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第36話 勇者システム

 










 我の持っていた木の枝が、ボロボロと形を失い崩れていった。

 まあ、仕方ない。


 そもそも、これで剣と打ち合い炎を打ち消すことの方が無理なのだ。

 無理やり使わせてもらったが……こんなものか。


「素敵でしたわ、バイラヴァ様。あなたの勇姿を見ているだけで、わたくしの身体は……」

「よし。それ以上我に近づくな。さもなくば破壊する」


 はあはあと息を荒くして近づいてくる女神をけん制する。

 あのままだと身体を摺り寄せられていたに違いない。


『抱いてあげればいいじゃない。子供産ませたら満足するでしょ』


 我の中から無責任極まりないヴィルの声が響く。

 バカか貴様。なら、まずお前を抱いてやる。


『あんたが馬鹿じゃない。あたしの身体に突っ込んだらスプラッタよ』


 我の手の大きさくらいしかないヴィル。

 確かに、大変なことになりそうだ。


「く、くそ……!」


 片膝をつき、血を流しながらもその目は未だに敗北を認めていない。

 燃え盛る正義の炎は、消えることはなかった。


「ちゃんと死なない程度に斬ってある。意識が遠くなることもないだろう。まあ……死んでいる者に、これほど気を遣う必要はないだろうが」


 死者だとすると、首を切り離したらどうなるのだろうか。

 少し気になるが……それ以上に興味を引くものがある。


「さて、色々と話してもらおうか。我の暇つぶしにな」

「ふん! どうして俺がお前の言う通りにしないといけないんだ」


 我への敵意をみなぎらせている勇者。

 うむ、嫌いではない。力の差を知ってもなお挑もうとするのは、嫌いではないぞ。


「別に、貴様から重要な情報を盗み取ろうとしているわけでもない。今はまだ戦争をしているわけでもないしな。簡単な会話だと思えばいい。どうせ、今の貴様では我に勝てんのだからな」

「……何が聞きたいんだ?」

「貴様のことだよ。死んでいると言ったな。あれは、どういう意味だ? 勇者は死者しかなれないというわけでもあるまい。エステルはあの当時、確かに生きていたからな」


 エステルは千年前の人間。そして、この勇者はその直弟子。

 ならば、この男も900年か800年前の人間になるはずだ。


 どうして、そんな過去の遺物が現代に存在しているのか?


「……勇者っていうのは特別なんだ。人々の希望であり、人々の守護者。それは、死んだ後もそうだ」


 確かに、多くの人々を助けて世界の平和に寄与した者は、死後も称賛され敬愛されることだろう。

 勇者に限らずとも、そういうことはあるはずだ。


 我は声を発さず、視線で先を促した。

 勇者は少しためらうように顔を背けたが、ようやく口を開いた。


「勇者は、死んだ後も必要に応じてこの世界に召喚され、世界の大敵と戦い、人々を守るんだ」

「なに?」


 アンデッド……というわけではないな。

 魂か? そういったものが世界の危機の際に呼び出され、再び肉体を与えられ、戦うということか?


 そんなバカげたシステムがあったのか……。


「あら、知りませんでしたの? あの千年前の戦争の時も、エステルさん以外にも勇者は召喚されていましたわ」

「知らん」


 どうやら、女神はそのシステムを知っていたらしい。

 我との戦争時……。確かに、あれもまた世界の危機ということができるだろう。


 少なくとも、我は自分のことを正義とは思っていないしな。


『あんたが一気に国ごと滅ぼしたことがあったでしょ? あの時に一緒に吹き飛ばしたんじゃない?』


 それは……あるかもしれないな。

 流石に、世界の戦力がかき集められ敵となっていたのだから、今回のように一人一人丁寧に戦うことなんてできなかった。


 広範囲高威力の攻撃で一気に消し飛ばしたこともあったから、その際に歴代勇者が混ざっていたとしても気づかなかっただろう。

 死んだ勇者を召喚するシステムがあるのは分かったが、そうすると一つ疑問が浮かんでくる。


「だとしたら、何故精霊がこの世界に侵攻してきたとき、勇者たちは召喚されなかった? その時が、まさに世界の危機で、勇者の力を最も欲される時だっただろうに」

「……すでに召喚されているはずだ。俺たちのいた場所から、大きな魂がいくつも呼び出されていたからな」


 なるほど。同じ場所にいて、仲間が召喚されたことは分かっているのか。

 すでに、何人か召喚されていると。


 そうすると、その勇者の情報が出回らず、精霊や尖兵が好き勝手しているところを見ると……。


「精霊に敗北したか」


 そう考えるのが妥当だろう。

 女神だって敗北して数百年拷問にかけられていたのだ。


 歴代の勇者たちが精霊に打ち負かされ、滅ぼされたとしても何ら不思議ではない。


「お師匠様が負けるはずはない! あの人は、俺よりもはるかに強かった。人生で一度しか負けたことのなかったあの人が、精霊なんかに……! だから、何か理由があるに決まっていて……!」


 確かに、エステルは力のある勇者だった。

 我は結局彼女とマルコしかた戦闘したことはないが、彼女はマルコよりも何段も上の次元にいた。


 そんなエステルが負けるということは、師匠ということもあって想像したくないのは理解できる。

 だが……。


「我もそれは知らんが……精霊が好き勝手している時に勇者が助けに来ない時点で、もはやそういうことだろう。すでに召喚されているにも関わらず、世界は相変わらず精霊の支配下にある。つまり……まあ、どうでもいいことか」


 すでに、知識欲は満たされた。

 そうか。勇者は死んだ後も召喚されることがあるのか。


 ということは、我が世界を再征服したあかつきには、我の前に立ちはだかる勇者が複数存在することも考えられる。

 ふははっ! 楽しみではないか!


 できれば、今回のように単体で襲い掛かってくるのではなく、勇者連合でも組んで勝負してみたいものだな。


「破壊神を倒し、その後精霊も俺が倒す。そうして、お師匠様のことを探して……」

「そうか。好きにしろ。すでに死んでいる者を、これ以上痛めつける趣味もないしな」


 ブツブツと呟く勇者に背を向ける。

 これ以上、この男に対する興味もなかった。


「あら、いいんですの?」

「ああ」


 歩き出した我を見て、尋ねてくる女神。


「でも、他の勇者が消息を絶ったことには、ほぼ間違いなく精霊が関与しているはずですわ。つまり、その勇者を探し出すことで、バイラヴァ様の求める精霊に近づくことができるのではないでしょうか?」


 彼女の言葉に、ハタと脚を止める。

 ……確かに。そもそも、召喚されたのが精霊に対するものだったのかはわからないが、おそらく9割方それが理由だろう。


 その勇者たちを追いかければ、必然的に精霊のヒントを得ることができるということか。

 今のところ、倒したヴェニアミン以外の精霊の情報は一切入っていないからな。


 まったく……それぞれ接触しないようにしているとはいえ、多少連絡を取り合っていてくれたら追いかけることもできただろうに。


「流石は女神だな。普段からそうだったら……」

「子供を作らせてくれますの!? じゃあ、わたくし貞淑に頑張りますわ!」


 ああ、ダメだ。直ったと思ったけど壊れたままだった。

 退廃的な色気を出して引きずり込もうとしてくるので、チョップを額に入れて振り返る。


 勇者はまだ膝をついてブツブツと言っている。


「おい、勇者。気が変わったぞ。貴様を召喚した者のことを教えろ」

「な、なんだいきなり!? それに、俺がお前の言うことを聞くはずがないだろ!」


 ぎょっとする勇者。

 まあ、我を倒しに来ているのだから、我の言うことなんか聞くはずがない。


 だが、これは我だけではなく、やつにとっても悪い話ではないはずだ。


「やれやれ。貴様も気になっていないわけではないだろう? どうして、貴様よりも先に召喚された勇者がいなくなっているのか。貴様の師であるエステルだって関係しているかもしれん。なら、調べてみればいいじゃないか。我も手伝ってやろう」


 我には力がある。

 また、遺憾ながら『ヴィクトリア教』をも取り込んだ『バイラヴァ教』という我の言うことを聞く勢力まである。


 人手が必要なら、力が必要なら、この我を頼るしかないのだ。

 どうやら、この勇者には仲間がいないようだからな。


 いや、かつてはいたのだろうが、召喚されたのがこいつだけだったのだろう。


「……何が目的なんだ?」

「ふん。我は破壊神だぞ? 決まっているだろう」


 ニヤリと笑い、我の目的を話してやる。


「この世界を支配している精霊を皆殺しにし、再征服する。世界に暗黒と混沌を齎すのだ」

「そんなことは絶対にさせない! ……だが、精霊を倒すまでは……協力する」


 すぐさま反応し、強い敵意を向けてくる勇者。

 しかし、彼もまたエステルや他の勇者たちのことが気になっているのだろう。


 結局は、我と協力することを約束した。


「物わかりがよくて助かる。で? 貴様を召喚したのは誰だ?」


 誰かが世界の危機と判断し、勇者の召喚を指揮する必要があるのだ。

 すでに、召喚されているのだとしたら、それを為した者が何かを知っている可能性が高い。


 我の言葉に、少し悩む様子を見せる勇者は、それでも口を開いた。


「……俺たち死んだ勇者を召喚することができるのは、教皇国。そのトップである教皇が世界の脅威が現れたと見なしたときに、召喚することができるんだ」

「ほう。教皇、ね……」


 千年前に聞き覚えのある言葉に、我は口角を上げて笑うのであった。




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