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第38話 わたくしがわたくしがわたくしが

 










 マーウィン教皇国。

 千年前、我と全世界が激突した直後に作り出された国家である。


 我を崇める『バイラヴァ教』はもちろんのこと、『ヴィクトリア教』や『アールグレーン教』といった四大神を崇める宗教を布教する国家でもない。

 その国家は、我が封印されて存在しなくなってからの四大神を崇める宗教間のいざこざを調停するために生まれたものだ。


 アールグレーンが自身の勢力を広げるために女神を裏切ったように、我という強大で共通の敵がいなくなった以上、それぞれがいがみ合って衝突するのは目に見えていた。

 最初はいつも四大神が話し合っていた場所があった。


 そこから、どんどんとその役割と責任が大きくなっていくにつれて、国家として形成されていったのであった。

 それから、四大神の宗教で衝突やいざこざがあるたびに、その国は調停役としての責務を果たし、大規模な宗教戦争を防いできたのである。


 そのため、重要な位置にあると認められており、数多くある国家の中でもトップクラスの地位にあるのがマーウィン教皇国である。

 本来は調停役なので神を信仰したり独自の宗教を持っていたりすることはなかったのだが、数百年という長い年月の間に独自の神を作りだし、それを信仰するようになっていった。


 それが、調停の神であるマーウィンである。

 彼らはマーウィンを信仰し、世界の平和のための仲介役を務めることに大きな誇りと責任を持ち、今日も平和を守っているのである。


 …………ということか?


『そうよ』


 我はそのマーウィン教皇国とやらの説明をヴィルから聞いていた。

 ……どうして貴様はそのことを知っているのだ?


 我と共に封印されていたのだから、その後の出来事で作られた国のことなんて、よく知っていたな。


『ふふん! お酒でいいわよ!』


 泥水混ぜて渡してみよう。


『ちょっと!!』


 ギャアギャアと我の中で喧しく騒ぐヴィル。

 我の質問に答えるつもりはないようだが……まあ、答えたくないのであればそれでいい。


 こいつも何か抱えているようだしな。

 面倒だし、知らんぷりだ。


 ……しかし、マーウィンなんて神はいないがな。

 それは、完全に創作のものだ。


 もしかしたら、我が封印されている間に誕生した神なのかもしれないが……そんな簡単に神は誕生しないので、おそらくそれはないはずだ。

 分かりやすい象徴を作ったのだろうな。


 まあ、我にとってはどうでもいいことか。


「俺たち勇者を召喚することができるのは、マーウィン教皇国の教皇であるフィリップ・ファン・クレーフェルト。調停の神マーウィンの体現者だ」

「そうか。なら、早速殴り込みに行くか。勇者、案内しろ」


 その教皇を叩きのめし、精霊のことを吐かせればいいのだな。

 簡単で分かりやすい。


「俺に破壊神を国に招けと言うのか!? 無茶言うな!!」

「何故だ」


 だというのに、勇者は我に向かって怒鳴ってくる。

 どうしてこんな簡単なことなのにわからないんだ。


「そもそも、フィリップや教皇国が犯人だと決まったわけじゃないんだ! そんな人たちに、お前みたいな危険人物を近づけるわけにいくか! それに、フィリップや上層部が犯人だとしても、他の数多くの人々は関係ないだろ! 無関係の力のない彼らを巻き込むことは、勇者として許容できない!」


 長い。


「知るか。我は破壊神だぞ。どうしてそんな連中のために気を遣ってやらなければならんのだ」


 まず、教皇が犯人であろうがなかろうが、何かしら知っていることは事実だろう。

 自分たちが召喚した勇者たちが、行方不明になっているのである。


 彼らをどこに差し向けたかくらいは知っているだろうし、情報は少なからず持っているのであれば、殴り込みに行く理由に十分なり得る。

 それに、一般人のことを考慮する? それこそありえない。


 我、破壊神ぞ? 千年前、あと一歩のところまで世界を征服しかけた男だぞ?

 そんな男が、優しく一般人のことを思いやって配慮するはずがないだろう。


 我と勇者が睨み合っていると……。


「まあまあ。お二人とも落ち着いてくださいまし。なにもお二人が争う必要はないのですわ」


 そこに割って入ってきたのは、女神であった。


「バイラヴァ様。確かに、一般人はどうなったって知ったことではありませんが、正面から殴りこんで大規模な戦闘になれば、その余波で精霊のことを知る者も死んでしまうかもしれませんわ。ここは、潜入するのが適切ですわ!」


 我の顔を見て、そう告げてくる女神。

 うーむ……確かに、殴り込みに行けば当然抵抗してくるだろう。


 そのマーウィン教皇国とやらがどれほどの軍事力を備えているかは知らんが、それなりに構えていた場合は、それなりの余波も生まれるだろう。

 そうなった際に、教皇を巻き込まないとは確信できない。


 なにせ、その教皇がいる本拠地で衝突が起きるのだから。


「豊穣と慈愛の女神が知ったことではないって……」

「潜入……面倒だ。やはり、力加減を頑張って……」


 勇者は女神の聞いていた像とは真逆の姿に唖然としているが、我はそれよりも潜入という言葉が嫌だった。

 どうして我がこそこそ隠れるようにしなければならないのか。


 たとえ、大地を埋め尽くすほどの敵がいたとしても、我は胸を張って鷹揚に嗤う。

 それが、破壊神である。


 それに、我に腹芸なんてできないしな。


「大丈夫ですわ。別に、わたくしたちの面が割れているわけでもありませんし、ただ多少演技して普通に入っていくだけですわ。その後、上層部に顔が利くマルコさんに案内してもらえばいいのですわ」


 女神は子供に教える師のように指を立てて得意げに解説してくる。

 ふーむ……。先ほど潜入は面倒だとも思ったが、しかし戦いの余波で教皇を吹き飛ばすのもダメだ。


 女神の言う通り、潜入という手段をとった方がいいかもしれない。

 そうなると、流石に我だけでは色々と不安である。


『あたしがいるじゃない!』


 ヒッキー妖精。貴様、我の中から出てくるつもりはあるのか?


『ない! ここでお酒を飲んでおくわ』


 酒はもう持って行かせん。


『!?』


 さて、ヒッキー妖精は使えないし、我をフォローさせるのは誰にしようか。

 カリーナなどの『バイラヴァ教』信者は除外である。論外だ。


 そうすると、ある程度しっかりと考えることができ、近くにいてもそれほど鬱陶しくなく、自分の身は自分で守ることができるほどの力を持つ者……。


「わくわく。わくわく」


 キラキラとした目を向けてくる女神から目を逸らし……こちらを見ていた一人の女を見つける。


「ふむ……よし、レナ。お前が付いて来い」

「は、はい! 私でよければ、お力になります!」


 我が声をかければ、多少驚きながらも笑顔を見せるレナ。

 うむ。女神の使徒であるが、力を貸してもらおうか。


「じゃあ、我と勇者、そしてレナで……」


 この三人でマーウィン教皇国に向かおうとした時であった。

 がっしりと我の腕を掴む者が現れる。


 ……まあ、誰かなんて確認しなくても分かるが。

 我が嫌々そちらに目を向ければ、案の定豊かな金色の髪が見える。


 そして、我を見上げてニコリと笑う女神。

 笑っているが、笑っていない。


「わたくしですわ」

「……いや、だから」

「わたくしが行きますわ」

「…………」


 こ、こいつ……! 我の腕を握る力がとんでもない!

 貴様、そんな脳筋の女神だったか!?


 しかも、同じ言葉を何度も繰り返し、理由を話さない。

 目だ。目が怖い。


 青い空のような目をしていたはずなのに、渦を巻いているような黒である。

 破壊神の我を怖がらせるとか、流石は神……!


「わたくしがわたくしがわたくしがわたくしがわたくしがわたくしがわたくしがわたくしがわたくしがわたくしが」

「うぐぉああああああああああ!! 喧しい! 分かったから黙れ!!」


 ズオオオオ……! と女神から噴き出る負の瘴気に、我は我慢することができず彼女を受け入れてしまう。

 クソ……! どうしてこんなヤバい性格に……!


 いずれ、千年前の性格に戻ってもらわないと、我が大変だ……!


「やりましたわー!!」


 万歳して喜ぶ女神。

 なんだこいつ……。我の知っている女神はどこに……と思ったが、千年ぶりに会ってからだいたいこんな感じだな。


 そろそろ、慣れていなかければ……。


「ヴィクトリア様……」


 レナも何だか複雑そうな表情で自身の信仰する女神を見る。

 我でさえうろたえているのだから、使徒である彼女の衝撃はいかほどか。


「は、破壊神め……! あの女神をこんな化け物に……!」


 ギロリと睨みつけてくる勇者。

 これ我のせいじゃないから! マジで一切関与していないから!




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