第138話 またね
「はあ……」
まったく……ため息しか出てこない。
精霊というのは、無尽蔵にわいてくる毒か何かか?
ようやくこの世界からすべての精霊を駆逐したと思えば、またおかわりである。
誰も求めていないことをさせられて、非常に不愉快だ。
「でも、あっさりと倒しているじゃない。瞬殺よ、瞬殺。さっさと進んで楽だわ」
「面倒なのは事実だろうが」
楽し気に話しかけてくるヴィル。
最近は、我の中にいることよりも、外に現れていることのほうが多い気がする。
精霊王に見つかって、吹っ切れたのだろうか?
我としては、身体の中で嘔吐されないため、大歓迎である。
「まあまあ。ヴィクトリアたちを精霊たちのいる場所に向かわせて対処してもらっているんだから、だいぶマシでしょ?」
ヴィルの言う通り、確かに我だけで世界中に展開している精霊の軍勢を処分しようとすれば、かなり手間だ。
女神、勇者、魔王、精霊。あれらに戦ってもらうことで、それらがずいぶんと省けていることは事実だろう。
だが……。
「というか、あいつらに精霊を任せてもよかったのか?」
それだけが、気がかりで仕方ない。
ヴェロニカ以外は、一度は精霊に敗北した連中だぞ。
また戦わせたところで、敗北して捕らえられるのが落ちになるのではないか?
唯一敗北経験のないヴェロニカは、精霊だし。
裏切りとか、考えられないのだろうか?
「大丈夫よ三馬鹿は報復と復讐でぼこぼこにしているし、ヴェロニカもなんかノリノリで攻撃しているし」
ヴィルはどういう手段か、世界中に散らばっているあれらの動向を把握することができているらしい。
……まあ、負けていないのであればいいのだが。
三馬鹿はともかく、ヴェロニカは何をしているんだ……。
一応、お前の仲間だろうが……。
「でも、びっくりするくらい数が多いわね。人工精霊、あたしがいた時よりも量産できるようになっているのね」
ポツリとつぶやくヴィル。
我が先ほど消し飛ばした中にも、大量の人工精霊がいた。
あれらは、もう救うことはできない。
破壊することしかできない我はもちろんのこと、回復という特殊な能力を持つヴィルでも、どうすることもできない。
それほど深い場所を、作り替えられているのだ。
だから、このように落ち込まれるとうっとうしくて仕方ない。
「いちいち落ち込むな、面倒くさい。もう終わりにすればいいだけの話だろ。幸い、その首魁がこの世界に来ているようだしな」
人工精霊に改造された者は、もう救えない。
精霊王の命令に唯々諾々と従う人形に成り下がった者の末路は、死ぬまで使いつぶされることだけである。
ならば、それらをこれ以上増やさないようにするのが、やるべきことでできることではないだろうか?
そんなことを考えていると、ヴィルがこちらをじっと見てくる。
「……励まし方へたくそっ」
殺すぞ。
我の殺意を受けて、楽しそうに笑うヴィル。
くっ……。初めて会ったときは、もっと我に畏怖を抱いていてよかったのに……。
……なにじっと見てきているんだ。ぶっ飛ばすぞ。
我が至近距離から眺めてくるヴィルを怒鳴りつけてやろうとしていると……。
『ふーむ……さすが破壊神じゃなあ。精霊二人を瞬殺とは……。あやつらが情けないのか、破壊神の力か……どちらもじゃな』
声が聞こえる。
その声の振動で、大気が震える。
姿も現さないため、本来であればだれの声がわからない。
しかし、我は……そして、ヴィルは、この声を間違うはずがなかった。
「ようやくお出ましか? 精霊王」
『まさか、こうまでも侵略が停滞するとは思ってもいなかった。予想外じゃ。おそらく、このまま続けていてもじり貧じゃろう。ワシらは侵略することができず、そちらは世界を守り切ることはできん』
詳しくは知らんが、精霊王はもっと侵攻を進めているつもりだったのだろう。
我と、三馬鹿プラス裏切り者のおかげである。
だが、確かに精霊王の言う通り、このままではどちらが押し切るのは時間がかかる。
我もこれ以上精霊などとはかかわりあいたくないが……。
「貴様のつまらん予想を聞いているわけではないのだが?」
『そう言うな。ワシは提案をしに来たのじゃよ』
「提案?」
眉を上げる。
その反応を、あちらは見えているのだろう。
楽し気な笑い声が聞こえてきた。
『ワシと破壊神。頭同士で決着をつけようではないか』
「ほう?」
またもや眉を上げる。
しかし、それは先ほどの怪訝なものではなく、感心する意味が強かった。
ろくでもない提案だと思っていたが……いやはや、いい提案をしてくるじゃないか。
『ワシが勝てば、もはやこの世界を守る存在はなくなり、侵略が非常にスムーズにいく。喉から手が出るほど欲しかった魔素が手に入る』
精霊王が説明を始める。
別に我はこの世界を守るつもりなんて毛頭ないのだが……まあ、勘違いするのは自由だ。
不快ではあるがな。
『破壊神が勝てば、首領である精霊王が死に、精霊たちは一気に瓦解することになる。もはや、この世界を脅かすことはないだろう』
どのような戦闘においても、頭をたたくというのは非常に重要だ。
その後の戦闘を優位に進めることができるのはもちろんのこと、かなり勢いづく。
『どうじゃ? 一口乗ってみんか?』
その声音には、まさか断らないだろう? と言外に伝えてくるものがあった。
もし我が断れば……あざ笑うだろう。侮辱するだろう。
そういうことを暗に匂わせ、断りづらくさせている。
なるほど、厭らしい性格だ。
「やめたほうがいいわよ。あの精霊王の言葉なんて、全部トラップみたいなものだわ。乗れば最後、奈落の底まで突き落とされるわよ」
耳元に寄ってきたヴィルが、こそこそと話してくる。
あまり意味はないと思うが……。
『ひどいのう。あれほどワシのために尽くしてくれていたじゃないか』
「反省したのよ、クソジジイ」
やはり、精霊王は耳ざとく聞いていたらしい。
ヴィルも舌を出して挑発する。
昔では考えられないことだ。
さて、ヴィルの警告と精霊王のあからさまな挑発。
それらを鑑みて、我が選んだ選択肢は……。
「いや、いいだろう。貴様の提案、乗ってやる」
笑って、精霊王の提案を受け入れるのであった。
「バイラ!」
『うむうむ、豪胆よのう。さすがは破壊神じゃ』
悲鳴を上げるヴィルに、自身の思い通りにいったと笑う精霊王。
どうしてという目を向けてくるヴィルに、説明する。
「ちまちま今までのように精霊を殺していてもらちがあかん。こいつを殺さなければ、ずっと侵略され続ける。面倒極まりない」
「だからって……!」
どうやら、この説明だけでは納得してもらえないようだ。
まあ、精霊王の力を我よりも知っているからというのもあるだろう。
しかし、知っていてそのようなことを言っているのだとしたら、それは問題だ。
我のほうが、精霊王よりも弱いと言っていることに他ならないのだから。
今のヴィルは、たとえどのような言葉を言ったところで、なかなか納得してくれる様子ではない。
我は一息ついて、ヴィルと目を合わせる。
「だいたい、この我が負けるとでも思っているのか?」
そう言えば、不安の色に染め上げていた目をパチクリと大きく見開く。
そして、しばらくうんうんと悩んでヴィルは答えを出した。
「……思ってない」
不承不承といった様子だが、彼女は我を信じることに決めた。
よし、説得完了。
『うーむ、ずいぶんと懐いて信頼されているようじゃなあ。うらやましいことじゃ』
「我は提案を受け入れたぞ。さっさと姿を現せ。なんだったら、我のほうから出向いてやっても構わんぞ」
『ならば、そうしてもらおうかの』
つまらんことを言う精霊王。
いまだにこの場所に姿を現していないので挑発すれば、目の前の空間がゆがんで大きな穴のようなものが現れる。
『この中に入れ。ワシのいる場所へとつながっておる』
どうやら、くぐった者を移動させるゲートのようなものらしい。
離れた場所にこのようなものを展開できるのは、さすが精霊王だということか?
「な、なんでそっちに行かないといけないのよ! そのゲートもめっちゃ怪しいし!」
『ワシと破壊神の戦闘だぞ? そこで戦えば、周りへの被害はとんでもないことになるじゃろうが。魔素に影響があったらどうしてくれる』
「知るか!」
我よりもヴィルの反応のほうが大きかった。
どちらの言うことにも一理ある。
精霊王のいるところ……つまりは、やつのホームになるのだが、ならばどのようなことを準備して待ち受けているかわからない。
しかし、精霊王の言う通り……まあ、やつの力がどの程度のものかにもよるが、戦闘となればその余波も大きなものになるだろう。
これから、我のものになって暗黒と混沌を齎さなければならないというのに、勝手に壊されてはたまらない。
『それに……この程度で怯えて躊躇するのであれば、何もワシが殺してやる必要もないわ』
まーたあからさますぎる挑発だ。
だが……腹が立つ!
「ちょっ、バイラ! 本当に行くの!?」
「さっさと精霊王を破壊して、戻ってくる。この世界を我のものにしなければならんからな。貴様はここで残っていろ。足手まといになられたら面倒だ」
止めようとしてくるヴィル。
この我を挑発など、許さん。
今まで生きてきたことを後悔するくらい、ぼこぼこにしてから破壊してやる……!
ヴィルは残していく。
彼女の回復は非常に役に立つのだが、やはりトラウマの根源である精霊王の前に連れていくのは、酷というものだろう。
そもそも、我一人であれを破壊するのは十分だ。
「……わかっているわよ。あ、でも、死んだらダメだからね。神は不死らしいけど、精霊王なら殺す手段くらいは考えていそうだわ」
「ふん、死ぬわけがないだろうが」
ヴィルもついに腹を決めたのだろう。
これ以上止めてくることはなく、見送ってくれるようだ。
空間がゆがんでいるゲートへと向かう。
「ちなみに、死んだらあたしも死ぬようにつなげているから。あたしを殺すんじゃないわよ」
「なに勝手なことしてんだ!」
意気揚々とゲートの中に乗り込もうとしていたのに、とんでもない言葉が聞こえて思わず足を止めてしまう。
振り返れば、ふっとやってやった感を出しながら笑みを浮かべるヴィルがいる。
なんでどや顔なんだ!?
「ほら、行ってらっしゃい。ヴィクトリアたちが追い付いてへばりついても知らないわよ」
「……まったくありえんわけではないから困る。はあ……」
ひらひらと手を振り、とても気安く送り出すヴィルにため息をつく。
確かに、こいつはまだ物分かりがいいが、あいつらは聞く耳持たなそうだしなあ……。
とくに、女神だ。あれは壊れる前から頑固だった。
彼女たちが精霊を倒してこちらに来る前に、さっさと終わらせておこう。
ついに、ゲートの前に立つ。
ここから中の様子をうかがうことはできないが、その先には精霊王が待っていることは確実だ。
これで、ようやく終わる。
千年前から続く、精霊との戦いが。
我は一歩そのゲートに足を踏み入れた。
「またね、バイラ」
「ああ」
もう、振り返ることはない。
そうしてさらに中へと歩みを進め、どぷっと音を立ててゲートが閉まったのを耳で聴きとるのであった。
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