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第49話 化け物の目

 










「ば、馬鹿な……!? 複数の勇者の力を使えるキメラを倒しただと……!?」


 脚をガクガクと震わせながら愕然とするフィリップ。

 負けるはずがない。そう思っていた。


 だからこそ、彼は逃げることすらせず、余裕の表情を浮かべながら戦いを見ていたのだ。

 仲間という以上に特別な存在である勇者と戦う、マルコの苦悶の表情を楽しそうに見ながら。


 しかし、その余裕はあっけなく崩された。

 もはや、今自分の身を守るための手段がないのである。


 じりじりと後ずさりして、少しでも遠くに離れようとして……。


「さて、次はお前だな、老人」

「ぎゃっ……!?」


 それを見逃さなかったバイラヴァに止められる。

 黒い枝の剣を振るい、フィリップの腕を切り飛ばした。


 悲鳴を上げて慌てて切断面を抑えるが、その手の隙間から大量の血が噴き出す。


「ぐおおおおおおお……!! わ、ワシの腕があ……!!」


 大量の脂汗を顔中に浮かび上がらせるフィリップ。

 その激痛は、とてもじゃないが耐えられるほどのものではない。


 のた打ち回らず気絶しなかったのは、それを許さない強烈な殺意を放つバイラヴァとマルコがいたからである。


「腕くらい安いものだろう? 貴様は今まで多くの勇者をあんな化け物に仕立て上げることに加担していたのだからな」


 ブンブンと、手ごたえを確かめるように剣を振るうバイラヴァ。

 彼は一切警戒することなく、簡単な散歩をしているかのような気安さでフィリップへと近づいていく。


 そして、目の前に立つと、剣を振り上げ嗤った。


「じゃあな。地獄でのんびりしていろ」

「ひ、ひいいいっ!? ま、待てえ! どうしてワシが……! マーウィン教皇国とその民のために尽くしたワシが……!! ゆ、勇者マルコ! ワシを見殺しにするのか……!?」


 純粋すぎる殺意。

 どれほど命乞いをしても、どれほど対価を用意しても、バイラヴァは一切聞く耳持たずに殺すだろう。


 そう確信させるほどの、無垢な殺意だった。

 それに恐れをなしたフィリップは、自分ではどうすることもできないと判断し、助けを求めたのはマルコだった。


 いや、そもそも彼を煽り、彼の師匠までも売り飛ばしているのだから、素直に助けてくれるとは思っていない。

 だが、破壊神に頼るよりは勇者の方が何万倍もマシだ。


 もしかしたら、見逃してくれるかもしれない。

 そんな希望を、わずかとはいえ抱くことができるのだ。


 そういったものを一切許さないバイラヴァにすがることなんか、できるはずもなかった。


「待て、破壊神。そいつを殺すな」

「勇者マルコ……!」


 そして、フィリップはその万が一の可能性を掴みとった。

 マルコは、バイラヴァを制止したのである。


 歓喜の涙を流さんばかりに感動するフィリップ。

 こんなにも喜んだのは、自身が教皇に選ばれて以来である。


「なんだ貴様。この期に及んでこいつを見逃そうとするのか? 我は別に構わんが、こいつはおそらくずっと似たようなことを続けるぞ。自分が悪いとも思っていないだろうし、間違ったことをしたとも思っておらん。勇者のような被害者が、これからも出続けることになるぞ」


 呆れたようにため息を吐くバイラヴァ。

 別に、彼はフィリップのしてきた所業に怒りを抱いているなんてことはない。


 生贄にされた勇者たちのことなんかどうでもいいし、またフィリップが守ってきたマーウィン教徒と教皇国ですら興味がない。

 自身と直接剣を交えたエステルに関しては多少興味があるものの、だからと言って彼女のために義憤に燃えるような男でもなかった。


 ただ、フィリップを見逃す理由もまたないのである。

 ならば、破壊する。


 そんな至極簡単な思考回路の彼は、一応警告をマルコに与えた。

 しかし、残念ながらフィリップの希望はあっけなく打ち砕かれる。


「もちろん、俺もこいつを許す気なんてないさ」

「えっ……ひいっ!?」


 スラリと抜身の剣を向けられて、フィリップは悲鳴を上げる。

 腕を斬りおとされた激痛はなおも彼を襲っているのだが、それを思わず忘れてしまいそうになるほど、マルコに剣を向けられたことは衝撃的だった。


 そして、自分の身を守るものが何もない今、勇者の殺意を向けられるのは非常に厳しいものがあった。


「お師匠様を……これまで引き渡した勇者の居場所を教えろ。俺たちは、彼らを助けに行く」


 マルコの言葉に、喉を引きつらせるフィリップ。

 それは、明らかに精霊との契約違反だったからだ。


 しかし、これを断れば本当に殺されかねなく……。


「ああ、そうだった! 精霊の居場所を吐いてもらおうか。我が精霊をまた一人破壊し、この世界の再征服に一歩近づくためにな!」


 バイラヴァは嬉々としてフィリップに話しかける。

 もはや、この老人にすら興味がなくなっていた。


 今の彼の思考のほとんどは、精霊へと向けられているのであった。


「……助けに行くんだぞ?」

「馬鹿か貴様。勇者なんて我の前に立ちはだかる敵にしかなり得んのだから、助けるはずがないだろうが」


 マルコとバイラヴァが些細な言い争いをしている。

 そんな中、こっそりと彼らから離れようとしていたフィリップだったが……当然、この二人がそれに気づかないはずがなかった。


「どこに行くつもりだ?」

「うがっ!?」


 軽く蹴られて、仰向けに寝転がるフィリップ。

 そして、顔面のすぐ横に、燃え盛る剣が突き立てられたのであった。


「いいか、教皇。俺もそれなりに怒っているんだ。あんまりふざけたことをするんだったら、本当に殺すぞ。さっさと必要なことだけ話せ」

「は、はい……」


 自分が重傷であることも忘れ、命乞いすらすることなくフィリップは素直に頷くのであった。











 ◆



 化け物は、彼らを見ていた。

 精霊によってフィリップに引き渡されたキメラの目を介して、彼の視界を見ることができていたのである。


 どうしてこのようなことができるのかということは、化け物は知らない。

 ただ、あの人の……母のためならば、遠慮なく使っていた。


 と言っても、視界をジャックして同じく見ていたのは、本当に偶然だった。

 彼らがいるとは知らなかった。


 化け物がこういう風に他のキメラの視界をジャックすることは、精霊が近づいてきて母を狂乱させない限り、よくやっていることだった。

 それは、母をこの薄汚い場所から解放し、共に世界を見て回る時のため。


 一緒に楽しく世界を旅するため、その時に案内を務めることができるようになるため。

 そんな幸せな未来を夢見ながら、化け物は決して外に出ることのできない母の隣に寄り添い、夢想するのであった。


 たとえ、その母から忌々しそうな目を向けられていたとしても。

 それでも、彼にとっては唯一の母なのだ。嫌われているからといって、嫌いになれるはずがなかった。


 いや、他に彼女から生まれた兄妹たちは、一切母のことを慮ることなく精霊のペットに成り下がった。

 そのことを考えると、異質なのは自分なのかもしれない。


「――――――」


 だが、それでもいいのだ。

 嫌われても、避けられても、彼は母に寄り添い守る。


 そして、それが可能な男を、ようやく見つけることができたのだ。

 破壊神バイラヴァ。その力は、離れた場所にいる化け物にも伝わるほど強大なものだった。


 あの力が……あれだけの力があれば、母を救い出すことができるかもしれない。

 精霊の暴虐から逃げ出し、自由で広い世界を共に旅をすることができるのかもしれない。


 そんな希望を持たせてくれるような、男を見つけたのであった。

 彼をここまで誘導しなくてはならない。


 母の側から離れることはできないが、何とかして……。


「おいーす! また来たぞー!」


 そんな化け物の考えを遮るように、精霊アラニスが現れたのであった。




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