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第48話 ただ振っただけ

 










「ふっ……!」


 マルコが迎え撃つように剣を振るう。

 ガギン! と耳を塞ぎたくなるような金属音が鳴り響き、ギャリギャリと火花を散らしながらしのぎ合う。


 圧倒的な体格差があり、またキメラは上から飛び上がって振り下ろすという優位性があるにもかかわらず、こうして拮抗しているのは流石としか言いようがない。

 だが……。


「ちっ……!」


 本来であれば存在しないはずのもう一つの剣を持つ腕が横なぎに振るわれ、マルコは舌打ちをする。

 押しあっていた剣を強く払って飛びずさる。


 ギリギリのところで横なぎに振るわれた剣を避けることに成功した。


「腕が複数あるのは面倒だな……」


 今までの彼の経験の中で、複数の腕を持ってそれぞれ剣を振るってくるような敵とは相対したことがなかった。

 手数が倍も違うのは、なかなか戦いづらい。


 一方で、バイラヴァにもキメラの攻撃は襲っていた。

 ギュアッ! と唸りを上げて首を狩らんとするキメラ。


 鋭い斬撃だが、それを見るバイラヴァは笑みを浮かべていた。

 振り下ろされる剣に手のひらを合わせようとする。


 無残に斬り飛ばされるであろう愚かな行為だが、もちろん破壊神にその常識は通用しない。

 黒い魔力が集まり、それによって返り討ちにしようとして……。


「むお?」


 バチン! と弾かれる。

 キメラは悲鳴を上げながら地面に倒れこむが、すぐさま跳ね起きる。


 今度は大したダメージを負っている様子はない。

 キメラの持つ剣には、綺麗なままだった。


「我の力でも壊せないとは、なかなかのものだな。もしかして、あれは全部勇者が使っていたメインウェポンか?」


 かつて、多くの人々を救うために振るわれ、勇者の窮地を助けてきた名剣の数々。

 それが今、醜悪な老人一人のために振るわれているのだとすると、何とも悲しいものがあった。


「それだけではないぞ。もちろん、かつてのように全ての力を発揮することはできないようじゃが……それでも、その一部を扱うことができるのじゃ」


 そのフィリップの言葉に応えるように、キメラは一本の剣を突き刺した。

 そして、胴体から生えている人間の顔がカッと輝き、口を開く。


「凍れ!!」


 突き刺した剣から一斉に広がるように、氷が大地を覆った。

 バキバキとそれはバイラヴァとマルコの両脚を地面に縛り付けたのであった。


 身動きのとれなくなった二人に、キメラは襲い掛かる。


「くっ……!?」


 マルコは炎の勇者だ。

 凍りついた脚を溶かし、何とか抜け出すことに成功する。


 だが、バイラヴァは逃げ出すことができず……。


「ふん!」


 振るわれる剣に拳を合わせて弾く。

 だが、数が違う。


 バイラヴァは二本の腕に対して、キメラはそれ以上。

 剣が弾かれて通用しないのであれば、硬い拳を握って破壊神を殴りつけた。


 ラッシュである。


「は、破壊神!」


 潜在的には敵であるはずなのだが、思わず心配の掛け声を発してしまうマルコ。

 屈強な太い腕が何発もバイラヴァの身体に叩き込まれている。


 それは、マルコが受ければおそらく再起不能になってしまうのではないかと想定されるほどのラッシュだった。


「ちっ! ウザったい!」


 しかし、バイラヴァは多少の怪我を負いながらも、倒れることはなかった。

 彼はガッと腕を跳ねあげると、こちらを殴り続けていた複数の腕を一気に跳ねあげさせた。


 すると、無防備にさらされるキメラの胴体。

 そこに生えてある顔面に、バイラヴァは拳を叩き込んだのであった。


「ぎゃああああああああああああああああああ!?」


 血を噴き出し絶叫する顔面。

 ふわりとキメラの身体が浮いて、地面に倒れる。


「お、お前! 顔面を殴るのはやりすぎだろ!」

「喧しいわ! 我の方がやられすぎだわ!」


 マルコとバイラヴァがそんな言い争いをした、次の瞬間だった。


「え……?」


 ふっ、と地面に倒れる寸前だったキメラの姿が、消失したのである。

 まるで、最初からそこにいなかったかのように……。


「き、消えた? ダメージを受けすぎて、消滅したのか……?」

「キメラがそんな消え方をするか? それに、まだそれほどダメージは与えていないぞ」


 懐疑的な姿勢を崩さないマルコとバイラヴァ。

 アンデッドなどは一定以上のダメージを受ければ消滅することもあるが、キメラがそのような倒され方をするとは知らない。


 また、そうなるほどのダメージも、未だに与えられていないはずだ。

 何よりも、そんなキメラに頼ることしかできないはずのフィリップが余裕の笑みを維持していることからも、まだ戦いは続いていることが分かる。


 二人は警戒を緩めることはなかったが……。


「ぐっ!?」

「うわっ!?」


 唐突に衝撃を受け、マルコは思わず倒れてしまう。

 バイラヴァも大きくのけぞるが、何とか致命的な隙をさらすことはなかった。


 攻撃を受けた。それは理解できている。

 だが、その攻撃を仕掛けたであろうキメラはどこだ?


 二人の目には、その姿を捉えることができなかった。

 攻撃を見ることができなかったのであれば、まだ理解できる。


 だが、姿そのものを捉えることができないというのは、かなり不思議で理解ができない。

 目にもとまらぬ速さで動き回っているのか?


 であるならば、何かしら音がするだろうし、それがあれば卓越した経験と技術のある二人なら戦うことができるだろう。

 だが、それもないのである。


「ふふふっ! 言ったじゃろう? そのキメラは、複数の勇者と魔物の集合体。勇者の力を扱うことができると」


 フィリップは厭らしい笑みを浮かべながら語る。

 それを聞いて、二人は理解する。


 キメラは高速で動き回っているのではない。

 かつて、人々を救っていた勇者の能力として、知覚されないというものを行使しているのだと。


「消える能力を持つ勇者だと? それはもう暗殺者だろ! 勇者の持つ力ではないわ!」

「だが、強力だ……!」


 どこから攻撃がくるのかもタイミングも分からないので、その準備やカウンターをすることさえできない。

 何の予兆もなく衝撃を受けるのは、その者に大きなダメージと恐怖を与える。


 破壊神と勇者という強靭な精神力を持つ二人だから後者は大丈夫なものの、ダメージは確実に蓄積されていく。


「うぐっ!?」

「がはっ!」


 見えない敵から一方的に攻撃を受け続ける二人。

 視認することができないので、構えることすらできないのだ。


 どんどんとダメージが蓄積されていき……。


「ええい……! 勇者ぁ!」

「ああ、任せろ!」


 普通ならこのままなぶり殺しにされるだろう。

 だが、この二人は常人とは違う。


 かつて多くの人々を救った炎の勇者と、世界を征服寸前まで陥れた破壊神なのである。

 マルコはバイラヴァの怒声に応えるように、大きく剣を振り上げ、地面に突き刺した。


「燃えろ! 『炎周』!」


 すると、キメラによって凍らされていた大地が、一気に溶けて本来の土を露わにする。

 それだけでは終わらない。


 地面から真っ赤な炎が噴き出し、煌々と燃え始めたのである。

 それは、マルコを中心にして円を描くようにして広がっていった。


「ぎゃあっ!?」


 すると、姿を消していたキメラが悲鳴を上げて正体を現した。

 ダメージを受けて心が落ち着いていなければ、解除される能力のようだ。


 それこそ、勇者であった時の強靭な精神力があれば耐えることができたのかもしれないが、キメラとして成り下がり自分の意思が希薄になっている勇者では維持することができなかった。

 燃え盛る炎から少しでも身体を遠ざけようとして跳ねまわるキメラ。


 だから、彼の懐にバイラヴァが忍び込んでいたことにも、気づかなかった。


「じゃあな。今度はこんな老害に利用されないように気を付けるんだな」


 ニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべながら忠告するバイラヴァ。

 彼の手には、かつてマルコを斬り伏せた木の枝が握られていた。


 それは、どんどんとどす黒い魔力がまとわりついていき、ついには禍々しい剣ができあがる。


「貴様らはよく剣を使うからな。剣で殺してやろう」


 そして、バイラヴァは横なぎに剣を振った。

 キメラの胴体が上下に別れる。


 ふわりと宙に浮きながら愕然とするキメラに取り込まれた勇者たちの顔。

 しかし、自分たちがようやく倒され、解放されるということを知った彼らは、ホッと安堵の笑みを浮かべるのであった。


 今までなら彼らが助け、そういった目を向けられていたというのに、まさに真逆だった。

 他人に助けられるということに大きな喜びを覚えながら、彼らはバイラヴァが振るった後に発生した黒い斬撃に飲み込まれて消滅するのであった。


 ドン! と衝撃が走る。

 キメラを飲み込んだ黒い斬撃は、それだけでは足りぬと大地を削りながら暴れまわり、ようやく空へと伸びあがって霧散した。


「ただ振っただけなのだが……。少しずつ力は戻ってきているな」


 その結果を見て、バイラヴァは満足そうな笑みを浮かべるのであった。




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