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第22話 忠誠と敬愛

 











「ぐっ、はぁ……っ!」


 ぱちりと目を覚ますアールグレーン。

 全身に激痛が走り、起き上がることすらままならない。


「俺、は……」


 敗北した。完膚なきまでに。

 自分の神としての力と、ヴィクトリアの神としての力を使っても、なお千年の封印で弱まっていた破壊神に及ばなかった。


 とはいえ、千年前とは事情が違う。

 アールグレーンも千年命を懸けた戦いからは身を遠ざけていたため身体がすっかりなまってしまっていたし、ヴィクトリアの力だって彼女が使う本物のそれと比べるとあまりにも小さい。


 だが、それでも……。


「くそったれ……!!」


 周りを見れば、すでにバイラヴァの姿はない。

 見逃された? そう考えると、さらにいら立ちが募る。


「俺を見逃したこと、後悔させてやる! 覚悟しておけ、バイラヴァ……!!」


 その怒気と殺気は凄まじいもので、信者たちですら近づくことがためらわれるほどのものだった。

 しかし、そんな彼の元に、まるで朝の散歩をするかのような気軽さで近づいていく女の姿があった。


「あらぁ……すっごく怒っているわねぇ。怖いわぁ」

「な、んだ、テメエ……!」


 ひょっこりと倒れるアールグレーンの視界に映りこんできたのは、退廃的な色気のある笑みを浮かべる女だった。

 上から覗き込んでくるため、ボブカットの黒髪がふわふわと揺れている。


 今、アールグレーンの機嫌は最高に悪い。

 ギロリと殺意をみなぎらせた目で睨みつけるも、彼女には効果がないようだった。


 これが、自分の信徒だったら悲鳴を上げて謝罪をしているため、アールグレーンは少し不可解に思う。


「覚えていないかしらぁ? 一度会ったことがあるのよぉ」


 ニコニコと微笑む女に、アールグレーンは数百年前の記憶を呼び起こす。


「……あのときの、精霊か……」

「お久しぶりぃ」


 ひらひらと手を振る女精霊……ヴェロニカに、アールグレーンは眉を顰める。


「何の用だ」


 自分を笑いに来たのか?

 そうだったとしたら、バイラヴァの他にも殺さなければならない対象が増えるだけだ。


 そもそも、この地域を治める精霊は別の精霊のはずだ。

 そして、精霊は他の精霊に近づこうとしない。


 ヴェロニカがここにいて、自分に接触してくることの理由と意味が分からなかった。


「あのねぇ。私ぃ、あの神様にすっごく興味があるのぉ。だからぁ、お力を貸していただけないかと思ってぇ」


 その言葉を聞いて、アールグレーンが抱いていた疑念は一切なくなってしまった。


「ふっ、はははっ! いいぜ! 力を貸してやる! 俺の神としての力に、精霊の力……これさえあれば、あのクソ野郎を殺せる……!」


 そうか。この女もあの男を狙っているのか。

 だとしたら、ヴェロニカを利用しないはずがなかった。


 欲を言えば、自分だけでバイラヴァに屈辱を与えてから殺してやりたいところだが、それをするにはあまりにも強大な存在だ。

 しかし、その前座にこの女を利用すれば……弱って疲弊しているあの男を痛めつけることはできるかもしれない。


「悪いが、まずは俺の回復を手伝ってくれ。そうしたら……」


 まずは、本調子を取り戻すことである。

 早速ヴェロニカに頼ろうとして……。


「えぇっとぉ……勘違いしているわよぉ」

「あ?」


 ヴェロニカの言葉に、不穏なものを感じ取ったアールグレーン。

 彼女は申し訳なさそうにというか……困ったように頬をかいていた。


「神様と遊びたいのは私だものぉ。私って独占欲が強いみたいでねぇ。他の友達を一緒に連れて行って遊ぶのは好きじゃないのぉ」

「なにを……」


 ここに至り、アールグレーンはようやく気付く。

 自分が倒れているというのに、自分に異質な存在が近づいてきているというのに、信者の一人も助けに来ないことを。


 いや、ヴェロニカが精霊であるから、怯えて近寄ることができないということはあるだろう。

 だが、彼女はこの地域を支配している精霊ではなく、ほとんど現れないため、彼女のことを知っている者はいないはずだ。


 それなのに、何故……?


「なっ……!?」


 その理由は簡単。すでに、彼らはこの世から旅立っていたのだから。

 クレーターの周りを囲むようにして、大量の死体が倒れていた。


 血がだくだくと流れ、それはへこんだ場所にいる自分のところまで近づいてきているではないか。

 悲鳴を上げたり唖然としながら座り込んだりして生きている者もいるようだが、それはアールグレーンのためにヴェロニカに襲い掛からなかった者たちである。


 彼を思って助けようとしていた信者たちは、皆殺されていた。


「だからぁ……ああ、力を貸してって言い方が悪かったわねぇ。ちゃんと言い換えるとぉ……」


 ニコリと笑うヴェロニカ。

 しかし、その笑顔は今までの退廃的な色気のあるものではなく、邪悪でわがままで気ままな……悪魔のような笑顔だった。


「その神としての力ぁ、私に渡してぇ?」

「ひっ……! や、やめ……止めろおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 アールグレーンの悲鳴が、空高くまで響き渡ったのであった。











 ◆



「そう言えば、貴様はただの人間だったよな? 使徒って、そんなに寿命が延びるものなのか?」


 女神の使徒の女……レナ、だったか? 彼女に方角を指示されながら、我は空を跳んでいた。

 空中の大気を蹴るようにしている。そっちの方が速いしな。


 しかし、ずっと何も話さないでいると、レナがグズグズと泣いてまた我の衣服に体液が付着するので、気になっていたことを尋ねることにした。


「え? そう、ですね。正直、使徒の平均寿命というものがハッキリとしているわけではないので……。もともと、数も少ないですから、人間のようにどれくらいというのは統計的に得られているわけではありません」


 まあ、そうだろうな。

 少しとはいえ、神の力を使うことができる使徒。


 それがもっとたくさんいれば、千年前の戦争も、もっと楽しくなっていたことだろう。

 まあ、我負けないけど。


「ただ、神に対する忠誠と敬愛によって使徒へと昇華されるわけですから、寿命というのもその強さによって増減するのではないかと思います」


 忠誠と敬愛……。


『あー……じゃあ、絶対あの子たちも使徒として生き残っているわね。狂信者だったし』


 嘘、だろ……?

 千年も経っているから絶対に死んでいると思っていたのに……。


 だが、レナの言ったことが事実だとすると……あ、ありえない話ではない。

 この我が怯える……?


 そんなことがあるはずが……。


「あ、あそこです! アールグレーンが私をいたぶっていた時に、話していたことがありました」


 レナの言葉に、ハッと意識を浮上させる。

 彼女が担がれながら指さす方向は、洞窟があった。


 何名かの尖兵が、そこを守っているように屯している。

 暴虐を振るい、治外法権の存在である尖兵が何人もいれば、人だって近寄らないだろう。


 当然、我にとっては何の抑止力にもなりはしないが。


「ほほう。では、行くか。女神を助けになぁ」


 我はニヤリと笑って、空から降りていくのであった。




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