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第76話 うん……うん?

 










「…………は? なんで?」


 唖然とするヒルデ。

 終わったと思ったら、眼前に映るのが憎き勇者の満面の笑顔なのである。


 むしろ、取り乱して大声を上げなかっただけ褒められるべきだろう。

 そんな彼女に対して、エステルはやれやれと首を横に振る。ウザい。


「いや、おはようって言われたらおはようって返しなよ。魔族の王は常識がないんだねぇ……」

「殺すわよ、チビ。っていうか、何で死んでまであんたの顔を見ないといけないの? あんたも殺されたの? だっさ」


 早速とばかりに言葉の応酬を始める二人。

 近くでそれを聞かされているバイラヴァは心底面倒くさそうだ。


 エステルは胸を張る。


「破壊神から子種をもらうまでは死なないよ」

「…………え? マジでそういう関係なの?」

「貴様を殺すぞ、魔王。次ふざけたことをぬかしたら、本当に殺すからな。マジのマジだぞ?」


 呆然と見上げてくるヒルデを、鬼の形相で睨みつけるバイラヴァ。

 それだけで、ビクッと身体を震わせてしまう。


 そして、思わずといった様子で呟いてしまう。


「は、破壊神、様……」


 それを聞いて、少しポカンと彼女を見るバイラヴァとエステル。

 次の瞬間、頬を膨らませて噴き出してしまったのは、エステルだった。


「ぶふっ! そ、その破壊神様ってなに? あははははははっ!」

「う、うるさいわね! それで、本当にどうなっているのよ? どうしてあたしが……。ちゃんと終わったはずなのに……」


 破壊神によって、終わらされたはずだ。

 ようやく解放された。そう思っていたのに……。


「この酔いどれが買収された結果だ」

「ぷひー」


 破壊神が嫌そうに摘まみあげているのは、顔を真っ赤にしている小さな人間だった。

 妖精だ。まさか、実在するとは……。


 ほとんど見ることのできない貴重な生物に目を丸くするヒルデだったが、その両手に大きな酒瓶が抱かれているのを見て、何とも言えない表情になる。

 この妖精が、自分を助けたのか?


「死にたければ勝手に死ね。流石にこいつも二度目は助けんだろうしな」

「バイラの言う通り、あたしがあなたを助けるのはこれが最後だけど……まあ、別に死ぬ必要はないんじゃない? 後戻りができないとかどうとか言っていたけど……そこも治しておいてあげたわ」


 はいっと差し出される鏡。

 ヴェニアミンの薬を飲んで化け物へと変貌していたヒルデの容姿は、元の美しいものへと戻っていた。


 あのバチバチと音を鳴らしていた目も、元のものに戻っている。


「嘘……。あの薬の副作用を治すなんてこと……」

「あたし、凄いから」


 ドヤッと小さな背を反らすヴィル。

 不可逆であるはずの副作用も治してしまう力は、凄まじいの一言だろう。


 妖精が全てそのような力を持つのであれば、乱獲されるのも当然と言えるかもしれない。

 そんなヴィルを、バイラヴァは呆れたように見ていた。


「酒につられてその凄い力をポンポン使うなよ。全部我にとって都合の悪い方に突っ込んでいっているだろうが」

「でも、お酒飲んでいないと身体が震えてきて……」

「まず自分のことを回復しろ!!」


 アル中の症状だろうが! とブンブン振り回している。

 ああ、顔色が悪くなっている。


 後少しで吐きそう。

 そう感じ取ったヒルデは、彼らから目を離す。


 ヴィルの『おええっ』という嗚咽とバイラヴァの悲鳴が聞こえてきたのは、そのすぐ後だった。


「まあ、そういうことだよ。残念だけど、これからも生きていてもらうね」

「はあ!? ふざけたこと言ってんじゃないわよ! あんたなんかに助けられて、あたしが喜ぶとでも思った!?」


 燃え盛るような怒りを抱く。

 同情? それは、プライドの高いヒルデが向けられて一番ムカつくものだ。


 憐憫も、同情も、必要ない。

 もはや、今戦う力はなくなっているだろうに、その殺意は思わず背筋を伸ばしてしまうほどのものだ。


 しかし、それは見当違いのものだ。

 エステルは表情を変えず、ヒルデを見据える。


「いや、別に助けたつもりはないよ。君を回復してもらったのも、全部自分のためだし」

「……どういうことよ」


 訝しげに眉をひそめるヒルデ。

 そんな彼女に、ニッコリと笑いかけるエステル。


「ほら。僕って人間でしょ? で、千年も経てば、誰も知り合いがいないんだよね。まあ、破壊神とかはいるんだけどさ。でも、寂しいでしょ? だから、知り合いの君がいたら、ちょっとは気がまぎれるかなって思ってさ」

「知るか!!」


 どうして自分がエステルを……人間の勇者を助けるようなことをしなくてはならないのか。

 そんなもののために、覚悟して終わりを迎えたのに引き戻されたらたまらない。


 エステルはヒルデの怒気を受けても、ニヤニヤと笑う。


「ほほー。そんな口を利いてもいいのかなぁ? 破壊神を出すぞぉ!」

「貴様! 我をそんな風に使うとは何様だ!」

「ひっ……!」

「何故貴様もビビる!!」

「いや、ビビるでしょ。完全にお化けだったもん、あれ」


 くわっと怒るバイラヴァに明らかに怯えるヒルデ。

 彼女からすると、圧倒的な力をまざまざと見せつけられ、千年前のトラウマを呼び起こしてしまっているのだから当然だろう。


 ヴィルが彼のことをなだめている。

 バイラヴァはもう人の形へと戻っている。


 しかし、あの力の集合体という本性を知ってしまっている以上、彼が想像もできない『なにか』であるという意識が非常に強くなってしまっていた。

 分からないもの、理解できないものは、恐ろしい。


 そんな彼が、こちらを見据えている。


「……で? 貴様はどうする?」

「あたしは……」


 恐怖よりも、これからの自分の身の振る舞い方を考える。

 どうすればいいのだろうか?


 これから……自分は何をすればいい?

 身体は治してもらった。もう終わりにする必要はない。


 だが、これからどこに行けばいい?

 また精霊のところに戻る?


 いや、あれの元には戻りたくない。

 戻ったところで、また破壊神に負けてすごすごと向かえば、今度こそ殺されるか完全な化け物に仕立て上げられてしまうだろう。


 じゃあ、精霊の元に戻らないとすると、どこに行けばいい?

 数百年、精霊の犬として振る舞ってきたのだ。


「…………」


 両手を見る。

 ヴィルに回復してもらったおかげで、とても美しい褐色の手だ。


 だが、その手がボロボロで、守るべき魔族の血で汚れていることだって知っている。

 もう、自分で立って歩き、道を切り開くことはできない。


 数百年従属し、犬のようにふるまってきた。

 もはや、自分で何かをするやり方すら忘れてしまった。


 だから……。


「我は貴様が何をしようが構わん。興味もないからな。まあ……」


 本当に興味なさそうに……しかし、少しの情が見て取れた。

 バイラヴァもまた、千年前の激闘を繰り広げた相手を、無情にも切り捨てることができなかったのだろう。


「そのバカみたいな恰好は止めて、まともな服を着るようにすればいい」


 言葉は、それだけだ。

 ヴィルが呆れて白い目を向けるほどの、つまらない言葉だ。


 しかし……。


「ああ……」


 ヒルデにとっては、光が見えた。

 自分は、もう一人で立つことはできない。歩くことはできない。


 ならば、誰かにそれを支えてもらい、導いてもらえばいいのだ。

 では、それを誰に託す?


 そうだ。いるじゃないか。

 ここに……目の前に!


 自分を導いてくれて、頼りきってもいい圧倒的な存在が!

 ヒルデの膝は、自然と屈して跪いていた。


 誰かを屈服させることに喜びを感じ、自身がそれをするのは血反吐を吐くほど嫌がったプライドの塊であるヒルデ・ローヴァが。


「わかりました、破壊神様」

「うん……うん?」


 様? と首を傾げるバイラヴァ。

 そんな彼に、彼女は恍惚とした笑みを向ける。


 ヒルデは、こうして新しい依存対象を見つけることに成功したのであった。




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