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第66話 失敗した

 










 我の放った業火は、そのまま突き進む。

『バイラヴァ教』を破壊しようと襲い掛かってきた精霊軍を、あっけなく飲み込む。


 彼らは何もすることができず、悲鳴を上げることすらできず、その炎に飲み込まれて消滅した。

 焼死体すら残らない。それほどの高温なのだ。


「お、おお……えげつなっ」


 勇者が隣でそう呟く。

 数百人いた精霊軍は、最初からそこにいなかったかのように消滅していた。


 地面はクレーター……いや、溶けて大きく形をへこませていた。

 まるで、活動を続けている活火山のように、マグマで焼かれた不毛の地のようになっていた。


 ふむ、なかなかの威力だ。

 これならば、この先の破壊で使うことができるだろう。


 以前、炎を扱うことができず、森を焼こうとしても他人任せになってしまったからな。

 破壊神が他人を頼るなど、あってはならん。


 だからこそ、この攻撃を編み出し、実際にそれなりに使えることが分かったのだが……。

 そうか。魔王は逃げたか。


 便利な魔法だ。だからこそ、そうそう使うことはできないだろうが。

 一人しか逃げていなかったことを考えると、転移することができるのも自分に限られるのか?


 切羽詰っていたということもあるから、断定することはできないが……。

 まあ、大多数を転移させることができるのであれば、いきなりこの村の前に現れて奇襲をかけた方がいいだろうし、それはできないのかもしれないな。


 しかし……。


「くっ……やりすぎた……!」


 我は激しく後悔していた。

 破壊して悔やむことなんて、今までなかった。


 精霊軍は、『バイラヴァ教』を破壊しにきてくれたのだ。

 多少魔王を驚かせてやろうとは思っていたが、奴らを全滅するつもりはなかったのである。


 や、やってしまった……!

『バイラヴァ教』の暴走を止める、最大の機会を逃してしまった……!


 い、いや、待て。ここは乱戦になっていたはずだ。

 とすると、我が消滅させた中にはバイラヴァ教徒もいるはずで……。


 …………あ、結果オーライか?

 そんなことを考えている我に、ふわふわと浮いて近づいてくるヴィル。


 いつの間にか、我の中から飛び出していたらしい。


「ふー……まったく。あたしが移動させていなかったら、信徒も皆焼け死んでいたわよ?」

「なに助けているんだ貴様あ! 合法的に処分できたんだぞ!」


 見れば、バイラヴァ教徒たちは微塵も減っている様子を見せない。

 精霊軍との衝突で負傷者はいるが、死者はいないようだ。


 もちろん、我の業火で焼かれた者も……。

 ニッコリと笑うヴィル。


 こ、こいつ……! 我に殺人をさせたくないから、ということはありえない。

 ヴィルが身体をいっぱい使って支えているのは、お酒!


 そう。こいつは教徒から献上されるお酒目的で、彼らを助けたのだ!


「お、俺たちを助けてくださったのか……。異教徒を討ち滅ぼせない、情けない俺たちを……!」

「破壊神様に申し訳がない!」

「もっと人を集め、武力をかき集めよう。今度は敵を皆殺しにできるように……!」

「やっぱり、破壊神様は凄い! 精霊よりも強いんだ!!」

「私たちを導いてくださるわ!」


 くっ……何だか危険な方向に全力疾走していっている気がするぞ、こいつら……!

 我に対する敬意みたいなものも膨れ上がる。


 違う! そういうのじゃない!


「破壊神が合法とかちみっこいこと言ってんじゃないわよ」


 我を見て呆れたように笑うヴィル。

 おのれ……!


「でも、エステルはよく我慢できたわね。愛しのバイラがめちゃくちゃディスられていたのに」

「愛し……? いや、僕は別に破壊神のことが大好きってわけじゃないよ」


 ヴィルに話しかけられ、苦笑する勇者。

 当たり前だ。千年前は殺しあった仲だぞ?


 女神みたいな方がおかしいのだ。

 我は勇者の言葉に安心して……。


「ただ、アーサーを産むための子種が欲しいだけで……」

「じゃあ、そこらへんにいる適当な男の前で股を開いてこい!!」


 絶望した。

 こいつ……あの化け物を産ませるために、我を使う気か!?


 そもそも、勇者が破壊神の子を産もうとするな! 世界が混乱するわ!

 すると、くわっと怒りの表情を露わにする勇者。


「有象無象の子種でアーサーが生まれるわけないだろ! 僕の子供を馬鹿にするな!!」

「クソ……! 女神と別方向で鬱陶しい……!!」


 突っかかってくる勇者に、我は顔を歪めるのであった。












 ◆



「はぁっ……はぁっ……!!」


 怖い怖い怖い怖い!!

 部下たちを……率いていた仲間たちを見捨てて逃げ帰ってきたヒルデ。


 そこに罪悪感などは微塵もない。

 あるのは、純粋な恐怖。


 自分の身体を抱きしめ、ただただ震える。

 小さくうずくまり、涙を流す。


 怖かった。破壊神が怖かった。

 あの強大な力が……あの黒い業火が!


 後少し。少しでも転移のアイテムを使うのが遅ければ、自分は焼け焦げて死んでいたに違いない。

 それこそ、生きていた痕跡すら残せず、この世から完全に消滅する形で。


「はぁ、はぁ……! 破壊神があれだけ強いだなんて……! む、昔のまま……あの時の破壊神のままじゃない……!!」


 息を荒くしているのは、疲労からではない。

 過呼吸になりかけていた。


 恐ろしさから褐色の肌の上には大量の脂汗が浮かんでいる。

 元魔王は、小さくうずくまって泣いた。


 自分の身体を怖いものから守るように、小さく小さく……。


「……何をしているのかしら?」


 冷たい声が振り掛けられる。

 ビクッと身体を震えさせ、おそるおそる顔を上げたヒルデは、凍りつく。


「せ、精霊様……」


 そこに立っていたのは、一切の感情を映さない能面のような表情を浮かべたマルエラであった。

 怯えきって憔悴しているヒルデ。


 誰から見ても危険な状態であり、少しは心配の言葉をかけることだろう。

 しかし、マルエラがそんなことをするはずもない。


「あんたには、魔族や尖兵を率いさせて破壊神を潰しに行かせたはずよね? どうしてこんな所でうずくまってみじめに泣いているのかしら? もう終わった……ようには到底思えないわね」

「…………ッ!」


 ヒルデは答えられない。

 答えられるはずがない。


 マルエラは厳しい。もしできませんでした、なんてことを伝えれば……どんな責め苦を受けるかなんて、想像するのは容易である。

 だからこそ、ヒルデは答えられない。


 破壊神から逃れられたと思えば、精霊である。


「黙っていたら、何も分からないじゃない。まさか……」


 冷たくマルエラの目が光る。


「――――――失敗した、なんてことはないわよね?」




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