第140話 勧誘
『よくぞ、ワシの前まで来てくれた。感謝しよう。なかなかあのゲートを通ってたった一人ワシの前に出てくることは難しかっただろう』
「…………」
鷹揚にうなずく精霊王。
自然に上から目線だ。
『少し、話をせんか? 準備もできておる。ほれ、座れ――――――』
いつの間にか、テーブルと椅子がセッティングされてある。
精霊王は手招きをしてバイラヴァを誘い……。
ドン! と爆発が起きる。
テーブルと椅子が空高くまで打ち上げられ、地面に落ちて粉々に粉砕される。
「我は貴様と仲良く話をしに来たわけではないぞ。そして、貴様もまたそうだろう。あまり下らんことに時間をかけるなよ」
『せっかちじゃのう……。ヴェロニカとは席に座って話したのではないか? ワシとも多少話してくれても、ばちは当たらんと思うがのう』
バイラヴァはもちろん殺すつもりで攻撃を仕掛けた。
しかし、精霊王は当然のように生きており、まったくの無傷である。
残念そうにため息を吐いていることから、本当にバイラヴァと話すつもりだったのだろう。
もちろん、そんな仕草を見ても、罪悪感なんて微塵も抱かないが。
だが、精霊王がそのような出方をするのであれば、バイラヴァも乗ってあげないことはなかった。
彼も、多少なりには聞きたいこともあった。
「……なら、貴様はどうしてこの世界に……いや、様々な異世界に侵略をする? 我は異なる世界に微塵も興味がわかんから、貴様の考えはよくわからんのだ」
別に、義憤を抱いているというわけではない。
確かに、精霊王の侵略により、多くの悲劇が生み出されているだろう。
だが、バイラヴァはその悲劇を味わっている人々のために怒りを抱いていることはない。
ただ、純粋に気になったのだ。
自分はこの世界を征服し、暗黒と混沌を齎すだけで十分であるために。
精霊王もまた、とくに隠し立てする必要がないため、正直に話す。
『無論、魔素のためじゃ』
ピッと人差し指を立てる。
『ワシらの故郷の世界では、魔素の枯渇が著しい。このままでは、ワシらは魔法を使うことができなくなるだろう。そうなれば、どれほどの影響が出るか、わからんはずはあるまい?』
魔法の使用が不可能となる。
魔法を基礎として発展してきた文明であるがゆえに、それはとてつもなく大きな混乱をもたらすだろう。
今まで普通に使えていた技術などが、一切使えなくなるのだ。
原始的な生活に逆戻りということだって考えられる。
ならば、それを回避するためであれば、たとえ異世界への侵略だって排除しない。
そんな精霊王に説明に、バイラヴァは鼻で笑った。
「それは、嘘だ」
『なに?』
あっさりとした断定。
精霊王はピクリと濃い眉を上げる。
「いや、嘘というのは、貴様の世界で魔素が枯渇しているということではない。それは事実なのだろうよ。だがなぁ……魔素の枯渇で魔法が使えなくなるだと? 下手な嘘はやめろ」
心底不愉快そうに顔をゆがめるバイラヴァ。
「確かに、魔法は魔力の元となる魔素が必要不可欠だ。だが、魔素は人体の中でも生成されるもので、大気中から枯渇したとしても、魔法を使えることには変わりない。まあ、大規模な魔法が使用できなくなったり、魔法の効果が落ちたりといったことは想定できるがな」
人は魔法を使用する際、大気中に漂う魔素を吸収して魔力に変換し、魔法を使用している……というのが一般的な通説である。
しかし、バイラヴァはそれが真実でないことを知っている。
いや、確かにそれが一般的な魔法の使用方法なのだが、やろうと思えば大気中の魔素を取り入れずとも、体内のものを使って魔法を使用することは可能である。
魔族が人間よりも強力な魔法を使うことができるのは、体内で生成できる魔素に違いがあるからとも、一説では言われている。
つまり、だ。
「魔素の枯渇は、異世界侵略の理由としては間違っていない。事実、貴様に従う精霊どもは、それに疑問を抱くことなく侵略に突き進んでいる。だが、一つや二つならまだしも、数多くの異世界を侵略する理由には弱いよな」
精霊王による異世界侵略は、規模が大きすぎるのだ。
魔素の枯渇を理由とするには、あまりにも。
バイラヴァとしては、別にこれで追及したいというわけではない。
純粋な疑問である。
大して気持ちも込めずに暇つぶし程度に聞いていた。
だから、ポツリと精霊王がこぼした単語に、彼はひどく動揺した。
『――――――管理者』
「っ!?」
ぎょっと目を見開くバイラヴァ。
目ざとくそれを捉えた精霊王は、にやりと笑う。
『この言葉に聞き覚えがあるようじゃなあ。やはり、破壊神はそこらにいる者とは違うらしい。管理者に操られ、そのことにも気づかない愚か者どもとはな』
「……驚いたな。まさか、貴様も知っているとは」
自分以外に【管理者】を知っている者がいるということに、まず驚いた。
おそらく、この世界においては、バイラヴァ以外知る者はいないだろう。
限りなく世界の真理に近い神であっても、だ。
バイラヴァによって殺されたアールグレーンはもちろんのこと、豊穣と慈愛の女神であるヴィクトリアでさえ、知らないだろう。
『知らなければ、ここで殺すところだが……知っているのであれば、話は変わる。お前の性格も考えれば、無理な提案ではないはずじゃ』
「なに?」
唐突な話の変化に、バイラヴァはいぶかし気な表情を浮かべる。
そんな彼に、精霊王は手を伸ばす。
『ワシとともに来い、破壊神。ワシとお前で、管理者を殺すのじゃ』




