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第39話 お父さん

 










 マーウィン教皇国は、来る者を拒まない。

 入国することに金銭を支払う必要もなく、他の国々と比較してとても優しい国だと言うことができるだろう。


 だからこそ、精霊が侵攻してきて以降衰退の一途をたどっている四大神を崇める宗教と違い、マーウィンを崇める彼らの勢力は大規模に膨れ上がっていた。

 教皇国の中の都市に入る際に、多少質問をかけられるだけであり、よっぽど怪しかったりしない限りは難なく入ることができる。


 ということで、我らもその長い長蛇の列に並び、質問されることを待っていた。


「……ちっ。どうして我がこんな礼儀正しくルールを守らねばならんのだ。今からでも力で押し入ったらいいだろう」


 我は長時間並ばされているということに、非常にイライラしていた。

 攻撃したら短時間で一気に押し入ることができるのに……。


「そんなことしたら、案内も絶対にしないからな」

「ふん。貴様などもう用済みよ。さっさと元いた場所に戻れ、亡霊」

「なんだと!?」


 睨み合う我と勇者。

 ……しかし、勇者と肩を並べて大人しく立っているなんてことが起こるとは、千年前だと想像もできなかったな。


 世界を征服しようとする我とは、絶対に相いれることのない存在だからな。


「もう。せっかくここまで来たのですから、最後まで頑張りましょう、バイラヴァ様。ね? 頑張ったら、わたくしを使ったご褒美を上げますから……」


 ピリピリとした空気を流す我と勇者の間に割り入ってきたのは、女神である。

 ここしばらくは、彼女が緩衝剤のようなものになっていた。


 後半は、退廃的なドロドロとした色気を発して我にしなだれかかってくるが……。


「いらん。むしろ、頑張りたくなくなった」


 ぐいっと彼女の頭を押し返せば、「ふにー」とヘンテコな悲鳴を上げる女神。

 はあ……しかし、この教皇国とやらはそんなに人気なのか。


 国の中に入ってからというものの、驚いたことに精霊の尖兵の脅威に怯えているような人は誰一人としていなかった。

 アールグレーンのところもそうだったが、あれは街の単位である。


 国の単位として脅威を受けないというのは、なかなか異端なのではないだろうか?

 だからこそ、人も集まっているのかもしれない。


 今の時代、尖兵の脅威に当てられないで生活ができるというのは、とても重要なことなのだろう。


『あ、バイラ! あいつら横入りしたわよ!』

「貴様らぁ! 我が並んでいるのにどうしてちゃんと並ばんのだぁ! ぶっ壊すぞ!!」


 ヴィルの言葉通り、我より先の場所に横入りした愚か者に怒鳴りつける。

 破壊神としての威圧感を全開にしたため、その不埒者は悲鳴を上げて逃げて行った。


 イライラさせやがって……!

 そんなこともありながら、すり寄ってくる女神を引き離しながら列を並んでいると、ついに我らの順番に回ってきた。


「マーウィン教皇国の教都ヘルムセンへようこそ! ここに来られるのは初めてですか?」

「ええ、そうですわ」


 にこやかに声をかけてくる門番に応対するのは女神である。

 我は穏やかでスムーズな会話ができそうにないからな。


「では、簡単な質問にお答えいただきます」


 そう言って、聞かれたのは名前である。

 我や女神、そして勇者の本名をそのまま告げると、あまり知られているはずはないとしてもマズイことは分かっていたので、多少の偽名を答える。


 これは、ここに来る前に決めていたことなので、非常にスムーズだった。

 とくに、身分証明をするものを渡すわけでもないので、これは疑われることもなく突破できた。


 次に、やってきた目的を聞かれ、女神がニコニコと笑いながら観光と答える。

 それも、特に疑われることなく進められた。


「はい。分かりました。それでは、お通りください」

「それくらいでいいのか? 自分で言うのもなんだが、我らが危険な思考を持っていたとしたら、大変なことになるぞ?」


 別に聞かなくてもいいことなのだが、どうしても聞きたくなってしまった。

 実際、我らはこれから勇者のことを教皇に尋問しようとしているのだから。


 しかし、門番は危機感のなさそうな緩んだ笑みを見せる。


「ははっ、そうですね。もし、都市内で犯罪などをされれば、こちらで書き留めた情報とあわせて、二度と入場することができなくなります。それでも、最初にやってきた人が悪人だと防ぐことはできませんが……そういった人々もまずは受け入れるのが、『マーウィン教』なのですよ。だから、これでいいのです」

「……そうか」


 ヤバそう。

 随分と優しい宗教のようだ。アールグレーンにも見習わせたいものだな。


 それに、一応とはいえ、犯罪者が入って来られないような制度は作っているようだ。

 まあ、我は教皇から勇者のことを聞いたら二度とここに来るつもりはないから、まったく問題ない穴だらけの制度だが。


「あ、すいません。最後に、皆さんの関係をお教えいただいてよろしいですか!?」


 教都ヘルムセンに入ろうとした我らの背中に声をかけてくる門番。

 か、関係?


 女神は……世界を懸けて殺しあった仲?

 勇者は……つい先ほど殺しあった仲?


 ……どうして我らが今一緒に行動しているのかわからん間柄だな。


「ふっ。ここは、わたくしにお任せくださいまし」


 どう答えようかと悩んでいると、女神がドヤ顔を披露しながら一歩前に出た。

 ……大丈夫なのか? こいつ。


 とはいえ、我では適切な答えが出てきていなかったのも事実。

 我は彼女に任せることにした。


 女神は我の信頼の目を向けられ、少し身体をぶるっと震わせるとそのまま大きな胸を反らし、我の方に手を向けて口を開いた。


「夫です」


 任せるべきじゃなかった……!

 なに誇らしげに胸を張っているんだ……!?


「妻です」


 唖然とする我を差し置き、自分の胸に手を当てて自己紹介する女神。

 そして、同じく唖然としている勇者を指さし……。


「息子です」

「!?」


 ぎょっと目と口を開ける勇者。

 声を張り上げたいのだろうが、ここでそんなことをしてしまえば嘘であることが明白になってしまう。


 エステルのことを考え、何とか飲み込んだのだろう。

 というか、世界を守る存在が世界を破壊する存在の息子とか、とんでもないことだ。


「随分とお若いですね……」

「ふふっ、お世辞でも嬉しいですわ。こう見えて、わたくしと夫はかなりの年齢ですのよ」


 口元を隠して笑う女神。

 確かに、我と女神は千年以上生きているし、この勇者も数百年前の人間だが……。


「ははー……そういうこともあるんですねぇ。はい、わかりました。ご協力、ありがとうございました。マーウィン教皇国教都ヘルムセンでの観光、是非お楽しみくださいませ!」


 そう笑う門番に見送られ、我らはヘルムセンへと入っていくのであった。

 そして、人通りの多い場所から少し離れてから……勇者が爆発した。


「だ、誰が息子だ! お前が父親なんて考えられるか!」

「こっちのセリフだ! 我に家族なんておらんし、必要でもないわ!」


 が、爆発したいのは我である。

 いらんわ! こんな息子!


 そんな我らを見て、微笑ましそうに笑って腕をからめてくる女神。


「ほらほら、早く行きますわよ。お父さん」

「誰がお父さんだ!!」




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