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第25話 憎悪

 










 その姿は、かつての姿を知るレナをして愕然とさせるものだった。

 記憶の中のヴィクトリアは、とても美しかった。


 容姿も、性格も、浮かべる表情も。どれも美しかった。

 その記憶にひびが入って粉々に砕かれたかのように、レナは感じた。


 金色の美しく豊かだった髪は、白髪へと変貌していた。

 それは、強烈なストレスと絶望によるものだ。


 優しい笑顔を浮かべていた彼女は、もういない。

 目は虚ろで光を宿しておらず、頬はこけてまるで幽鬼だ。


 何の表情も浮かんでいないそれは、もはや生きているのかさえ分からない。

 彼女は衣服を身に着けることを許可されていなかった。


 豊満で美しく、まさに誰かが女性らしさというものを一気に詰め込んだような神々しさすら感じさせた肢体は、ボロボロになっていた。

 シミ一つなかった肌は裂け、切り傷をはじめとした様々な傷跡が目立ち、今も痛々しい赤いものが見えている。


 柔らかな腹部にはどす黒く染まったアザもあり、明らかに内臓にダメージが与えられていた。

 何よりも目を背けたくなるのは、彼女の左腕が今にもちぎれそうになっていることである。


「何だこれはああああああああああ!?」

「言っただろう。有効活用させてもらっていると」


 大量の汗をかきながら絶叫するレナを見て、ヴェニアミンは一切顔色を変えることはなかった。


「これは何をしているんだ? ただ痛めつけているというわけではないのだろう?」

「もちろんだ。私は彼女から……いや、ここにいる全ての者たちから、魔素を提供してもらっている」


 魔素とは、魔法を使うために必要な粒子とされている。

 魔素が集まって魔力となり、魔法はその魔力を使って行使することができる。


 基本的にそれらは目に見えない大気中に満ちているものであり、この世界に存在している者たちで意識している者はほとんどいないだろう。

 だが、ヴェニアミンたちにとっては、喉から手が出るほど欲しいものだった。


「私の世界では、その魔素が枯渇しかけている。資源がなくなろうとしているんだ。分かるか?」


 ヴェニアミンたちの世界では、この世界よりも魔法が非常に発達している。

 この世界ではそれほどではないのだが、魔法工学が盛んであり、軍事兵器はもちろんのこと、一般的な家庭で使われる製品などにも魔法が取り込まれている。


 そのため、この世界では使える者と使えない者が存在し、むしろ後者の方が多いのだが、ヴェニアミンたちの世界ではほぼすべての人が魔法を使用することができた。

 大きく技術は発展し、世界は繁栄していたのだが、その代償に大気中に存在する魔素が急激に減少していき、もはやこのままでは魔法が使えなくなるという危機に直面しているほどだった。


 だから、彼らは異世界に侵攻した。

 そこに充満している魔素を何とか自分たちの世界へ送り込み、魔素の枯渇に怯える必要のない世界を作り出そうとして。


「私たち精霊は、何もこの世界を支配したいなんて馬鹿げたことを考えているわけではない。ただ、魔素をいただきたいだけだ」


 現在はこの世界を支配しているような形になっているが、そうすれば邪魔されることなく魔素を回収することができる。

 まあ、ヴェニアミンのようにしている精霊の方が少ないのだが。


「そもそも、この世界にだけ侵攻しているわけではない。他の異世界……多種多様な世界に、私たち精霊は送り込まれている。そこで魔素を手に入れ、私たちの世界に送り込むためにな」


 ヴェニアミンたちの侵攻した世界で失敗しても、他の異世界に侵攻した精霊が魔素を取り込むことができればそれでいい。

 それくらいしなければならないほど、彼らの世界の魔素の枯渇は脅威だった。


「貴様らに力があるのであれば、異世界に攻め込んでそこに住みついた方が楽なのではないか?」

「そうだろうが、私たちの世界のお偉いさまはその世界に愛着があるのではないか? ともかく、私は命ぜられた任務を全うするだけだ。……まあ、私以外の精霊はそんな任務を忘れて好き勝手やっているようだが」


 バイラヴァの言葉に、ため息を吐きながら答えるヴェニアミン。

 精霊というのは、力も強いが個も強い。


 そんな任務よりも、自分たちのしたいことややりたいことを存分に楽しんでいる精霊がほとんどだ。

 これが、精霊よりも強い存在が多くいる世界ならそんな自由もなかったのだろうが、少なくともこの世界で彼らと同等以上に戦える者はほとんどいなかった。


「あまりにも気が遠くなるような地道な作業だったが……この世界の神という存在は、この女神は、非常に素晴らしい素体だ。魔素の保有量が、常人や魔族といった存在よりはるかに多い」


 ヴェニアミンは筒の中に入れられているヴィクトリアを見て、薄い笑みをこぼしていた。

 他の筒に入れられている人間や魔族、動物や魔物からも魔素は吸い取っている。


 だが、ヴィクトリアはその中でも別格であった。


「常人であれば一年ですっからかんになり廃人になるのだが、彼女はすでに数百年間魔素を搾取され続けている。それでも、まだ壊れていない。素晴らしい! ……まあ、流石に魔素の吸収効率は鈍くなってきたがね」


 他の筒よりも管の数が多いのは、それだけヴィクトリアの身体から魔素を引き抜いているからである。

 しかし、流石に数百年も搾り取り続けていれば、魔素の出も悪くなる。


「だが、こうすれば問題ない」


 ヴェニアミンの手には、いつの間にか機械的なボタンがあった。

 それを何の気負いもなく、軽く押せば……。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!?」

「ッ!?」


 耳をつんざくような悲鳴を上げたのは、筒の中に入れられているヴィクトリアであった。

 筒の中で炸裂したのは、目もくらむような電撃だ。


 バチン! という凄まじい音が、短時間で何度も炸裂する。

 ただただ浮かんでいたヴィクトリアの反応も目覚ましく、悲鳴を上げてのた打ち回る。


 しかし、液体の中にいる彼女がその苦痛から逃れることはできず、身体が焦げて煙すら上げる。

 ようやく収まると、ガクリと頭を落とす。


 彼女につけられた管が光り、それは巨大で複雑そうな機械へと流れていき、魔素が吸収されたことを示していた。


「このように苦痛を与えてやれば、また景気よく魔素を吐き出してくれる。いやはや、本当に感謝しているよ。この女神様にはね」


 本当に感謝しているような笑みを浮かべるヴェニアミン。

 こんなことが、数百年続けられているのである。


 自由を奪われ、尊厳を奪われ、そして電気ショックという人が到底耐えられないような拷問を受けて魔素を無理やり引きずり出されているのである。

 魔素は神気にもつながる。神は力を失えば消滅することを考えると、すなわちヴィクトリアは生命力そのものと言えるそれをずっと奪われ続けているということであり……。


 彼女の光を失った目から、一滴の涙がこぼれて水面へと上がって行ったのを見て、もうレナは我慢ができなかった。


「貴様あああああああああああああああ!!」


 薙刀を振りかざし、ヴェニアミン目がけて憎悪の殺意をぶつけるのであった。




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