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第42話 禁忌中の禁忌

 










「やはり、知り合いか? 貴様に執着していたようだしな」

「……いや、違う。違うはずだ。俺は、あれを見たことは生前も合わせて一度もない。そ、それに、ユリアは普通の人間で……」

「人間? あれが?」


 その言葉に、バイラヴァとしては悪意があったわけではなかった。


『あー……何となく変な感じがしていたけど、そういうことね。やっとわかったわ。……なかなか惨いことするわねぇ……。バイラですらしたことないわよ、そんなこと』

「何か分かるのか?」

『あの化け物に、魂が複数感じられるわ。一つの身体に一つの魂。これが、この世界の理で原則の原則。それなのに、よ?』

 ヴィルの声音には、忌避の色が多分に混じっていた。

 それは、目の前の存在にではなく、その存在を作り出した黒幕に向けられる忌避だったが。


『それに、その魂は魔物のものや動物のものも混ざっているけど、一番大きいのは人間の魂よ。それも、三つ。異種族を無理やり合成して一つの生き物として生み出す禁忌中の禁忌……キメラね』

「嘘だ!!」


 バイラヴァからヴィルの知識を伝えられたマルコは、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。

 いや、裂けてくれた方がまだ冷静になれたかもしれない。


 だって……だって、もしその知識が正しいとすれば……。


「ひっ……」


 自分が斬りおとした化け物の腕を見る。

 その鍛え上げられた筋肉のついた逞しい腕は、自分と肩を並べて苦難に立ち向かってくれた戦士のアンドレのもの。


「ひっ、ひっ……」


 自分を攻撃してきた雷撃を思い出す。

 あの強力な稲妻は、困ったときにいつも助けられた強力な後方支援をしてくれた魔法使いレスターのも。


「~~~~ッッ!!!!」


 そして、こちらを見て涙を流す化け物の目は、大きくて丸い月が天にあった夜に、初めて想いを通じあわせることのできた時の彼女の……僧侶のユリアの目を思い出させて……。


「そんなはずが、あるかぁぁぁぁっ!!」


 その考えを振り払うかのように、声を張り上げる。


「だって……だって、まだあいつらは召喚されていないはずで……!」


 教皇は行っていた。

 勇者の仲間たちを召喚するためには、絆が必要だと。助けたいと思う心が大切だと。


「そう思うのであれば、どうして我の攻撃を止めた?」

「…………ッ!!」


 バイラヴァに言葉に喉を詰まらせる。

 そうだ。本当に彼らが関係ないと考えているのだとすると、どうして彼の攻撃を止めた?


 あれだけの力を持っているならば、その一撃であの化け物をしとめることもできたかもしれないのに。


【マル、コ……】


 涙をボロボロと流しながら彼の名前を再び呼ぶ化け物。

 やはり……やはり……!


「貴様にどのような事情があるのか。あの化け物と貴様がどのような関係なのかは知らん。だが、敵として立ちはだかるのであれば、破壊するだけよ」


 再びバイラヴァの手に強大な魔力の渦ができ始める。

 それは、誰が見てもあの化け物を一撃で屠ってしまうことができるほどの力が秘められており……。


 そう直感したマルコは、とっさに彼の前に立ちはだかっていた。


「ま、待ってくれ! 殺さないでくれ! あれは……あれは……!!」


 認めたくない。

 だが、こちらを見て涙を流す目は、太く鍛えられた逞しい腕は、自分たちの窮地をいつも助けてくれたあの魔法は……。


「俺の、大切な仲間なんだ!!」


 涙を流して懇願するマルコ。

 顔をくしゃくしゃにしているのは、勇者のそれとは思えないかもしれない。


 だが、心の底から仲間のことを考えた一人の人間の顔だった。


「知るか! 貴様の仲間とか我の知ったことではない!」

「頼む! お願いだ! あいつらは……俺にとって、自分の命よりも大切なんだ!!」


 しかし、当然ながらマルコの懇願はバイラヴァには届かない。

 彼からすると、今は共に行動しているだけでマルコは敵だろうし、そんな敵の仲間を助けたいと主張されても認めるはずがなかった。


 彼を上手く説得する言葉は出てこない。

 それなら、マルコはただしがみつくことしかできなかった。


 バイラヴァの腕にしがみつき、腕をブンブンと振りほどくように動かされてもなお離さない。

 そんなことを続けていれば……。


「ええい! 分かったから離せ! 気持ち悪いわ!!」


 あの破壊神が、折れたのである。

 確かに、彼は破壊することは好きだが、別に他人の嘆き悲しむような姿を見たいというわけではなかった。


 自分に怯えて畏怖しているのは大好きだが。


「ただ、無傷で貴様の仲間を抑えられるとは思うなよ。少なくとも、我にそんな器用なことはできん。破壊しかできん破壊神だからな」

「ああ、俺も分かっているさ……!」


 バイラヴァの言葉に、言葉にはしないものの感謝が溢れ出すマルコ。

 涙をぬぐい、剣をとる。


 ズシズシと人間の手や足で歩いてくる化け物。

 その中に大切な仲間たちがいると考えるようになると、自分たちを攻撃するために近づいてきているというよりも、自分たちに助けを求めて近づいてきているように感じる。


 だから、多少痛い思いをさせてしまうことになったとしても、彼らを助けてあげなければならない。

 その強い決意で、マルコは化け物の懐に飛び込もうとして……。


「うふふ。バイラヴァ様はこんなに優しい方でしたの? 千年前にも知っていれば、少し違ったことになっていたかもしれませんわね」


 からからと鈴が鳴るような女の声が響いた。

 それは、先ほどまでげんこつで目を回していたヴィクトリアであった。


 シーツで豊満な身体を隠している姿は、空からこぼれてくる月光もあいまって、まるで絵画のような美しさがあった。

 豊穣と慈愛の女神にふさわしい。


「色ボケ女神。貴様、起きていたのか」

「酷いですわ。……まあ、とくに言い返すことはできませんけれど」


 そんな彼女を見ても、バイラヴァの感想はそれである。

 彼女も数百年の拷問と収容で色々と壊れてしまっていることは自覚しているので、強く否定することはなかった。


「今回はバイラヴァ様のために一肌脱ぎますわ。何なら全部脱いでもいいのですけれど!」

「それはいらん」


 むふんとバイラヴァにだけ見えるようにシーツをめくるが、彼は煩わしそうに目を細めるだけだった。

『つれない人……』と呟きながら、ヴィクトリアは化け物に神の力を行使する。


 タン……と地面を素足で叩く。

 すると、化け物の周りの大地が隆起して形を変え、まるで触手のようにおぞましい身体にまとわりついて行く。


 化け物も暴れて雷撃などを打ち放ち大地の触手を破壊していくが、その元となるものはいくらでもあるので次から次へと生えてくる。

 次第に破壊しきれなくなったものが、化け物の全身を覆ってく。


 ピクリとも身体を動かせなくなった彼らを覆うように、再び大地が隆起して檻を作り出す。

 巨大な檻は頑強な岩でできており、化け物でも破壊することが難しそうだ。


 そして、最後に綺麗な植物が檻に生えていく。

 化け物が雷撃を放とうとすると、檻の中で急速にそれがしぼんでいくと同時に、植物に光が宿って花が咲く。


 化け物の発する魔力を吸収して、魔法を撃てないようにしているのである。

 そうして、化け物を拘束する美しい花の檻ができあがったのであった。


「こ、これは……」

「永遠に……とはいきませんけれど、しばらくの間はこうして抑え込むことはできますわ。正直、キメラを解体して元に戻すことはできないとは思うのですけれど……あなたのお仲間はすでに死んでいて魂だけを囚われている状況ですから、もしかしたら何か策があるかもしれませんわ」


 マルコは愕然としていた。

 これが、女神の力か。


 エステルとは違い直接見たことはなかったが、なるほど彼女から教えられるよりも凄いものだった。

 問題は、キメラから仲間たちの魂を取り出すことができるのかということだが……肉体を取り戻すことはできないが、魂だけならなんとかすることができるかもしれない。


 マルコは初めて死んでいてよかったと思わせられるのであった。


「ありがとうございます、女神様。俺はこれから……話を聞いてきます」


 スッと立ち上がり、彼の鋭い目が見据えるのは、教皇の座す大教会。

 予定では警備の硬いそこに突撃することはせず、多少なりとも緩くなるであろう教会への巡行の際に接触しようとしていたが……もはや、我慢することはできなかった。


 自分の仲間たちが、どうしてキメラになんてなってしまっているのか。

 歴代勇者のこともあわせて、聞くべきことが増えてしまった。


「全部話してもらうぞ、教皇……!」


 マルコは、ギリッと強く歯を噛みしめて決意するのであった。


「バイラヴァ様! わたくし、役に立ちましてよ! 色々なところを撫でて褒めてくださってもよろしいのですわよ!」

「ええい……こいつはどこまでも……!」


 その決意が色々と揺らいでしまいそうになる光景が後ろで広がっているが、彼は決して目を向けないようにするのであった。




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