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第26話 貴様を破壊してやる

 










 未だ到底万全とは言えない身体に鞭を打ち、一気に距離を詰めてヴェニアミンを切り捨てようとするレナ。

 しかし、すぐに地面から機械的な触手のようなものが伸びてきて、彼女の身体を拘束した。


 力を込めて引っ張っても、その拘束を解くことはできなかった。

 彼女の本来の力を出すことができれば抜け出すこともできたかもしれないが、今の彼女では不可能だった。


「まあ、落ち着いてくれ。お前が大切に想っているのは何となく分かるが、これも私たちにとっては必要なことなのだ」

「ふざけるな! 貴様らのためなどで、ヴィクトリア様がこのような目に合っていいはずがない!!」


 ヴェニアミンにとっては自分たちの世界。レナにとっては自分の主神。

 どちらも譲れないものであるがゆえに、ぶつかり合う。


 一方、とくにどちらも大切に想っていないバイラヴァがのんきな言葉を発する。


「数百年間もこのようなことを続けていたら、もう十分ではないのか?」

「それがな、私たちの世界の枯渇はかなり深刻なんだ。正直に言うと、この女神は素晴らしい素体だが、彼女だけでどうにかできるほど軽い問題ではない。さらに言うと、この世界から私たちの世界へ魔素を送る過程に問題がある。異世界へ送る際、魔素が大きく損なわれてしまうんだ。私はそれをどうにか改善することもしているのだが……なかなか難しくてな」


 せっかくヴィクトリアから100の魔素を搾り取ったとしても、異世界に送るさいにそれは10程度に落ち込んでしまう。

 女神だからこそ100も搾り取れるのであり、常人などでは半年で廃人になるほど絞っても10ほどしか取れない。


 そうすると、異世界に送る際は1ほどしかなくなり……ヴェニアミンがヴィクトリアに感謝する理由が分かるだろう。


「この女神には、本当に感謝しているんだ。自分は裏切られて背中から攻撃され、売られてしまったというのに……それでもなお、この世界の住民のために身を投げだした」


 ヴェニアミンは数百年前、ヴィクトリアを捕らえた時のことを思い出す。

 自分が必死になって守ってあげていた者たちから裏切られ、全身がボロボロになっていた彼女。


 普通なら、恨み言一つ言ったり怒りを抱いていたりして当然だろうに、彼女は裏切った者たちへ一切そのようなことは言わなかった。

 むしろ、ヴェニアミンから精霊としての目的や手段を聞いたとき、彼女は強い表情でこう言ったのだ。


『わたくしが代わりに魔素を提供しますわ。だから、他の人々には手を出さないでくださいまし』


 自分を裏切った者たちですら、彼女は守ろうとした。

 その身を犠牲にして、死すら生ぬるいことが半永久的に続くと知っていても、それでもである。

 これには、他人を守ったり思いやったりするという考えが一切ないヴェニアミンですら、感じ入るものがあったほどだ。


「そんな凛々しかった彼女も、百年もすれば言葉すら発せられないほどになってしまってな。不本意ではあったが、様々な拷問で魔素を提供してもらった」


 しかし、そんな思いだけで耐えられるはずもなかった。

 数百年という年月は、あまりにも長い。


 その間、少しも休むことなく、自身の存在するための力そのものを引き抜かれていくのである。

 ゆっくりと、だが確実に弱まっていく自分の存在。真綿でゆっくりと首を絞められるような感覚は、間違いなくヴィクトリアの精神を弱らせていく。


 そして、魔素の抽出がうまくいかなくなったときの、拷問である。

 精神的な追い詰めに加えて、肉体的に耐えがたい苦痛を与えられるのだ。


 ヴィクトリアが壊れてしまったのも、当然と言えるだろう。

 超常の力を持ち、不死の存在である神。だが、その精神は他の人間や魔族と何ら変わらないのだから。


「怒ったか? まあ、当たり前か。この世界の支配者である精霊の元に、わざわざ助けに来るほどなんだからな」

「そこの使徒は確かにそうだが……我は別に大して何も思っていない。そもそも、我と女神は敵対関係にあったしな」


 スッと自分を見るヴェニアミンに、バイラヴァは至極あっさりと否定した。

 彼は、別に女神に対する行為に憤怒しているわけではない。


「最初に言っただろう。我は貴様を殺し、この世界を再征服するだけだと」

「くっ、はははっ! わかりやすくていいな。では、私も分かりやすく言わせてもらおう。どうして、わざわざ君たちにこんな話をしたのかということにも関係するが……」


 あくまでも、彼の目的は世界の再征服。

 そのために、現在世界を征服している精霊を叩きに来ただけ。


 その純粋な気持ちと行動に、思わずヴェニアミンは笑ってしまった。


「先ほども言ったが、これだけの数から吸収しても、未だに魔素が足りん。ならば、もっと供給してもらうしかない。できるのであれば、この女神と同等の存在から……な」


 意味深にバイラヴァを見やるヴェニアミン。

 不穏な空気が流れ始めたことに気づき、レナはごくりと喉を鳴らす。


「破壊神バイラヴァ。君にもこの筒に入り、未来永劫魔素を供給しつづけてもらおう。女神からの情報が真実である力を持っているのであれば、劇的に改善するだろう。なに、安心しろ。魔素を適量供給してくれるのであれば、拷問はしない。女神は不可能だったがな」


 ズッと溢れ出すのは、ヴェニアミンの異質で気味の悪いオーラ。

 破壊神でさえも自身の研究材料、魔素を絞り出す素体としか見ない無機質な目は、誰もがゾッとするほどの冷たさがあった。


「残念だな。貴様はここで死ぬ。世界のことなんて、もう考える必要はないぞ。貴様の首を持ち帰り、凱旋だ。我の方が精霊よりも強いことを、世界に知らしめてやる」


 しかし、それを受けても好戦的に笑うのはバイラヴァである。

 この洞窟の中の研究室で、破壊神と精霊が激突する……かに思われた。


「そうか。勇ましいことだな。だがな、破壊神……もう終わっているんだよ」

「……あ?」


 視界が赤く染まる。

 ダラダラと、全身から力が抜けていくような感覚。


 いや、ダラダラと流れているのは、赤い血だ。

 目から、鼻から、口から。バイラヴァは血を流していた。


「なっ……!? こ、これは……!?」


 その光景に唖然とするレナ。

 しかし、彼女もすぐに吐血する。


「毒だ。匂いもなく、見えることもできない、毒きり。ここまで周りが遅いのは驚かされる。神と……使徒か? やはり、普通の人間とは違うらしい」


 ヴェニアミンがこの研究室の中でこっそりと流布したのが、毒である。

 もちろん、彼自身は抗体を打ち込んでいるため、その毒に苦しめられることはない。


 だが、それは異世界の……ヴェニアミンたちの世界で作られた毒であり、当然この世界の住人は誰一人として抗体を持たない、凶悪なものだった。

 すでに、戦う前から勝敗は決していたのである。


 ヴェニアミンは魔素抽出の素体となるバイラヴァを捕らえようと近づいていき……。


「がはっ……!?」


 壁まで吹き飛ばされた。

 背中からぶつかったため、キュッと呼吸が止まる。


「おお、焦った……。久しぶりに搦め手なんてくらったかもしれんなぁ……」

「千年封印されていたし、千年前の戦争もガチンコの武力衝突だったものね」


 のんきなことを言いながら、バイラヴァは健在だった。

 ごしごしと荒々しく頬や鼻の下に伝う血を拭い、笑う。


 そんな彼の身体からふわりと飛び立ったヴィルが、ピクリともしなくなったレナの元へと向かう。


「……何故立てる? 効いていないのか?」


 ふらりとふらつく足に力を入れる。

 やはり、戦闘は得意ではない。壁に叩き付けられたダメージも大きい。


「いや、効くぞ。ダメージも受けていた。神だから死にはせんがな。だが……我は破壊神だぞ? 毒を破壊することくらい、わけないわ」

「はははっ! 毒を破壊するか! 致死性の毒をそんな方法で克服されるなんて、思ってもいなかったな!」


 バイラヴァは抗体を持っていなかった。

 だから、身体の中で暴れまわる毒を、破壊したのだ。


 そんな非常識なことができるのは、間違いなくこの破壊神しかいない。

 破壊をつかさどる神だからこそ、為すことができた力技である。


「それに、その小さなもの……妖精か? まったく、驚かされる。どこから出てきたのかもわからんが、まさか実在するとはな。いや、彼らは何となく察していたのか……」


 レナを回復させているヴィルを見て呟くヴェニアミン。

 妖精は見たことがなかったが、どのような存在なのかは知っていた。


 とくに、彼らの世界では有名である。

 自分たちの侵攻の妨げになる可能性が、非常に高かったからだ。


「さて、困ったな」


 研究者的に妖精には興味があるが、今は彼女に構っている暇はない。


「覚悟しろ。貴様を破壊してやる」

「それは困る。精霊は神と違って、普通に死んでしまうんだ」

「ならば、戦うがいい。己の力を振るい、我から逃れてみせろ」

「私はあまり戦闘向きではなくてな。ヴェロニカならあるいは……。まあ、そういうことだ。だから……」


 ヴェニアミンはスッと血みどろの白衣から注射器を取り出した。

 それに詰められているのは、魔素。全ての力の根源である。


「私は、科学者らしく、研究者らしく、己の知識を使って戦わせてもらおう」


 そう笑い、彼は自身の身体にそれを打ち込んだのであった。




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