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第40話 脳内ピンク女神

 










「というか、貴様この街を顔を隠さず歩いているが、大丈夫なのか? 面が割れているのに我らと一緒に歩いていたら、馬鹿みたいだろ」


 勇者はこの国によって死後の世界から召喚されている。

 せっかく潜入という形を我慢してとっているのに、彼がばれてしまっては何の意味もない。


「大丈夫だ。俺のことを知っているのは、教皇とその側近のようなトップクラスの人間だけ。勇者がよみがえるなんてことを知られたら、大変なことになるからな」


 まあ、それならいいが……。

 別に、ばれたところで知ったことでもないしな。


 そうなったらそうなったで、最初に我が考えていた通り暴れまわればいいだけの話だ。

 いや、暴れなくても、教皇のところに行って話を聞きだせばいい。


 しかし……。


「良い街だな」


 基本的に破壊することしか頭にない我だが、そんな我でも思わずつぶやいてしまうほど、ヘルムセンは良い街だった。

 多くの人の往来があり、活気にあふれている。


 人によってどういう判断基準で良い悪いを考えるのかということもあるが、少なくともこの街は誰をも受け入れているはずなのにとても治安が良さそうだ。

 まず、人が皆笑顔を浮かべている。


 これは、我が復活してから……いや、復活する前でも見たことがなかったほどだ。

 千年前は我との戦争があったし、今は精霊の権威を借りて尖兵が好き勝手しているからな。


 強奪、暴行など、考え得る限りの犯罪をされていることから、明日も生きていく確信を持てない人々は、皆笑顔なんて浮かべていられない。

 それなのに、ヘルムセンに住む者は……いや、マーウィン教皇国に入ってから見る者たちは、皆笑顔を浮かべて今ある日々を楽しそうに生きていた。


 このことから分かるのは、この国が尖兵や精霊の脅威を受けていないということである。

 安心で、快適な街……。思い出されるのは、やはりアールグレーンが支配していた街だろう。


 街のトップであるアールグレーンが精霊と協力して女神を捕らえたことから、あの街にいられる限り精霊の脅威から除かれる。

 そう考えると、このヘルムセンの……いや、マーウィン教皇国のトップが精霊とつながっているということも十分に考えられるだろう。


 逆に、それ以外で精霊の脅威から免れる方法がわからない。

 強大な軍事力を持っており、尖兵が暴れてもすぐに制圧でき、精霊と戦うことができるほどの力があるのであれば話は変わってくるが……少なくとも、我はこの国に入ってきてそのような軍隊がいることは確認できなかった。


 歴代勇者という強大な戦力はあるが……それらが今は何をしているのかということは、我もそれなりに興味があった。


「少しいいか? この街は……いや、この国は精霊や尖兵の脅威に怯えていないように見えるのだが……それは何故なんだ?」


 近くに屋台を立てていた男に問いかける。

 客でもないのに、店主は人の良さそうな笑みを浮かべて答える。


「ああ、簡単ですよ。それは、マーウィン様のご加護があるからです」

「ほう……。調停の神と聞いたが、人を守ることもできるのだな」


 店主は考えるまでもなく、即答した。

 それ以外に考えられない。それが当たり前だと考えているように。


「皆さんはマーウィン教徒ではなさそうですね」

「ええ、観光ですわ」


 女神が答える。

 こういうことは全部任せたい。


「ははっ、そうでしたか。でも、『マーウィン教』はとても素晴らしいですし、マーウィン様も私たちを守ってくださいますよ。だからこそ、最初は観光で来た方も入信する方が多いんです。皆さんと一緒の神を信仰できることを、楽しみに待っていますよ」


 そう言って、店主は我らを見送った。

 ふーむ……アールグレーンの所と違い、信仰を強制されることもないようだ。


 まあ、ここに長期的に住むのであれば、信仰は不可避なのだろうが……それでも、優しい宗教なのは事実なのかもしれない。


『すっごい信じているわね。微塵も疑っていなかったわ』


 ヴィルの言葉に、我も同意する。

 アールグレーンの街とこのヘルムセン。それぞれの宗教の信者でなければ住むことができないというのは同じである。


 だが、そこに住む人々に違いがある。

 アールグレーンの街では、信仰を強制されている者が少数とはいえ存在していたのだが、ヘルムセンではそれが強制されているということがまったくないのである。


 皆、心から望んでマーウィンを信仰している。

 神である我は調停の神なんて存在しないことは分かっているのだが、人間たちからすると、我らもまた同じだろう。


 四大神のうち三柱が捕らえられたり姿を消したりで数百年現れていなかったし、我も封印されていた。

 同じく見ることのできない存在なので、マーウィンも我らも同列だろう。


 まあ、それはどうでもいいことか。

 我は、こちらにブンブンと手を振ってくる女神の元に向かうのであった。


「バイラヴァ様~! 早くいらしてくださいまし! あなたが近くにいないと吐いてしまいそうですわ!」


 何で潜入に参加したんだ、あいつ。











 ◆



 その後の聞き取りで、とある教会に教皇がやってきて祈りをささげるということがわかった。

 ヘルムセンはマーウィン教皇国の首都ということもあって、教皇の住まう大教会がある。


 そして、いくつもの教会が点在しており、定期的に最高権威の教皇が祈りを捧げにやってくるという。

 流石に、他人にも優しい『マーウィン教』とはいえ、大教会はがっちりと警備が固められており、それこそバイラヴァの主張するような力技でもない限り忍び込むことはできなかった。


 そこで、三人は教会にやってくる教皇に接触することにした。

 もちろん、異教徒どころか異教の神であるバイラヴァとヴィクトリアなら話もさせてもらえないだろうが、勇者であるマルコがいれば話は変わってくるだろう。


 そこまで考え、三人は日も暮れたこともあって、一日宿で明かすことにしたのであった。

 そして、その割手られた一室で……。


「さあ! 夫婦らしく、新婚初夜を迎えましょう! わたくしの準備は万全ですわ!」

「クソが! こういうことを防ぐために三人部屋にしたのだろうが!!」


 ヴィクトリアとバイラヴァが激しい格闘を繰り広げていた。

 もちろん、神同士の激突というわけではないのだが、ベッドの上であおむけになるバイラヴァに上から襲い掛かるヴィクトリア。


 何とも凄まじい攻防である。

 ヴィクトリアは金色の豊かな髪を振り乱し、顔を真っ赤にさせて目にもハートマークが浮かび上がり、よだれを垂らしつつ襲い掛かっていた。


 一方で、バイラヴァは必死の形相で手を伸ばしてくる彼女から逃げている。

 絶世の美女に襲われてこうまでも嫌がるのはいかがなものかとも思うが、マルコもあの状態のヴィクトリアに襲われたら必死で逃げるだろうなと他人事のように考える。


「初めてが見られながらだなんて……興奮しますわ! バイラヴァ様の性癖も受け入れられますわよ! さあ、ウェルカム!」


 バイラヴァのお腹に馬乗りになると、『んばっ!』と豪快に服を脱ぎ捨てるヴィクトリア。

 マルコが見たこともないような巨大な二つの果実が激しく揺れるが、彼は見てられないと目を逸らした。


 女神が……豊穣と慈愛の女神が、完全に壊れてしまっていた。

 そのショックは計り知れない。


 彼自身は千年前の彼女を知らないのだが、師であるエステルはヴィクトリア教徒でなくとも慕っていたほどだったので、エステルには見せられないと思うのであった。

 そうして、背を向けて歩き出す。


 目指すは、扉である。


「ふざけるなよ脳内ピンク女神が! おい、勇者! こいつを……!!」

「夫婦の契りをぉぉぉ!!」

「ぬおおおおおおおおおおっ!?」


 どったんばったんと凄まじい音を立てながらベッドの上で近接格闘を続ける二柱の神を置いて、マルコは部屋の外に出た。

 神同士の戦闘に、いくら勇者と言えども割って入る自信がなかった。


 それに、破壊神だから助ける必要なんてまったくないし。

 部屋の外に出れば、そこは廊下である。


 しばらく歩けば、開かれた窓があった。

 そこに肘をかけ、夜空に浮かぶ大きな月を見上げる。


「はぁ……」


 深くため息を吐くマルコ。

 どうして、自分は死んだ後に世界の敵である破壊神と共に行動しているのか……。


 死ぬ前は、一切予想できなかったことである。


「あいつらと、また会いたいな……」


 マルコの脳裏に浮かぶのは、生前共に旅をして悪を倒して回った仲間たちである。

 彼らがいたからこそ、自分は死ぬまで戦い続けることができた。


 こうして、共に月を見上げて語り合ったことも何度もある。

 戦士のアンドレとは、お酒を飲み交わしながら戦闘や武器について話し合った。


 男気のある兄貴分で、戦闘でも頼りになるのでマルコはとてもよく慕っていた。

 魔法使いのレスターからは、恋の相談を受けたことがある。


 彼は慣れていないと言っていたが、マルコだってその時は誰とも付き合っておらず、経験だってなかったものだから大変だった思い出がある。

 そして、僧侶のユリアとは……想いを伝えあった。


 その次の日には、アンドレとレスターから『やっとか』と言われて憮然とした。

 それも、全部月の綺麗な夜の思い出だ。


 歴代の勇者は死後も召喚される。

 だが、その仲間たちは少し異なっており、勇者との強い絆と死後も勇者の力になりたいという献身の想いが必要なのだと、マルコは教皇から聞いていた。


 彼らは、自分のために召喚されてくれるのだろうか?


「……来てくれるだろうな」


 ふっと笑みを浮かべるマルコ。

 彼は自分の仲間たちのことを強く信じていた。


 自分だって、彼らが求めればどこにでも駆けつけて、誰が敵だろうと戦うだろう。

 そして、それは仲間たちも同じだ。


 そう確信できてしまうほど、マルコと仲間たちには強い絆が結ばれていた。

 そんなことを考えていると、また少し遠くから『ぎゃあああああああああ!』という悲鳴が聞こえてくる。


 男のものだったので、ヴィクトリアが非常に優勢に戦っているようだ。

 それを聞いて、思わず噴き出しそうになってしまう。


 バイラヴァは破壊神で、その強大な力は脅威そのものだ。

 だが、どうにも憎むことができない不思議な魅力があった。


 今の時代で、彼が世界を脅かすような破壊を行っていないということが大きいだろうが……マルコの人の良さがにじみ出ていた。


「ふん。破壊神だが、今だけは助けてやるか」


 だからこそ、悲鳴を上げている破壊神の元に苦笑しながら向かおうとする。

 身体を翻し、部屋へと戻ろうとするマルコ。


 そんな彼の背後に、月を背にするように化け物が現れた。

 化け物は、触手のような腕を振るい、マルコに襲い掛かったのであった。




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