第63話 なんだこいつら
『あははははははは! クソ神だって! 殺すって! あはははははははは! バイラ、言われているわよ!』
大爆笑だな。
ヴィルの賑やかすぎる笑い声が内側から聞こえてきて、思わず眉をひそめる。
まあ、敵はこれくらい啖呵を切って元気な方がいい。
こういった者の芯をへし折るのが、楽しいのだ。
しかし、あの彼女がこんな言葉を我に向かって吐くことができるようになっているとは、少々驚いたが。
……まあ、まだ生きているということにまず驚いた。
そんなことを考えていると、我の近くから凄まじいオーラが噴きあがるのを感じる。
それは、我にしがみつく女神ヴィクトリアから発せられるものだった。
……貴様、いつまで我に引っ付いているつもりだ?
「わたくしのバイラヴァ様を殺すですって? 許しませんわ、あの痴女!!」
「お前も人のことは言えないんだぞ。自覚しろ」
ゴウッと怒りのオーラを噴き出させる女神。
痴女という意味ならば、貴様も人のことは言えん。
我が近づいただけで身体を震わせて恍惚とした表情を浮かべるのは、痴女以外のなにものでもない。
「とりあえず、女神はこの場に残れ。またあの遠距離攻撃がきたら、この村を守ってやればいい。それだけの力を持つのは、貴様くらいだしな」
我は守りながら戦うというのは、あまり得意ではない。
一方で、女神はそういったことも器用にやってのける。
先ほどの魔法攻撃を見事に受け止めてみせたことからも分かる。
あれだけの波状攻撃をいなすことができるのは、現状彼女くらいしかいないだろう。
「で、では、あたしがおそばに……!」
「いらん。必要ない。それに……貴様では、奴の前に立つのは少々酷だ」
「でも……」
カリーナがそう進言してくるが、彼女はとくに戦闘能力が優れているというわけではない。
我の隣に立って、あの軍勢を相手に戦うのは無理がある。
それに……あんな軍勢は、是非独り占めしたい。
意気揚々として攻めてきている奴ら。
そんな奴らに、我の圧倒的な力を見せつけて心を折れば……これほど楽しいことはないだろう。
しかし、どうやらカリーナは我のことを心配しているようで、もごもごと言葉を詰まらせる。
破壊神を心配とか信じられない行為だが……まあ、狂信者の彼女からすると、信仰対象が危険な戦場に向かうのはあまり好ましいことではないのだろう。
我からすると、余計なお世話だが。
「なら、僕が付いていけばいいんだね」
その時、そんな声が聞こえてきた。
ふわりとそれなりの高さから降りてきて、軽やかに着地する。
銀色の長い髪が揺れ、光を反射して輝いている。
とても可愛らしい美少女なのだが、我は顔を酷く歪ませる。
これも女神同様、壊れているからである。
「出たな。色ボケ2号……!!」
「いや、そんな警戒しなくても……。流石に状況はちゃんと見るよ。今、アーサーを産むために子種をもらおうとはしないさ」
呆れたように笑う色ボケ2号……もとい、勇者エステル。
かつては水の勇者として我と果敢に戦った勇気ある人間なのだが……彼女もまた精霊に囚われて壊れてしまった一人である。
そもそも、我から子種をもらおうとするな。
勇者だろうが、貴様。破壊神の落胤を誕生させようとしてどうする。
「しっかし、久しぶりに見る顔だなぁ。何か変わっていて……いや、あんまり変わっていないのかな? とにかく、彼女と会うのは僕と破壊神がぴったりだ」
エステルは額に手を当てて、遠くを見る仕草をする。
彼女が見ているのは、その軍勢を率いるように一歩前に出ているあの褐色の女だろう。
ああ、そうだろうとも。我も見覚えがあるからな。
確かに、この中で彼女と接点があるのは、我とエステルだろう。
女神もあるだろうが……我らの方が濃い。
「ふむ……まあ、確かにそうだな。なら、遅れず付いてこい」
「はいはーい」
のんきに手を上げるエステルと共に、我は跳んで女の元へと向かうのであった。
◆
ズダン! と地面を割りながら着陸すると、軍勢は多少なりとも動揺を見せる。
まさか、空からたった二人で攻めてくるとは思わなかったのだろう。
それなりの速度で跳んだため、人によってはいきなり現れた風に見えていても不思議ではない。
しかし、戦闘に立つ女は余裕の表情である。
……その痴女スタイルはどうにかならなかったのか?
「あら……? まさか、今になってあんたと会えるだなんて思っていなかったわゴミ虫」
我に向けて……ではなく、隣に立つエステルに向けられた言葉である。
既知の間柄であることを伝えてくるが、あまりにもひどい言葉だ。
スッと一歩前に出たエステルは……応戦した。
「うっわ。相変わらずクソみたいな性格だね。破壊神がいなかったらお前を殺していたところだよ」
「はっ! あんた程度にあたしをどうにかできるはずないでしょ。身の程を知りなさいよ。ゴミ虫ちゃん」
「あははっ! ヘタレビビりの君がよくもまあそんな言葉を吐けるようになったね。破壊神との戦争前、あんな絶望した表情を浮かべていたのに、今更調子に乗っても馬鹿みたいだよ」
なんだこいつら。
「何のことを言っているかさっぱりわからないわね、クソチビ」
「えー。もしかして、頭も悪いの? いや、悪いか。悪くなかったら、そんな恰好なんてしていないもんね。なに? 痴女にジョブチェンジしたの? 僕たち人類からすれば敵だったけど、まさか痴女になるとはねー。死んだら?」
「あんたみたいなちんちくりんにはできない恰好だものね。羨ましいのかしら? お尻だけ無駄に発達した貧乳チビちゃん」
……なんだこいつら。
「あー……マジでぶっ殺したい」
「こっちのセリフよ。不様に殺してやるわ」
「…………えぇ……。なんだ貴様ら。引くわ」
超修羅場。
近づくだけで殺されてしまうような、ギスギス……なんて生易しい表現がふさわしくない殺伐とした空間。
あれ? おかしいな。こういうのって普通一方は我のはずなんだけど……。
「いや、まあ確かにな。貴様らは潜在的には敵対関係だ。我と女神みたいなものだ。だがな、千年前はあれだけ連携して我に立ち向かってきたではないか……。あれはどこにいった……?」
そうだ。彼女たちの出自を考えると、交じり合うことはないかもしれない。
だが、その常識を覆したのが、千年前の戦争である。
彼女たちは一致団結して我に立ち向かい、その力を存分に振るったではないか。
「君っていうあまりにも強大な敵がいたからこそ成り立っていたことだよ。そもそも、人類に牙をむき続ける魔族なんてクソだし、その親玉なんてなおさらクソだよ。反吐が出る」
「人間なんてクソ雑魚ナメクジと一緒に戦ったのは、あたしの数少ない黒歴史よ。過去が変えられるのであれば、絶対に変えるわ」
…………なんだこいつら。
ビックリするくらい仲が悪くて、流石の我も苦笑い。
「……まあ、いい。貴様らの仲がどうなんて知ったことではないしな」
そうだ。とりあえず、挨拶をしよう。
久しぶりに会ったのだからな。
「さて、久しぶりだな、魔王ヒルデ」
かつて、勇者と共に我と戦った魔族の王……魔王ヒルデ。
魔族最強の女は、精霊の犬として我の前に立ちはだかったのであった。




