ての精霊と会えて、ついテンションが上がってそんなことを言ってしまうバイラヴァ。

 やってしまったと気づいたときには、もう遅かった。


 ヒルデが恍惚とした表情で見上げてくる。

 バイラヴァのミスである。完全に彼が悪かった。


「……はぁ、意味わからないことを。あんたもいいのね、それで。私の元にいれば、殺されずには済むのよ?」

「あ、あたしは、もうあんたの下には戻らないわ。あたしは、破壊神様の犬よ!」

「……自分で言っておいてなんだが、犬はやっぱりやめよう。いらん」


 バイラヴァのお墨付きを得られたと、多少怯えながらもその恐怖を乗り越えたのである。

 ひとえに、破壊神に対する依存心から。


 バイラヴァの必死に呼びかけも、今の彼女には聞こえていなかった。


「あっそ。はぁぁぁ……。あんたが破壊神を殺すところを見届けようと思ったのに、とんでもないことになったわ。まさか、私の犬が奪われることになるとはね」


 玩具を奪われ、肩を落とすマルエラ。

 信じて破壊神殺害に送り出した犬が、まさかその破壊神の犬になって戻ってくるとは想像だにしていなかった。


 多少の腹立ちを覚えながらも、深く息を吐き出して気持ちを落ち着ける。

 そうだ。どうせ自分の元に戻ってこないのであれば、最後の最後に楽しませてもらおうではないか。


「まあ、もういいわ。十分そいつで遊んだし。破壊神ともども、殺してあげる」


 凄惨な笑みを浮かべるマルエラに、バイラヴァもまたおぞましい笑みを浮かべて応じるのであった。

 破壊神バイラヴァと精霊マルエラ。


 もっとも衝突させてはいけない二つの存在が、今殺し合いを始めるのであった。











 ◆



「さて、どうぞ? 先手を譲ってあげるわ。ヒルデと戦って、多少なりとも消耗しているんでしょ?」

「貴様なんぞに心配されるほどではないわ。だが、まあ……」


 明らかに舐めている。

 その態度を見せられて、バイラヴァは酷く不満そうだ。


 だが、舐められないことが目的ではない。

 彼の目的はただ一つ、この世界に侵略しに来た精霊を皆殺しにし、世界を再征服することである。


 であるならば、遠慮なくその言葉に従うとしよう。


「我に先手を譲ったこと、後悔して死ぬがいい」

「……ッ!?」


 ゴウッとバイラヴァの魔力弾が放たれる。

 その速度は凄まじく速く、先手を譲ったマルエラも目を見開くほどだ。


 そして、ろくに身体を動かすこともできず、その魔力弾が彼女に直撃した。

 ドン! という重々しい音と、炸裂したことによって噴きあがる砂煙。


「やった……っ!」

「馬鹿。それは、こういう状況で言ったらダメなことだよ!」


 歓喜の声を上げるヒルデと、それをいさめようとするエステル。

 よく意味は分からないが、ああいう何が起きているかわからない状態で希望的観測を口にすれば、間違いなく覆されることになる……らしい。


「あー……なるほどね。これは、ヒルデなんかには荷が重いわ」


 やはりと言うべきか、マルエラは倒れていなかった。

 それどころか、怪我をした様子すら見受けられず、しっかりと二の足で地面に立っていた。


「いたたっ。ちょっと。髪が乱れちゃったじゃない。最悪」

「ふむ……」


 多少風圧で乱れてしまった髪を、手櫛で整えているマルエラを見るバイラヴァ。

 自身の攻撃が効かない絶望感などは、微塵も見受けられない。


 それどころか、まるで研究者のように、興味深そうに彼女を見ていた。

 そして、確かめるように、もう一度強大な力を撃ち放つ。


 今度は、マルエラも反応した。

 その細い腕を伸ばし、手のひらで魔力弾を受ける。


 バチバチ! と耳を塞ぎたくなるような音がして彼女の身体を削り取ろうとするが、マルエラは痛みに顔を歪めることはなかった。

 むしろ、無駄なことをするバイラヴァを憐れむように冷笑する。


 そして、それはバッと彼女が腕を振り上げると、空にあっけなく打ち上げられたのであった。


「もう。無駄よ。先手は譲るとは言ったけど、こんなにも髪が乱れて汚れるんだったら、撤回よ」


 やれやれと首を横に振るマルエラ。

 自分の美貌を維持するのは、女としての責務である。


 もちろん、バイラヴァがそんな彼女の言葉に応えてやることはなかったが。


「不思議だな。貴様に我の力を止められるような仕草はなかった。まるで、次元が違うような感じだ」

「そうよ。私とあんたには、隔絶した……次元が違うほどの力の差があるの」


 圧倒的な優越感を得ている様子で、マルエラは笑う。

 その自信に満ち溢れた態度は、今まで敗北というものを……苦戦すらしたことがないのかもしれない。


 皮肉にも、破壊神と出会う前のヒルデにそっくりだった。


「そ、そんな……破壊神様の力が……」


 愕然とするのは、ヒルデである。

 自分の依存対象が、勝てない。


 そのことに、深い絶望を感じそうになるが……。


「いや、それは嘘だな」


 当の本人であるバイラヴァは、冷静だった。

 冷静に、マルエラの言葉を否定する。


 隔絶した力の差なんて、存在しない。


「貴様には、それほどの力は感じない。正直、我の方が強いだろう。そう思える程度のものだ。だからこそ、不可解で仕方ない。どうして、我の力を受けてダメージがない?」

「…………」


 マルエラは答えない。

 だが、その不敵な笑みが、何かしらの『種』があることを明確に語っていた。


「まあ、どうせわけのわからない力を使っているのだろう」

「……そうね。私の力は、絶対に負けることはない最強の力だもの」


 マルエラが手を出す。

 そこに、急速に魔力が集まっていき……バイラヴァのそれよりも強力な魔力弾が打ち放たれた。


「……ッ!!」


 バチィッ! と腕で受け止める。

 しかし、無傷のマルエラとは違い、バイラヴァにはしっかりとダメージが通っていた。


「ほらね。私、絶対に負けないもの。最強の精霊。それが、私よ」


 強大な力を持つ精霊。

 その中でも、戦闘能力に関してはいくつも頭が抜けているマルエラ。


 最強の精霊が、破壊神に立ちふさがったのであった。




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