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第33話 違います

 










「おい、あんた。今のはどういう意味だ?」


 高らかに村の入り口で我を倒しに来たと宣言した男。

 そんな彼に近づくのは、この村の住人である。


 明らかに歓迎する雰囲気ではない。


「ここが『バイラヴァ教』の聖地だと知った上での言葉か!?」


 いつからここが聖地になった!!

 訳のわからないことを言っている村人は置いておいて、あの男がここで我を……破壊神を倒しに来たと言ったのは失敗だろう。


 なにせ、ここにいる者たちはその破壊神を崇める邪教の信徒なのだから。

 宗教というのは面倒だ。彼らが信じる者を目の前で否定すれば、敵意や憎悪を簡単に向けられることになる。


 あの男は、その中でもカルトである『バイラヴァ教』を否定したのだ。

 これは、明らかに失敗だろう。


 だが、数人の村人に囲まれて凄まれている彼は、ニッコリと人を安心させるように笑った。


「ああ、そうか。あなたたちは破壊神を崇める邪教に取り込まれてしまったのか。でも、大丈夫! 俺が破壊神を倒し、あなたたちを解放するから、安心してくれ!」


 ……胆力はなかなかのものだ。

 しかも、自分に敵意を向けている者たちに対しても、敵意を返すことではなく助けようとしているのである。


 まだこの段階で判断するのは尚早だが、少なくとも明らかな悪人というわけではないらしい。

 まあ、善人だろうと悪人だろうと、我の前に立ちはだかるのであれば破壊するだけだがな。


「俺たちはそんなの求めてねえぞ!」

「というか、そもそもテメエは誰だ!?」


 一瞬、男の反応に目を丸くしていた村人たちであるが、すぐさま気勢を上げる。

 そんな彼らに頷き、男はバッと大きく腕を開けた。


「俺は、勇者マルコ! 世界の平穏を守るために、悪と戦う正義の味方だ!!」


 ほほう! 勇者!!

 我は思わず嗤ってしまい、口が裂けんばかりである。


 勇者という言葉はとても素晴らしい。必ず我の前に立ちはだかる強大な力を持った者だからな。


「いい加減に……!!」


 おっと、いかんいかん。

 はた迷惑な信者が男を追い出そうとしている。


 これはいかんぞ。朝から憂鬱だった我を唯一楽しませてくれる存在を、そんなおざなりに捨てていいはずがない。


「よい。下がっていろ」

「は、破壊神様……!」


 我がニヤニヤと笑いながら自信満々に胸を張って向かえば、村人は畏敬の念を込めた目を、男は我に敵意を向けてくる。

 おお……いいぞぉ……。


「……お前が破壊神か?」

「その通り。貴様が討伐すべき神こそが我よ」


 我が頷けば、スラリと剣を抜く男。

 その切っ先を我に付きつけ、高らかに声を上げる。


「……まさか、封印が解けて復活するなんてな。世界のために、お前を倒す!」

「ふはは! いいぞ。こういうのは久しぶりだ。我も昂る」


 そう、こういうのだよ。我が求めていたのは。

 こう……ね? 世界の大敵を正義感と優しさを持つ卓越した力の持ち主が、決死の覚悟で戦いを挑んでくる。


 我はそれを正面から迎え撃ち、打ち倒し、その者に希望と期待をかけていた人々に絶望と恐怖を与えるのだ。

 ああ、そうだ。こういうことのために、我は再び千年の時を経て復活したのだ!


「あら、楽しそうですわね。わたくしと一緒にいるときも、それくらい楽しそうにしてくれたらいいですのに……」


 ……と、我がウキウキで勇者の相手をしていたというのに、隣にやってきた女の声に一気に冷えあがる。

 大人しくベッドの上でゴロゴロしていてくれた方がありがたいのだが?


「少なくとも、今の貴様といても楽しくなんていないわ、女神。というか、何で来た」

「他の人が寄ってきたら吐いてしまいそうなので」


 ちゃんとした場所で治療を最優先にした方がよくないか?

 当たり前のように言っているが、これかなりの重症だろ。


 まあ、数百年も捕らえられて魔素を引き抜かれつつ拷問をされていたら、精神が壊れてしまうのも理解できなくはないのだが……。

 その救いの手段に我を選ばなければいいのに……。


「め、女神……? もしかして、ヴィクトリア様ですか!?」


 ぎょっとして驚きの声を上げるのは勇者マルコである。


「ええ、そうですわ。数百年姿をくらませていたから、信徒以外にわたくしのことを知っている者なんて誰もいないと思っていましたわ」

「いえ、ヴィクトリア様のことはお聞きしています! なにせ、神の中で唯一俺たち人類のことを思いやって味方してくれる、優しい神様なのですから!」

「あらあら、嬉しい評価ですわね」


 なるほど。確かに、我はもちろんのこと、アールグレーンを筆頭に他の四大神も皆自分の信徒以外には関心がないからな。

 信徒でなくても救おうとして身体を張っていたのは、女神だけである。


 そうなると、自然と人々から人気が高まるのは彼女であることに間違いない。


「そ、そんな女神様が、どうして破壊神の隣に……?」


 そんな優しい女神が、勇者からすれば悪の権化である我の隣に立ち、距離も何だか近めということもあると、疑問に思うのも当然だろう。

 我も求めていないからな。こいつが隣にいるの。


「うふふ。わたくしも変わったということですわ。わたくしは、もう人を守らないと決めましたから。……あんっ」

「なっ……!?」


 女神の言葉に唖然とするのは、人々を守る優しいはずの彼女の言葉とは思えなかったからだろう。

 我だって、女神が受けていた仕打ちを知らずに千年ぶりに会っていたとしたら、この変貌ぶりには唖然としていたに違いない。


 ……というか、何で色っぽい声を上げているんだ。こいつ。

 我の隣でビクビクと身体を震わせ、頬を上気させているのが気持ち悪い。


「そういうのは、全部バイラヴァ様にお任せしますの。流石に、自分の信徒くらいは多少手助けしますけどね。……あふんっ」


 またもやビクッと身体を震わせて熱っぽい吐息を吐き出す女神。

 ……こいつ、そう言えば我の匂いがなんだとか言っていたな。


「離れろ色ボケ女神!!」

「あやー……つれないですわー」


 頭を掴んで離させれば、ヘンテコな悲鳴を上げながら不満顔を見せる女神。

 つれないってなんだ!? 貴様の自慰行為に我を使ってんじゃねえぞ!!


 破壊神をそんなことに使うとは何事だ! ショック死するわ!


「お、お前……洗脳までしているのか!?」


 違います。

 真面目な顔で戦慄している勇者マルコに、我は憮然とした表情を返す。


 こんな洗脳をして何が楽しいんだ。


「女神を洗脳だと!? どれほどの力を……! これが、破壊神か……!」


 あ、我の話を聞いてくれないタイプね。

 破壊神の言葉を聞き逃すってどうなの? 世界破壊しちゃうよ?


 ……しかし、畏怖のまなざしを向けられるのは、なかなかどうして……。

 それに、別に強く否定することはないのではないか?


 むしろ、我のことを脅威に思ってくれた方が、我的にはいいのでは……。


「ふはははははははははっ! そういうことだ!」

『どういうことよ』


 冷たいツッコミが我の胸から聞こえてくる。

 なんか洗脳とか悪そうだろ。


 悪い=破壊神。破壊神=我。我=悪い。この図式が出来上がる。素晴らしい。

 それに、こうして怒りや敵意をぶつけられるのは、とても心地いい。


「やはり、お師匠様の言う通りだったな。最悪で、しかし最強。破壊神バイラヴァ……! この俺で勝てるのか……!? いや、やらないといけないんだ。この世界と人々のために!」


 一人でぶつぶつと言いながら自分を鼓舞している勇者。

 本来であれば、我と戦う場合は一人ではなく複数……もっと言えば団体ですることが望ましい。


 だって、個人だとすぐに終わってしまうから。

 しかし、ここは遺憾ながら『バイラヴァ教』の勢力範囲である。


 その主神たる我を倒すと言って、彼に協力する者はいない。

 とはいえ、彼は勇者だ。卓越した力と正義感を持つ、いわば超越者である。


 勇者のような存在が我に立ち向かわなければ、誰も我を止めることはできないだろう。

 そのことを、彼自身がよくわかっているはずだ。


 ……しかし、師匠か。


「ほう。師匠とな。貴様の師がいることは不思議ではないが、その師が我のことを知っていたのか? しかも、まるで我と同じ時代を生きていた者のようではないか」


 我のことを知っている者は、ほとんど存在しない。

 千年の長い月日が経っているし、その間に精霊という新たな支配者が現れたからだ。


 だから、我を知っているのは女神のように当時を知る者に限られる。


「その通りだ。俺のお師匠様は、お前と同じ時代を生きて、戦った勇敢なお人だ! お前とも剣を交えたと言っていたから、名くらいは知っているはずだぞ!」

「ほう。名前は?」


 我を睨みつけると、勇者はどこか誇らしげに師匠の名を叫んだ。


「俺の師匠の名は、エステル。エステル・アディエルソン。勇者として、世界のためにお前と戦った人だ!!」




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