第29話 生放送だったわ
「……こいつ、我の腕の中で寝やがったぞ。我、敵だぞ? 破壊神ぞ? のんきすぎるのではないか?」
「仕方ないじゃない。数百年間いじめられ続けていたんでしょ? そりゃ疲れるわよ」
スヤスヤと安心したような穏やかな表情で眠っている女神。
そんな彼女の顔を覗き込み、ヴィルが言う。
いや、でもさぁ。我とあれだけバチバチやり合っていたのにさぁ……。
なんというか、不思議な感覚である。
「あ、あの! あまりえっちな目で見ないであげてください!」
「馬鹿か貴様。破壊をつかさどる神が性欲などで動かされるか。ほら、受け取れ」
先ほどまで泣いて喜んでいたレナが、少し頬を赤らめながら我に言ってくる。
女神が全裸だからだろう。
我がそれを興味深そうにガッツリ見ていたらその言葉も理解できるけど、我全然見てないよね?
そもそも、興味がない。我の使命は暗黒と混沌を齎すことだしな。
というわけで、さっさと女神を押し付けようとすると……。
「む……? こ、こいつ、我の服を……」
ギュッと服を掴んで放そうとしない女神。
引っ張ってみるが、我の服が先に裂けてしまいそうなほど強い。
こんなに力強いんだったら自分で脱出できただろ。
「あら~。すっごく懐いているじゃない」
「こいつを犬か猫とでも思っているのか?」
ニマニマとほくそ笑むヴィル。
懐くって歳じゃないぞ。我も女神も、千年を超えた年月を生きているのだからな。
まあ、我は封印されていたし、女神も囚われていたから、単純な年月では計れないところがあるのだが。
そんなのんきなことを考えていると……。
「こ、これは……!?」
レナが驚きの声を漏らす。
ゴゴゴ……と重低音の音を鳴り響かせながら、ガタガタと揺れ始める研究室。
もしかしたら、その主がいなくなったために、壊れかかっているのかもしれない。
もともと、ここは洞窟の中にあったはずだ。
ヴェニアミンが何かしらの魔法を使って、自分が殺された後にここでの研究成果や技術が漏れないようにしていたとしたら……割としっくりくる。
「はあ。とりあえず、出るか」
「は、はい!」
押しつぶされたら……我は死にはしないが、面倒であることは間違いない。
完全に崩れてしまう前に、女神を抱えるレナと共に抜け出す。
ヴィルはすでに我の中だ。面倒くさがりめ。
「そう言えば、他の精霊はどこにいるのか知っているか?」
ふと気になったことを尋ねてみる。
我が世界に覇を唱え再征服する際には、この世界でふんぞり返っている精霊は邪魔でしかない。
ヴェニアミンと同様、皆殺しにしてやる所存であるが、居場所がなぁ……。
「あ、いえ……そこまでは。私もずっとアールグレーンに捕らえられていましたので……」
まあ、それもそうか。
それに、精霊同士は普段接触しないようにしているといっていたし、少なくともこの近くにはいないのだろう。
ならば、どうにかして他の精霊を見つけ出さなければならないな。
「ふっふっふっ……あたしの出番のようね」
我が方法を悩んでいると、ヴィルののんきな声が聞こえてくる。
「あたしに良い考えがある」
……本当に大丈夫か?
やけに自信満々な彼女の声に、我は不安しか覚えないのであった。
◆
その日、世界の人々は空を見上げた。
世界各地の精霊と尖兵の暴虐に苦しみ悲しんでいた彼らは、空中に突然投影された男の姿を仰ぎ見ていた。
『えーと……こほんこほん。よし、喉の調子はいいな? やるぞ』
何やら喉の調子を整えている男が映されている。
唐突にこんなものを見せられて、世界中の人々が困惑していた。
『ふははははははは!! 久しいな、愚民ども。我のことを覚えている者はいるか? いや、いないだろうなぁ。なにせ、千年ぶりのことだからな』
突然笑いだし、自分たちを愚民と呼ぶ男に更なる困惑。
『では、自己紹介といこう。我は破壊神。千年前、この世界を破滅に追いやり、今代において再び世界を征服し、暗黒と混沌を貴様らに齎す者だ!!』
それは、現代におとぎ話として伝わる神の名前だった。
もちろん、それを信じる者はあまり多くはなかった。
だからと言って、明確に否定することもできなかった。
もし嘘だとしたら、この空中に投影されている映像はなんなのだ?
『しかし、どういうことだ? 我がいなかった間に、この世界はわけのわからん精霊とやらに支配されていると聞く。なるほど、では我の出る幕はないということか? 馬鹿らしい』
やれやれと首を振る破壊神は、あっさりと切り捨てた。
『いいか? この世界は我のものだ。断じて、異世界からやってきた盗人精霊のものではなく、またその威を借りて好き勝手している尖兵のものではないのだ。ゆえに……我が、この世界に救う精霊と尖兵というゴミを抹消しよう』
その言葉に息を飲む人々。
この世界において、精霊や尖兵に逆らうことは許されない。
蹂躙され、略奪され、殺されたって文句を言うことはできない。
国家ですら、自国民が非情な目に合っていたとしても、助けてくれないのだから。
しかし、この破壊神を自称する男は、明確に堂々と彼らに喧嘩を売ったのである。
『すでに、一匹の精霊は狩った。あと何人いるのか知らんが、これを見て覚悟しておけ。いずれ貴様らの元へ行き、皆殺しにしてやる』
驚愕の声を上げる人々。
精霊がすでに殺された? この男によって?
真実か偽りか……いや、偽りでこんなことを言う者はいないだろう。
これは、おふざけでは許されないようなことだ。
事実、尖兵たちは怒り狂っている。
ならば、本当なのか?
ざわざわと人々が言葉を交わし始める。
もしかして、あの男は本当に……精霊と尖兵を打ち倒し、自分たちの……。
『そして、そんな馬鹿共に蹂躙されるだけの愚民ども。貴様らも覚悟しておけ。この世界を再征服するのは、この破壊神バイラヴァなのだからな! ふははははははははははは!!』
自分たちの、救世主になってくれるのではないか!?
『よし、これでいいか。ふははっ! 愚民どもは恐れおののいただろうな! 我の怖さにビビりまくりだろう! あとは最初のところを編集でカットだ』
『あ、ごめん。生放送だったわね、これ』
『なんで!?』
そんな白目を向けたくなる会話があって投影が終わっても、彼らの興奮は止むことはなかった。
破壊神バイラヴァ。千年前、この名前は畏怖と憎悪を込めて呼ばれていた。
だが、千年後のこの世界において、その名前は希望と親愛を込めて呼ばれるようになるのであった。
◆
「うおー! すっげえ面白そうな奴が出て来たなー!」
空中投影が消えた後、少年はとても楽しそうに笑っていた。
「精霊を殺すって言うのはムカついたけど、こんなこと言ってきた奴なんて誰もいないもんな。はははっ、ワクワクしてきた! いずれ俺のとこにも来るだろうし、楽しく遊びたいなぁ」
自分を殺すと言われても、彼は笑った。
なぜなら、そんなことできるはずがないと心の底で確信を抱いているからだ。
だから、破壊神がやってきたとしても、彼を使って弄ぶことしか考えていない。
「なあ。お前らもそう思うだろ?」
そう言って彼が目を向けた先には、常軌を逸した身体を持つ動物や魔物たちが蠢いていたのであった。
1章終わりです。
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