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第147話 許さんぞ

 










 精霊王を破壊してから、少しの時間が流れた。

 その間に、我は元の世界に戻ってきて、侵略を続けていた精霊どもの掃討に突入する。


 我の世界を当たり前のように蹂躙する愚か者どもは、許さん。

 精霊ということもあって、個々の能力はそれなりに見れるものがあるのだが、精霊王という頂点を見ている以上、もはや彼らを見て思うところなんて何もない。


 それに、精霊王というトップが消えたことによって、侵略を続ける精霊たちも多かった。

 彼に対する忠誠心などを持ち合わせている者は非常に少なく、しょせん力によって押さえつけられていたにすぎないのだろう。


 多くは嬉々として元の世界に戻っていった。

 それでも、この世界で暴れ続けようとする者は、我が破壊してやった。


 こうして、この世界に対する精霊の侵略は、終わりを迎えたのであった。

 やっと、我の世界征服を進めることができる……。


 本当に長かった……。

 脅威がすべて取り除かれたことは、世界中に広まった。


 各地でお祭り騒ぎとなり、とくに激しく精霊軍と衝突していた『バイラヴァ教』関係者たちは大騒ぎである。

 遺憾ながら彼らが崇拝する我が敵の首魁を破壊したということも大きいだろう。


 我の神殿の周りでは昼夜問わず多くの者たちが喜び歌い……そして、それは我のいる神殿の中でも……。


「バイラヴァ様ー! 今日は祝杯ですわー! 飲みましょおろろろろろろろろ」

「ぐああああああああ! 我の近くに寄るなクソが!!」


 ニッコニコ笑顔で近づいてきて嘔吐するヴィクトリアに、我は悲鳴を上げる。

 こいつ……! 本当に慈愛と豊穣の女神か?


 もうかけらも名残が残っていない……。


「あんた水の勇者でしょ? あれも水だし、飲みほしなさいよ」

「君はドMじゃん。顔面からかぶらせてもらいなよ。喜ぶんでしょ?」

「どっちも行けばいいじゃないのぉ」

「「は?」」


 勇者、魔王、精霊も元気そうに煽りあっている。

 なんだお前ら。なんで一緒にいるんだ。


 絶対殺し合いに発展するだろ。

 迷惑だからよそでやれ。そして、二度と我に近づくな。


「なんなんだあいつら……。なんで我は戦闘をしたわけでもないのに、これほど疲れねばならんのだ……」


 我はそうぼやきながら、その場を離れる。

 全力で気配を消したスニーキングである。


 破壊神である我が、これほどこそこそと逃げに徹するのは初めてのことだろう。死にたい……。

 無駄に荘厳に作られた神殿には、周りの都市を見渡すことができる立派なバルコニーがある。


 ……もともと、ここはさびれた村だったよな?

 もう中規模の都市並みに発展していないか、これ?


 あと、あの忌々しい巨大な我の銅像はいつになったら撤去される。

 もう我が壊してやろうか。


 バルコニーに出て景色を眺めるだけでも疲れる。

 ただ、寝るにしても夢の中で【あれ】と顔を合わせるのは嫌だし……。


 詰んだな……。


「じゃあ、もっと疲れてもらいましょうか」

「…………」


 疲れさせようとする意図に腹立たしさを覚えながら振り向くと、そこにはヴィルがいた。

 声音で分かっていたから、その点では驚きはない。


 だが、我は復活してから一番といっていいほどの驚きを覚えていた。

 その理由は……。


「……? どうしたのよ?」


 首を傾げるヴィル。

 我の反応が目新しいのだろう。


 いや、だって……。


「ヴィルが酒を飲んでいない、だと……?」


 酒を、飲んでいない。

 酒瓶を、持っていない!


 これはおかしい!

 何でもない時でも当たり前のように飲んでいるというのに、今日のような宴会のような形の時に、酒を飲まないなんて……!


「いや、そういう気分の時もあるわよ……」


 あきれたように我を見るヴィル。

 バカな……。四六時中浴びるように飲み、我の身体の中で嘔吐するような奴だぞ……。


 常人ならば気分次第ということはあるだろうが、ヴィルに限ってそれはないはずだ……。


「終わったのね、いろいろ」

「……ああ、そうだな」


 戦慄していれば、ヴィルがそう声をかけてくる。

 我と彼女の間で『終わった』という言葉が指し示しているのは、間違いなく精霊関係である。


 思い返せば、我とヴィルにとっては、千年以上にわたる因縁にケリがついた。

 感慨深く思っても、何ら不思議ではない。


「あたしはずっと10号を……お姉ちゃんを殺した精霊王に復讐がしたかった。あたしたちが殺してしまった妖精たちを守りたかった。だから、あなたと一緒にいた」


 ヴィルと最初にもう一人いた奴のことか。

 我がやったのだが、まあその復讐は果たせたと言ってもいいだろう。


 それに、妖精たちのことはこの世界のバカどものせいだから、もはやどうしようもない。


「でも、もう終わっちゃったのよね。悲しくも嫌でもないけど……ぽっかりと心に穴が開いちゃった気分よ」


 良くも悪くも、ヴィルにとって生きる意味とは精霊王に対する復讐と妖精の保護だった。

 それら二つがもはやなくなったのだから、彼女からしてみれば迷子みたいなものなのだろう。


「ねえ、バイラ。あたし、どうしたらいいと思う?」


 じっとこちらを見上げてくるヴィル。

 どうしたらいい? そんなもの……。


「知るか」

「そ、そんなに面倒くさそうにしなくても……。さすがのあたしもショックだわ」


 ヴィルの頬が引きつる。


「我がそういう性格だということは知っているだろうが。それなのに、そんなバカげたことを聞いてきた貴様が悪い」

「まあ、知っているけど……」


 頬を膨らませ、ふてくされるヴィル。

 親切に親身になってくる我のほうが怖いだろうが。


 まあ、彼女からすれば、いざ自分が本当に思い詰めているときに突き放されては、なかなかに悲しいのだろう。

 相談相手が間違っているということができるだろうが、ヴィルからすれば、我以外にはいろいろと壊れたバカたちしかいないため、もはや相談相手がいないに等しい。


 深くため息をつくヴィル。

 これから、自分はどうしていけばいいのか。


 何を目的に、生きていけばいいのか。

 沈む顔を見せるヴィルを見て、我は小さくため息をついて口を開いた。


「適当に酒でも飲んでいればいいだろうが。浴びるように飲んで、適当にそのあたりで酔いつぶれていろ。貴様にとって、悪いことでもあるまい」


 ……やはり、このようなことを言うのは性に合わない。

 だが、我の近くでいつまで沈んでいられたら迷惑である。


「我はこれから世界に暗黒と混沌を齎す。貴様が見たいのであれば、ついてくればいい」


 邪魔さえしないのであれば、どうしようがヴィルの勝手である。

 あの三バカプラス1のようなやかましい連中なら却下だが。


 我の言葉を聞いて、ヴィルは目を丸くして……。


「……やっぱり、ツンデレ」

「よし、もう二度と我にかかわるな」

「ごめんってば!」


 歩き出した我の肩に乗ってくるヴィル。

 クソ……。この場を去ろうにも、向かう場所に三バカプラス1がいては意味がない。


 ……我だけのセーフティースペースを作らねばならんな。


「……ありがとうね」

「ふん」


 そんなことを考えていれば、ヴィルの小さな礼の声が聞こえる。

 別に、励ましたわけではない。


 鼻を鳴らして、そのまま歩こうとして……。


「救世主」

「許さんぞ」


 とんでもないことを言ったヴィルを肩から払いのけるのであった。




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