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第77話 侵略

 










「…………」

『いや、そんな……なんていうか、凄い顔しないでよ。笑えないし、何か心配になるから』


 我の中に戻ってきたヴィルが、珍しく狼狽したような雰囲気だ。

 しかし、今の我にそれを気にする余裕はない。


 我と……我と千年前、世界を懸けて戦った強者たちが……皆おかしくなっていっている……。


『まあ、ほら……結構年月経ったから……』


 いくら何でも変わりすぎだろ……。

 なんだよ。


 人々のことを思いやって彼らを守るために我と戦った女神は、我が近づくだけでビクビクするし。

 矮小なはずの人間でありながら、正しい正義感を持って我に立ち向かった勇者は、我の子供を孕もうとするし。


 そして、我のことをあれだけ嘲笑って精霊よりも劣っていると大笑いしていた魔王は、何か跪いてくるし……。


「やったね、破壊神! 仲間が増えたよ!」

「き、貴様……!!」


 ニッコリと笑いかけてくる勇者に、我は殺意を越えた何かを抱く。

 やはり、女神同様こやつも連れてこなければよかった……!


 役に立つと思って連れてきた我が悪かった……!

 こいつがいなければ、ここまで事態が悪化することもなかっただろう。


 ちくしょうめぇ!

 我の怒りの矛先は、未だに跪いている魔王に向かう。


「それに、貴様はいつまでそうしているつもりだ! 止めろ! 我はそういうの嫌いって言っているだろ!」

「ひっ……! は、はい、破壊神様……あぁ……っ」


 一瞬怯えた表情を見せた後、何故か恍惚としたように身体を震わせる。

 ……おい。何か女神と同じ感じがするぞ。


『なんか……しかも、被虐性癖持ちっぽいわね』


 ガクリと膝から崩れ落ちる我。

 あの大戦争の時でさえ、最後の最後までそのようなことはなかったというのに……。


 肉体的なダメージよりも、精神的なダメージの方が効果的なのかもしれない。覚えておこう。

 ……そんな現実逃避も、長くは続かなかったが。


 バカな……。我の近くには特殊性癖持ちしかいないのか……。

 というか、別に持っていても知ったことではないが、それを我に向けるなよ!!


「うわぁ……酷い……」


 魔王を見て引いた顔をする勇者。

 お前も酷いんだぞ。自覚しろ。


 悪の種を孕もうとする人類の希望とか、ダメすぎるぞ。


「そう言えば、君ってどんな感じで精霊に従属していたの? 別に話したくないんだったらいいけどさ」


 本当にどうでもいい話だな、勇者。


「……まあ、話したいことではないけどね。もう新しい依存対象を見つけたから、いいわよ」


 え? なに? 依存対象とか言った?

 別にそれはいいけど、その対象って我のことじゃないよね?


 マジで止めろブッ飛ばすぞ。

 もう女神と馬鹿勇者でお腹いっぱいだぞ。


「精霊が侵略してきたのは、あんたが死んでから数百年経ったときだったわ」


 おい。本当にこのまま回想に入るのか?

 本当にそれでいいのか?


 ……おい。











 ◆



 あの大戦争から、数百年が経った。

 世界戦争。そう呼ぶにふさわしい、世界中を巻き込んだ大戦争。


 それが、たった一人の存在を倒すために行われたというのだから、凄まじいことだ。

 しかし、その戦争は自分たちの……世界の勝利となった。


 残念ながら、破壊神の最期の時は打ち倒されて意識を失っていたため見ることはできなかったが……神々が彼を倒してくれたらしい。

 しかし、殺すことはできず、封印をすることになった。


 それは、彼女にとって……ヒルデにとって、強い不安を抱かせた。

 誰かを屈服させることしか考えなかった自分に、戦わずして跪かせるような圧倒的な存在。


 それが、破壊神だ。もう二度と顔を合わせたくはない。

 だからこそ、死んでいてくれたらどれほど嬉しかったことか。


 だが、封印である。

 ほぼ未来永劫出てこられないという封印らしいが……。


「あのクソ神が、そんな生易しいはずないわよね」


 ヒルデには、確信にも似た予想があった。

 あの破壊神は、必ず復活する。


 それが、いつになるかはわからない。

 長命である自分の命のともしびが消えた後かもしれないし……自分が生きている間かもしれない。


 前者であれば、構わない。

 自分が死んだ後の世界なんて、知ったことではない。


 だが、後者は知らんぷりはできない。

 知らんぷりをして、大変な目に合うのは自分なのだから。


「一番は実践だろうけど……機会がないのよね……」


 戦闘能力を向上させたいのであれば、一番は経験を積める実践だろう。

 魔族は、実力至上主義である。


 だからこそ、力こそ全て……というわけではないが、強者は割と好き勝手することができる。

 そんな荒々しい種族であるため、普通であればそこに入っていれば実践経験は積み重なっていくものなのだが……。


 ヒルデは、魔王である。つまり、魔族最強の存在だ。

 流石に、そんな彼女に喧嘩を売るような魔族はいなかった。


 しかも、かつての戦争であの破壊神と刃を交え、生き延びているのである。

 もはや、伝説の魔族と言っても過言ではない。


 そんな彼女なのだから、実戦経験など積めるはずがなかった。

 では、人類はどうなのか?


 魔族と人類は犬猿の仲であり、しょっちゅう争いを起こしている。

 破壊神との戦争直後であれば世界中が疲弊して枯渇していたから理解できるが、数百年経った今ならちょっとした戦争を起こすことくらいは可能だろう。


 それをしないのは……。


「張り合いがないのよね……」


 あまり認めたくはないが、ヒルデはそう考えていた。

 張り合いがない。


 かつて、自分と激しい死闘を繰り広げた人間には、勇者がいた。

 水の勇者エステル・アディエルソン。


 もう、彼女はこの世にはいない。

 エステルは人間なのだから当然だが、あの戦争を生き延びて人々を救い続け、天寿を全うした。


 それ以降、勇者は現れていない。

 それは、勇者の適性者がいないということもあるだろうが、大きいのは勇者が必要な世の中ではないということである。


 もっとも危険で、多くの勇者が動員され過去の英霊さえも呼び出された破壊神は、すでにいない。

 そして、次にもっとも人類にとっての脅威であるのは魔族である。


 しかし、その魔族は破壊神との戦争以降、人類に牙をむいたことはない。


「……何でかしらね」


 ポツリとつぶやくヒルデ。

 自分に唯一立ち向かうことができる勇者がいないのであれば、彼女にとって絶好のチャンスである。


 おそらく、大して苦労することなく人類を屈服させることができるだろう。

 だが、ヒルデはそれをしなかった。


 誰かを屈服させることに快感を覚えて喜びを感じていた彼女からすると、考えられないことだ。

 その理由は、やはり張り合いがないということだろう。


 そして、それと同等……いや、それ以上に大きいのが……。


「…………」


 破壊神。

 奴に、心を……牙を、折られたからだろう。


 人類を屈服させて、何になるというのだろうか。

 自分よりも、はるかに強大な存在がこの世にはいるというのに。


 しかし、それで無気力に数百年を過ごしてきたというわけではない。

 彼女は、生まれて初めて自分のことを鍛えた。努力をした。


「破壊神が復活した時、何としてでも生き延びるために……!」


 それは、情けない理由かもしれない。

 しかし、なにもせずに生まれながらの力を振り回しているだけでも魔族最強へと上り詰めたヒルデが、努力もするようになれば……。


 その力は、驚異的なものになる。

 事実、もはや同じ魔族で彼女に匹敵するほどの存在どころか、近い実力を持つ者すらいないほどだ。


 それもこれも、破壊神から逃げるため。

 戦って倒して勝つ、という目的でないところがヒルデらしい。


 だが、その力も実際はどれほどのものなのか、実戦で確かめるほかない。

 しかし、その実戦はない。


 どうしたものか。

 そう悩んでいる時だった。


 この世界に、精霊が侵略を開始したのは。




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