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第35話 不満な勝利

 










 勇者には、それぞれ得意とする属性のようなものがある。

 たとえば、土を操るような力を持つ勇者もいれば、風を操るような力を持つ勇者もいる。


 もちろん、マルコの師であるエステルもまた属性を持っており、それはバイラヴァとの戦闘時存分に発揮されていた。

 そして、マルコの属性は炎。


 人の営みに欠かせない火をさらに強力にしたそれは、人の生活をよりよいものにするという範囲を遥かに超越したものである。

 ガリガリと大地を削りながらバイラヴァに迫る炎の斬撃。


「悪くない。悪くないぞ」


 その斬撃を正面から受け止めてみせるバイラヴァ。

 ただの木の枝で燃え盛る炎を迎撃しているのだから、正気の沙汰とは思えない。


 しかし、実際に拮抗していることから、破壊神としての力の大きさを実感することがマルコにはできた。


「ふん!」


 ギャリギャリと歪な悲鳴を上げてぶつかっていた斬撃を、木の枝を振るうことによって霧散させる。

 大地を削り、本来燃えないはずのそこから煙を噴き出させるほどの高温で高威力のそれを打ち破られたことは、マルコにも少なからず衝撃を与える。


 だが、彼の身体は自然と先へと動いていた。


『ほらほらー。立ち止まっていたら殺されちゃうよー。僕は君を殺さないけど、殺すつもりではいくからね』


 どっちなんだよと昔のマルコが叫んだエステルの言葉。

 厳しい修行で叩き込まれたかつての教えが、今彼を動かしていた。


 何度も死にかけた経験が、今のマルコを生かしていた。


「おお」


 感心したような声を漏らすバイラヴァ。

 炎の斬撃を霧散させた直後、マルコは彼の懐に飛び込んでいたからだ。


 巨大な炎を目くらましに使い、その隙に接近していたのだ。

 いくらバイラヴァとはいえ、腕を振って斬撃を打ち消した直後なので、胴体は非常に無防備なものになっている。


「これで終わりだ!!」


 マルコの持つ剣には炎が纏っている。

 ギリギリ避けられたとしても、その燃え盛る炎が目測よりも範囲を伸ばし、バイラヴァの身体を焼くことだろう。


 切れ味も増しており、彼の身体を一刀両断し傷口を焼き尽くすこともできる、強力無比な攻撃だった。

 エステルの教えに従った、全力の攻撃。


 それは、バイラヴァに届く……。


「勇者の名に恥じないものだ。エステルには及ばんが……悪くない。誇るがいいぞ、勇者」


 だが、その剣が彼の身体を切り裂くことはなかった。

 ただ、斬撃を弾いた木の枝で防ぐことは、物理的に不可能だった。


 だから、バイラヴァがその剣を防いだ方法は……。


「……冗談だろ? 俺の剣を、指で止めるなんて……お師匠様でもできなかったことだぞ」


 タラリと冷や汗を垂らすマルコ。

 彼の剣は、バイラヴァの指で止められていた。


 上から四本の指、下から親指。これで挟みこみ、ピタリと止められていた。


「おいおい。どうして触れるんだ? この剣の炎、何百度あると思っているんだよ……」

「効かんわけではない。だから、我もちゃんと防御している」


 チラリと目を落とせば、剣と触れ合っているバイラヴァの指が見える。

 そこからは、チリチリと黒い瘴気のようなものが溢れていた。


 脚を踏ん張り、強く剣を押し出す。

 しかし、それでもビクとも動かない。


 マルコは両腕の力を使って振りぬこうとしているのに、バイラヴァは片手の指で抑え込んでしまった。


「流石に、勇者の炎と技量があれば、我の防御と迎撃が作動せんだろう。ふはは! 勇者は我を楽しませてくれるなあ。千年前ほどではないが、貴様も悪くない」

「燃えろ!!」


 余裕の笑みを浮かべているバイラヴァの言葉に聞く耳を持たず、マルコは剣から業火を溢れさせる。

 自身もまた火だるまになってしまうが、勇者の力でそれには耐えることができる。


 だが、バイラヴァは別のはずで、一気に燃えカスになってしまうほどのダメージを受けているはずなのだが……。


「ふはははははは!! 効かん効かん! エステルのように、もっと力を振るってみせろ!」


 バイラヴァは健在である。

 彼の身体から立ち上る黒い魔力が、彼を守っているのだ。


 燃え盛る業火は、その黒い瘴気に貪られて喰われていくかのように、どんどんと侵食されていく。

 結果として、マルコの炎は全てそれに取り込まれてしまったのであった。


「悪くはない。……が、貴様一人では我には届かん。そもそも、我はたった一人で世界とぶつかったのだぞ? 勇者一人程度で、届くはずがないだろう」


 手のひらに残っていた勇者の煌めく炎。

 それは、多くの人々にとっての希望と安らぎの火だった。


 それを、無残にも握り潰し、バイラヴァは嗤う。


「勇者は、パーティーを組んで強大な力を発揮する。仲間との連携、絆、協力……。貴様も勇者ならば、仲間がいたはずだ。どうして連れてこなかった?」

「…………ッ!!」


 バイラヴァの言う通り、マルコにも仲間が当然いた。

 共に旅をして、困窮する弱者を助け、暴れまわる悪を誅して回っていた。


 それは、危険で苦しい旅だったが、彼らがいたからこそ楽しいものでもあって……。


「まあ、貴様が死んでいると言っていたことにも関係しているのだろう。あとでたっぷり聞かせてもらうために……なに、殺したりはしないさ。安心しろ。だが……」


 スッとマルコの燃え盛る炎の剣から手を離す。

 代わりに上に掲げたのは、先ほど斬撃を打ち消した木の枝である。


「一撃は受けておけ」

「舐めるな!!」


 ギュル! とその場で回転しながらバイラヴァに切りかかる。

 見事な横なぎは上下に人体を別れさせることができるほどのものだった。


 だが、人にダメージを与えることができないようなか細い木の枝は、その振るわれた剣を切り裂いた。

 さらに、鉄を両断した勢いはそのままに、マルコの身体を斜めに斬ったのであった。


 プシャッと派手に血を撒き散らしながら、片膝を屈する炎の勇者。


「……まあ、この程度か。もう少し力を込めるべきだったか」


 世界の希望である勇者を、木の枝で打ち負かした破壊神は、この結果に不満そうな顔を浮かべるのであった。




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