第24話 変わり果てた姿
「いやいや、驚いたな」
そう言うと、精霊ヴェニアミンは我とレナを見渡した。
ジッと見るそれは、観察をされているかのようだった。
うーむ……それにしても、精霊と言っても人間とあまり変わらない見た目なのだな。
実際の力などは知らんが。
「ここには尖兵たちにも入ることを許可していない。すなわち、数百年という長い間にわたり、ここには私以外の者は存在しなかったのだ。初めてお客様を迎え入れるものだから、少々緊張してしまう」
まったくの無表情なので、緊張なんてしていないように見えるが……。
我らを客と言うことができるほどの余裕があるようだ。
その余裕を崩してやるのが、また楽しくて……。
「それで? いったいどのようなご用件かな? 畏怖されている精霊の元に、わざわざやって来たんだ。何か理由があるのだろう?」
眼鏡越しに見据えられる。
全てを見透かされそうな、一切の感情を抱いていない目。
ただただ観察しようとするような意図が感じられた。
別に、隠し立てするようなことは何もない。
わざわざここに来てやった理由を話す。
「ああ、大したことではない。この世界は貴様ら精霊が支配しているようだからな」
「その考え方で、おおよそ合っていると言えるだろう。とはいえ、本当にこの世界の隅々まで支配しているのかと問われれば、また話は別だがね。少なくとも、君たちが世界と捉える範囲に君臨していることは事実だ。それで?」
……まだ我が認識している以上に世界は広いの?
ちょっと気になることもあったが、とりあえず目的を先に話そう。
我の未知の世界とか、想像するだけでワクワクしてくる。
「この世界の住民は貴様ら精霊を恐れている。それゆえに……」
ニヤリと嗤う。
「貴様らを我が破壊し、その畏怖と恐怖を我が引き受けよう。この世界を再征服し、暗黒混沌を再びこの世界にもたらすのだ」
唖然としてこちらを見てくるレナ。
ふっ……我の恐ろしさに声も出ないか。
ヴェニアミンですら、ポカンと馬鹿みたいに口を開けている。
「くっ……はははっ! そうか。そんな理由でここにやって来たのか。いやいや、面白い。私が想定していた返答の全てと異なっていた。ありがとう。久しぶりに笑わせてもらった」
何笑ってんだこいつぅ……。
正直、血みどろの白衣を身に着けた男が笑っていたら気持ち悪いぞ。
「貴様! 私の女神様をどうした!?」
「うん? 君は……というより、女神?」
我の前にズイッと出てきて、ヴェニアミンを糾弾するレナ。
彼女は数百年間あの女神を助けるために虐待に耐えてきたため、その想いは非常に強烈だろう。
狂信的ともいえる信徒に慕われているようでなによりである。
『安心しなさい。あんたにも多分いるから』
いない。
いない……いないはずなんだ……。
「豊穣と慈愛の女神、ヴィクトリア様だ! 貴様らと戦い、捕らえられたはずだ! 貴様に身柄がわたっていることは、アールグレーンから聞いている! 知らないとは言わせないぞ!」
「ああ、もちろん知っているとも」
嘘をついて誤魔化そうとするのであれば、すぐに切り捨ててやるという意思を強く感じた。
だが、その必要はまったくないようで、ヴェニアミンは何ら躊躇することなく頷いた。
そのあっさりとした返答に、最悪のことを考えたのか、レナは顔色を青くする。
「まさか……こ、殺したのか……!?」
「それこそ、まさかだ。私が彼女を殺すはずがないだろう?」
即答。これまたあっさりとした否定に、レナはホッと胸をなでおろす。
いや、そもそも神は死なないって何度言えば……。消滅はするけど。
「君は勘違いをしているようだが、別に私は人を殺したり虐げたりしたいわけではない。もちろん、目的を果たすためなら多少の犠牲は容認するが……とくに理由もなくそんなことはしないさ」
そう言うヴェニアミンの顔は、興味がないようなつまらなそうな表情だった。
おそらくだが、この男は自分に興味のあることにしか何かをすることはないのではないだろうか?
だからこそ、ヴェニアミンの尖兵を名乗って好き勝手やっていた連中がいても、何も咎めることはしなかった。
尖兵たちが自分の名を騙って弱者を虐げていたとしても、していなかったとしても、どちらでも彼にとってはよかったことだから。
「そもそも、私たちにも目的がある。そのために、あの女神は必要不可欠で……今も有効活用させてもらっているさ」
「有効活用、だと……?」
不穏な言葉に、レナは顔を強張らせる。
……どうでもいいんだけど、長くないか?
さっさとヴェニアミンを破壊して女神を助け出すじゃダメなのか?
もともと、我の中では女神の救出より精霊の破壊の方に重点を置いているから、この時間が退屈で仕方ない。
「ああ。どうせなら見て行くか? 私たちにとって、とても大切な女神を」
ヴェニアミンがそう言えば、床の一部がスッと開いてそこから何かが伸びてくる。
それは、そこらじゅうに置いてある筒と同じようなものだった。
だが、他のそれらよりも大きく立派に作られていた。
また、中に液体が注がれているのも同じだが、何よりも違うのはそこに入れられている人につけられた機械と筒の数である。
他の者たちよりも、何倍も多い。
「なっ……!?」
「……悪趣味だな。ふははっ」
その筒に入れられた者を見て、レナは絶句し、我は思わず笑ってしまう。
そこにいたのは、彼女が求めていた、女神ヴィクトリアの変わり果てた姿だったのだから。




