第143話 雄たけび
『がはっ……!?』
精霊王の巨大な身体。
何人も触れることさえできなかったそんな身体に、致命傷ともいえるほどのダメージが与えられていた。
腹部からは、身体のさらに向こう側を拝むことができた。
巨大な風穴が、そこには開いていた。
【ほう。貴様にも臓器や血はあるのだな。案外、人間と変わらんではないか】
風穴からは、ダクダクと血が流れる。
ボトボトと嫌な音を立てて臓器も零れ落ちてくる。
それを見て、バイラヴァはあざ笑う。
今の彼の表情はうかがい知ることはできないが、どう猛な笑みを浮かべて歓喜の色を宿しているに違いない。
『破壊、神……!』
【どうした? 貴様が好きなスリルのある殺し合いだっただろう?】
風穴を開けた場所から左に腕を振るえば、身体が上下にちぎれかかる。
ごぷりと、精霊王の口から塊のような血が飛び出す。
豊かな髭は、その吐血に巻き込まれてべとべとに湿って赤く染まっていた。
視線だけで人を殺せるほどの怨嗟のこもった目を向けながら、精霊王は地面に倒れこんだ。
【あっけない終わりだったな。貴様の異世界侵略も、管理者への反撃も。もう寝ろ】
破壊神と精霊の戦い。
千年前から続いていると捉えれば、非常に長い時間をかけたものだった。
人の戦争は長くとも100年ほどだと考えれば、その10倍以上である。
しかし、これでそれは終わった。
二人の勝敗を分けたのは、最初から本気を出していたかどうかである。
精霊王は手加減をした。バイラヴァは最初から殺すつもりで戦った。
その違いである。
バイラヴァは赤々と光る眼を倒れる精霊王に向け、もはや興味がないと背を向けて歩き出し……。
『いいや、まだじゃ。ワシの執念は、それくらいでは終わらんのだよ』
【!?】
精霊王の声に驚愕して振り向くバイラヴァ。
そんな彼の瘴気の身体を、光の槍が貫くのであった。
ぽっかりと瘴気が霧散し、穴が開く。
そのダメージは深刻なものだが、それ以上に彼からすれば精霊王が生きているほうが衝撃は大きかった。
にやにやと笑いながらバイラヴァを見る精霊王。
彼は、一切のダメージを受けている様子もなく、平然と立っていた。
【な、んで……生きている……!】
『それは、そこに転がるワシもどきを見ればわかるだろう?』
精霊王が指さしたところには、もう一人の精霊王が倒れている。
確かに、バイラヴァは一人殺していたのだ。
だが、それが本物の精霊王だということではなかった。
グニャグニャと、その倒れる精霊王の身体がゆがむ。
そして、それが収まってあらわになったのは、精霊王とは似ても似つかない一人の精霊だった。
【幻覚だと!? そんなちゃちなものに、この我が引っかかるなどと……!】
そう、幻覚である。
精霊王は、その精霊が自分に見えるように幻覚をかけていた。
そのため、バイラヴァが戦って殺したのは、精霊王の姿をした普通の精霊ということになる。
『そうじゃ、ありえん。ある程度の実力者以上になれば、精神汚染に対する耐性も付くものじゃ。当然、お前もあるのだろう。ワシもそうじゃ』
バイラヴァが驚愕する理由は、精霊王もよくわかっていた。
幻覚など、通常であれば彼は引っかかることはない。
肉体的なダメージ以上に脅威なのは、精神的なダメージである。
たとえば、催眠状態などにかけられてしまえば、その強大な力は何の意味もなくなってしまう。
力は振るえなければ、意味をなさない。
当然、バイラヴァもそのような精神攻撃は無効化しているはずなのだが……そんなことは、精霊王も百も承知だった。
『だが、ここはワシのテリトリーじゃ。破壊神を迎え入れるために、入念に準備しておる。精神汚染がここにきてからずっとかかっており、その効果も増強される仕掛けもあった。さすがのお前でも、それを無効化することはできんかったようじゃなあ』
【ちっ……!】
バイラヴァは舌打ちをする。
ヴィルの言う通り、やはり罠が仕掛けられていた。
強大な力を持ちつつも、この用意周到さ。
正々堂々と打倒すというプライドはないものの、だからこそ精霊王が敗北することはなかった。
『しかし……いやはや、恐ろしいのう。今回の仕掛けをしておらんかったら、間違いなくワシは負けて殺されていた。危ない危ない。間一髪じゃ』
倒れる精霊を見て、精霊王は安堵の息を漏らす。
精霊王でも、あれだけの攻撃を受ければ、ただでは済まなかっただろう。
念には念をということで、この仕掛けを用意していて正解だった。
『さて、お前はワシの身体に血や臓器が入っているのが面白いと言っていたが……ワシも興味があるのう。お前の中には、それらはちゃんとあるのか? その瘴気の身体を解体して、確かめてみたいものじゃが……触れるだけで命を吸い取られそうなほど汚らしいから、やめておこう』
汚らしいごみを見る目でバイラヴァを見下ろす。
おぞましい黒い瘴気が吹き荒れている。
触れば、毒のように全身を回って衰弱死しそうだ。
だが、攻撃しなければ、バイラヴァを殺すことはできない。
なので……。
『代わりに、このような感じでどうかな?』
【がっ……!?】
精霊王は少し離れた場所から、魔力弾を撃つ。
それは、バイラヴァの身体を吹き飛ばす。
威力もすさまじく、大きな爆発とともに煙が空高くまで伸びていた。
【ぐっ、づっ、ぎっ……!?】
さらに、続けて2、3、4……。
いくつもの魔力弾が、まるで雨のように絶え間なくバイラヴァに襲い掛かる。
そのたびに、衝撃を受けて吹き飛ばされる破壊神。
ぼろくずのように、宙を舞う。
『ダメージが通るのが不思議か!? この空間には、もう一つの細工がしてあってのう。お前がそのような訳の分からん姿になることができることは知っておったから、それでも攻撃が通るように作っておいた。お前のための空間じゃ。存分に楽しんでくれよ!』
瘴気の身体は、物理的な攻撃などを無効化することができる。
しかし、精霊王はその対策もしっかりととっていた。
それゆえに、今バイラヴァは深刻なダメージを受け続けているのである。
ドン! とバイラヴァが倒れこむ大地に爆発が起こる。
まるで、噴火のように、爆炎が吹きあがる。
身体を焼かれると同時に、バイラヴァの身体が宙に飛ばされる。
さらに、彼の瘴気の身体が霧散して、人型へと戻る。
『なかなかダメージもその身体だと通りづらいようじゃからな。それに……人型のほうが、お前を痛めつけられていることがわかって面白い』
血だらけになっているバイラヴァを見て、心底楽しそうに笑う精霊王。
「……趣味が悪いな、貴様」
『お前ほどではない』
バイラヴァの腹部に精霊王のつま先がめり込む。
戦闘技術のかけらもない、ただのキックだ。
鍛えられた大抵の者には避けられるし、防がれることだろう。
しかし、甚大なダメージを受けているバイラヴァには、それをすることはできなかった。
止めようとしても口からあふれ出てしまう血。
骨の何本もへし折られ、臓器が損傷する。
さらに、吹き飛びそうになるのを、腕をつかまれてしまう。
顔を上げれば、固く握った拳を振り上げ歓喜の笑みを浮かべる精霊王。
とっさに腕を構えようとするが、もう遅い。
バイラヴァの顔面に、精霊王の拳がめり込むのであった。
血を吹き出し、顔面が大きく損傷する。
地面を跳ねるように何度も転がり、立ち上がることもできずに倒れこむ。
さらに、そこに精霊王が魔力弾を撃ち込む。
それも、様々な属性を盛り込んだ、破壊力満点の弾だ。
業火に燃え盛る炎の弾。
人体に苦痛と恐怖を与える雷の弾。
身体を壊死させる冷気をまとった弾。
ただ身体を貫くことを目的とした鉄の弾。
それらが同時に100以上撃ち放たれ、すべてバイラヴァに命中した。
腕が飛び、身体が焼かれる。
身体にはいくつもの穴が開き、血が噴き出す。
バチン! と耳障りな音がしたと思えば、彼の身体は真っ黒に焦げてびくびくと身体を震わせていた。
そして、バイラヴァの身体はゆっくりと前のめりに倒れこみ、精霊王は歓喜の雄たけびを上げるのであった。




