第68話 我、降臨!
ヒルデ・ローヴァは、生まれながらの強者である。
そもそも、魔族というものはそういうタイプが多い。
生まれながらにして身体能力は人間よりも高く、魔法適性もまた同様。
魔力量も多ければ、魔法の使い方も上手い。
それゆえ、ヒルデに限らず魔族というのは、生まれながらの能力に大きく依存した戦い方や生き方を選ぶ。
しかし、その中でも彼女は突出していた。
他の魔族よりも身体能力が高かった。
他の魔族よりも魔法適性が高かった。
魔力量も豊富で、先天的に魔法の扱い方が上手かった。
彼女は、今まで努力というものをしたことがない。
人は――――魔族もここに含める――――多かれ少なかれ、努力というものはする。
なぜなら、生まれ持った能力では限界があるからだ。
自分の望むべき場所にたどり着けない。
だから、後天的に能力を高めようと、努力するのである。
ヒルデには、その必要性がなかった。
努力するまでもなく、彼女はすでに頂点に立っていた。
何者も寄せ付けず、天才的な力でできないことなど何もなかった。
そのことに、ヒルデは生まれながらにして優越感を抱き、それは彼女を強く満足させていた。
誰よりも強い。誰よりも高みにいる。
その事実が、彼女のプライドを見たし、自尊心を刺激し続けるのである。
だから、魔王を決定する戦いに身を投じたのも、それが大きな理由である。
誰かを屈服させて、その上に立って自尊心を満たしたい。
魔族の頂点に立ち、多くの人々を見下ろしたい。
そんなあまりにも自分勝手で醜い考えから、魔王の座に付こうと参戦した。
本来であれば、そんな弱い意思を持って参戦した者は、早々に退場することになる。
他の参戦した者たちは、皆魔族のために……という崇高な精神を持っていた。
彼らこそが、魔王となるにふさわしい者たちだった。
はたして、その戦争に勝って魔王になったのは、ヒルデであった。
いい気分だった。
自分が強いと思い込み、事実強かった彼らは、自分に屈した。
心の中でどう思っているのかは知らない。激情が渦巻いていることだろう。
だが、それを押し殺し、自分の前に跪いている。
「あは……っ」
それは、ヒルデに強烈な快感を与えた。
誰かを屈服させる。誰かを跪かせる。
それは、こんなにも気持ちがいいことなのか。
ヒルデは未知の快楽に酔いしれた。
しかし、その快楽はそうそう味わうことはできない。
もはや、魔族の頂点に立ってしまった彼女は、これ以上屈服させる存在がいないのである。
彼女は考えた。またこの快感を味わうには、どうしたらいいのかと。
考えて……考えて考えて考えて……。
「人類を跪かせましょう」
そう結論に至った。
人。魔族と長年敵対関係にあり、絶えず小さな紛争を繰り返している種族。
かつては、大きな戦争も経験したことがあるらしい。
だが、そういったお互いの種の存続を懸けたような戦争は、しばらく起きていない。
あまりにもメリットがないからだ。
どちらかを滅ぼすために、相当の被害を受けることになるだろう。
ただ、憎いから、嫌いだからという理由では、その一歩を踏み出すことはできない。
だから、お互いの自尊心を満たすために、小規模な衝突を繰り返すだけ。
魔族が一丸となって人類に襲い掛かることもなければ、人類側も一国が小競り合いをするということばかりだ。
ヒルデは、その常識を潰してやろうと考えた。
魔族は屈服させた。その快感も知った。
では、今度は人類だ。
人類を自分の前にひざまずかせたら、どれほど気持ちがいいのだろうか?
そんなあまりにも自分勝手な欲望のために、彼女は大戦争を引き起こそうとしていた。
それを、ただ黙って見ているわけではない人類。
切り札とも言える勇者を集め、魔王に対抗する。
ヒルデがエステルと知り合ったのも、このくらいの時期だ。
確かに、エステルは力のある勇者だ。
正義感もあり、他者を思いやることのできる優しい女だ。
だが、ヒルデは余裕の表情だった。
なるほど、油断はできない。
向上心もあれば、自分と違って努力もしている。
いずれは、自分をも超える力を身に着けるかもしれない。
だが、今は絶対に負けることはない。
そう分かってしまうのは、ヒルデが強さというものにとても敏感だからである。
生まれながらの強者である彼女は、自分はもちろん他人の力の強さというものも見ただけで判断することができた。
それを見た結果、エステルは将来的には自分を脅かす可能性はあるが、現在では自分よりも弱者であることが分かった。
「あはははははっ! 勇者もこの程度なのね。さっさとあたしの前に膝をついて屈服した方がいいんじゃないかしら?」
少数精鋭で攻め入ってくる勇者たちを何度も撃退し、ヒルデは満足していた。
悔しげに顔を歪める人類の希望を負け犬のように追い返すのは、大きく自尊心を満たした。
勇者たちを殺さなかったのも、何度もその快感を味わいたいからである。
そんな自慰に等しい好意を繰り返しつつも、ヒルデは魔族たちの王としてそれなりに彼らのために尽くしていた。
滅私奉公の精神があるわけではない。
だが、彼女は魔族たちを守る。
それは、彼らが自分の自尊心を満たしてくれる大切なパーツだからである。
彼女を王に持つ魔族たちも、人類を圧倒する強き魔王の姿を見て、そのプライドをくすぐられて満足感を得る。
あまりにもぐらぐらとした拙いものだが、彼らは相互互恵関係にあるのであった。
そんな、薄氷の上に出来上がったあまりにも不安定な関係性。
それは、とある化け物が現れたことによって、あっけなく突き崩されることになったのであった。
「ふははははははっ! 我、降臨! 世界に暗黒と混沌を齎してやろう!!」
すなわち、破壊神の世界征服である。




