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第58話 どうするの、これ

 










「……また戻ってきてしまった」


 がっくりと肩を落としてベッドに腰掛けているのは、バイラヴァである。

 彼の居場所は、復活してから最初に降り立った場所……今では『バイラヴァ教』の聖地へとなっているあの村である。


 そもそも、彼にとっての拠点というものが、ここしかないのだ。

 であるならば、ここに戻ってくることは必然とも言えた。


 人が生きていく上で、衣食住は決して欠かすことのできないものだからだ。

 とはいえ、バイラヴァは破壊神である。その常識にとらわれることはない。


「そもそも、どうして我はここに何度も戻ってきているんだ。馬鹿なのか? さっさと違う場所に行けばいいじゃないか……」

「ヴィクトリアが発狂しちゃうけどいいの?」

「知らん。我の知っている女神は死んだ。あんな色ボケ女神は知らん」


 ヴィルがバイラヴァの膝の上でゴロゴロと寝転がりながら言う言葉に、しかしバイラヴァは冷たく返す。

 指で顎をくすぐると噛まれる。痛い。


「そうだ。思い立ったが吉日だ。早速出て行こう」


 すっくと立ち上がるバイラヴァ。

 ウキウキでこれからの算段を考え始める。


 精霊も二人破壊した。

 まだ他にも生き残りがいるらしいので、それを探しながら旅でもすればいい。


「……ここであの宗教の拡大を抑えた方がいいんじゃない? もう引き返せないくらい巨大化し始めているわよ」

「……え? マジ?」


 きょ、巨大化? 引き返せないくらい?

 バイラヴァは愕然とする。


 そんな馬鹿な……。教義すら教えていないというのに、いったい何故そんなあやふやな宗教が人気に……。


「そりゃあ、精霊に脅かされる人々からすれば、あんたは救世主だもん。自分を助けてくれるかもしれない人を信仰して助けてもらおうとするのは、割とあることじゃない?」

「誰が助けるか!」


 精霊は破壊するが、別に人間を助けてやるつもりなんて微塵もない。


「というか止めろと言っているだろ! 何で信仰対象の言葉を完全無視なんだ!!」

「面白いわね」

「胃が痛いわ!!」


 どいつもこいつも! と憤る。

 そもそも、宗教なんて微塵も信じていなかった連中が中心になっている方がおかしい。


 狂信者じみているカリーナが原因かと推測するが、はたと気づく。

 ……いや、ヴィクトリアだ。あいつのせいだ。


 彼女が自分の宗教を下につけたせいだ。

 ノウハウもある『ヴィクトリア教』の力を借りれば、『バイラヴァ教』を大きくすることができたのだろう。


「もう知らん。こんな所にいられるか! 我は抜けさせてもらうぞ!」

「あー……これはダメなセリフね……」


 勢いよく立ち上がる。

 膝上にいたヴィルは転げ落ちそうになるが、その前にふわふわと浮いて呆れた笑顔を浮かべている。


 バイラヴァが扉に向かおうとすると……その前に扉がこじ開けられ、何者かが飛び込んでくる。

 その勢いのまま突き飛ばされ、彼はベッドの上にあおむけで倒れる。


「ぐっ……!?」


 侵入者は飛びかかり、バイラヴァの腹部に乗っかる。

 かなり大きめの柔らかな臀部の感触もあるのだが、それ以上に襲撃されたという事実に彼は好戦的な笑みを浮かべる。


 破壊神である自分と敵対しようということ。

 なにより、それをしたのが彼女であるということ。


「……ほほう。まさか、いきなりこんな形で我の前に立ちふさがるとはなあ……。面白いではないか」


 バイラヴァの腹部に乗っかっているのは、エステル・アディエルソンだった。

 長い銀色の髪が、月光に照らされて怪しく光る。


「いいだろう。貴様との決着、ここでつけようではないか!」


 今の体勢は明らかに不利なのだが、バイラヴァは高らかに宣言した。

 千年ぶりの、水の勇者との戦闘である。心踊らないはずがなかった。


 カッと目を見開き、激しい戦闘が今幕を開ける!


「……おい。何をしている。さっさと退かんか。それとも、この状態から戦闘か? 構わんぞ?」


 一切戦闘行為をしてこないエステルを、怪訝そうに見る。

 それどころか、敵意や殺意も一切感じられない。


 だからこそ、バイラヴァは攻撃を仕掛けずに不思議そうにしているのである。

 そして……顔を上げてキョトンとしていたのは、エステルもまた同様である。


「え? いや、僕は君と戦う意思はないけど……。千年前はともかく、今は人々を虐げることはしていないみたいだし。何かすっごい崇められているよね。えぐいくらい」


 ぐにぐにとすわり心地を確かめるように豊満な臀部を揺り動かす。

 何かしら感じても不思議ではないのだが、バイラヴァは一切そういった感情を出さずに激怒する。


「これから虐げるし! 最初に『バイラヴァ教』などという邪教を信仰している狂信者どもを皆殺しにしてくれる!」

「自分の宗教と信者を邪教と狂信者って……まあ、いいや」


 呆れたように笑うエステル。

 今非常に敏感になっている話題なので、バイラヴァも憤怒状態だ。


「さっきも言ったけど、僕は君をどうこうしてやろうとかは思っていないよ。ただ、お願いをしに来ただけだし」

「……願い事を言うような体勢には見えんが、まあいい。言ってみろ。我は了承せんと思うがな」


 お願いという言葉を破壊神に向けるというのはどうなのだろうか?

 いや、命乞いとかならまだしも……。


 そう何とも言えない感情を抱きながらも、戦闘ではないのであれば何が理由だと眉を上げる。

 別に仲良くもないのにお願いとか言われて、それなりに警戒している。


「うん。じゃあ……」


 エステルは断られるなんて微塵も考えていない様子で、ニッコリと笑って言った。


「僕に子種をちょうだい?」

「死ぬがいい」

「うわっ!?」


 破壊神の魔力弾が炸裂する。

 流石は水の勇者。かなりの至近距離であったのにもかかわらず、華麗に避けることに成功した。


「ちっ」


 無事なエステルを見て、露骨に舌打ちをする。

 しかし、自分の腹部から退かせられただけでも十分だ。


 距離をとりつつ、完全に破壊してくれる。

 精霊に対するものに負けず劣らずの殺意である。


「い、いきなり何するの!?」

「こっちのセリフだ! 貴様までもバカげたことをぬかしおって……! 貴様らは精霊に弄ばれたら色ボケになるように作られているのか!?」


 ビックリしたぁっといった表情のエステル。

 そののんきさに余計イライラする。


 思い出されるのは、やはりヴィクトリアである。


「意味が分からないよ」

「我のセリフだ! 貴様まで何をトチ狂っている!!」


 へっと嘲笑うエステルに、バイラヴァは怒鳴る。

 ヴィクトリアが増えるなんて悪夢でしかない。


「ほら。アーサーがいたでしょ? 僕の子供……。望まずに生んだとはいえ、彼は僕の子供だったんだよ。でも、僕は母親らしいことは一つもすることはできなかった。彼は献身的に僕に尽くしてくれていたのにね」


 とくにかける声もないので、ただ黙って聞く。

 今のところ、おかしなところはない。


「だから、今度は最初から母親らしく、彼を慈しんで育てたいって思っているんだ」

「…………」


 ああ、ダメだ。おかしなところが出てきた。

 今から子供を産んだとしても、それはアーサーにはなり得ないはずなのに。


 もうバイラヴァの顔が死んだ。

 そんな彼の変化に気づかず、エステルはニッコリと笑って……。


「もう一度アーサーを産むから、子種ちょうだい?」

「貴様、壊れているじゃないか……!!」


 再びむっちりとした臀部で圧し掛かろうとしてくるエステルから何とか逃れる。

 激しい格闘が小さな部屋の中で繰り広げられていると、さらなる乱入者が現れる!


「ちょっと待ったぁ! ですわ!!」


 その声音と口調を聞いて、ついにバイラヴァの心も死ぬ。


「先に子種をいただくのは、わたくしですわ!」

「なんてことだ……! 馬鹿が増えた……!!」


 バーン! と荒々しく扉をこじ開けて入ってきたのは、ヴィクトリアである。

 重たげに揺れる胸に目を一切やることなく、バイラヴァは絶望した。


「えー……ヴィクトリア様お願い! 僕頑張ってすぐ産むからさ! ほら、お尻も大きくなったしいけるよ!」

「ダメですわ! まだキメラを抑えたご褒美ももらっていませんもの。わたくしが子種をもらってたくさん産むのですわ!」


 ギャアギャアと喧嘩を始めるエステルとヴィクトリア。

 一番重要なバイラヴァは蚊帳の外である。


「……どうするの、これ?」


 ヴィルがそう声をかけてくるが、もはや彼はどうこうしようなんて気持ちは微塵もなかった。


「知らん。もう知らん」

「ふて寝した……」


 ベッドにもぐりこみ、バイラヴァは睡眠の必要がないはずなのに意識を飛ばしたのであった。




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