第137話 資格がない
「……つまらねえな、やっぱり」
ロメロは道を歩きながら、ポツリとつぶやいた。
戦闘狂というわけではないが、命の危険と隣り合わせのスリルある戦いは好きだ。
生きているという実感を与えてくれる。
もちろん、征服した後の世界で、そのようなことを楽しむことはできない。
そのため、今回の異世界侵略はとても楽しみにしていたのだが……。
「破壊神ねぇ。本当にそんな大した奴なのかね? まだ、全然出てこねえじゃねえか。おじけづいたんじゃねえだろうな?」
楽しみだったもう一つの理由は、この世界には破壊神がいると聞いていたからだ。
破壊神バイラヴァ。世界最強の悪神。
世界を征服しようとし、その邪魔となる精霊を皆殺しにした男。
ロメロが興味を抱かないはずがなかった。
だから、すでに自分たちに侵略され、勢力を広げられているというのに、いまだに出てこない破壊神に対して不信感が募る。
「いや、大したことはあるか。じゃないと、先遣隊の精霊が全滅するはずはねえ」
一瞬募った不信感を、すぐに拭い去る。
すでに、精霊が複数殺されているのだ。
だからこそ、自分たちが今侵略をしている。
本来ならば、精霊が最低三人もいれば、世界なんて簡単に侵略できる。
それができていないということは、破壊神の力は確かなものだということだ。
「だが、まあ……精霊王はビビりすぎかもしれねえなあ。そこまでの……俺が楽しめるやつじゃねえかもな」
期待はしている。
しかし、盲目的に信じることはしない。
どこか冷めたものを抱えていた、そんな時だった。
「っ!?」
カッと背後で目がくらむような光があふれたかと思うと、次に訪れたのは鼓膜が破裂してしまいそうになるほどの轟音と衝撃だった。
吹き飛ばされそうになるのを、ロメロは何とか足に力を込めて耐える。
石でできた家などが吹き飛んでいることから、この衝撃に耐えきったロメロが素晴らしいと評されるべきだろう。
「……スカルバか? いや、あいつにここまでの力はないな」
汗を一筋たらしながら、ようやく収まった衝撃に唖然とするロメロ。
爆心地である後方を振り返り、予想を立てる。
スカルバは、確かに精霊として恥じない力を持っている。
だが、このように……まるで、巨大な爆弾をいくつも同時に炸裂させたような攻撃手段は、持っていなかったはずだ。
それに、この遠く離れた場所にいても肝が冷える純粋な力の波動は……。
「おいおい。まさか、本当に破壊神か?」
ロメロは汗をたらしながら、しかし笑みを浮かべる。
全力で地面を蹴り、元の場所へと舞い戻る。
その速度は、ロメロが消えたように錯覚するほどだった。
◆
「おいおい。本当に……何があったんだ?」
爆心地と思われる場所に向かったロメロ。
そんな彼を待ち受けていたのは、荒野だった。
そう、荒野である。建築物などの、文明的なものは何一つとして残っていない。
ここには、それなりの規模の発展した街があった。
そして、ここにはそこで捕らえられた人々と、そんな彼らを虐げて楽しんでいたスカルバ、それに従う人工精霊たちがいたはずだ。
それらが、すべてきれいさっぱりなくなっていた。
まるで、最初からそのようなものは存在していなかったかのように。
「……いや、そんなことはねえな」
ロメロの視線の先。そこには、スカルバがあおむけで倒れていた。
大きくクレーターになっている斜面に横たわっているため、かなり爆発の中心地にいたのだろう。
「無傷、なはずねえわな」
近づくにつれて、スカルバの身体の詳細が見えてくる。
いや、詳細というには、あまりにもサンプルが少ないだろう。
もはや、彼の身体は首から上しか残っていなかったのだから。
「おい、スカルバ。まだ生きているか? いや、ふつうは死んでいるんだけどよ」
首の隣に座り込み、ロメロはそう声をかける。
当然、普通なら死んでいる。
しかし、強い精霊としての身体が、まだ彼を生かしていた。
カッと目を見開き、ロメロを捉える。
「あ、が……ば、け、もの……!」
絞り出すようにそう言葉にした後、もう二度とスカルバは口を開くことはなかった。
「……最期の言葉がそれかい。なんていうか、すさまじいな」
スカルバという精霊の最期を目の当たりにしたロメロは、ため息をつく。
立ち上がり、視線を向ける。
「あ、あ……」
そこには、言葉すら出せなくなってしまった街の人々がいた。
そう。精霊スカルバですら、首から下のすべてを失って命を落としたというのに、完全な無傷という状態で、だ。
「捕まえていた人間どもは生きている? ということは、だ」
彼らにスカルバですら命を落とすだけの攻撃を、防ぐだけの力があった?
それほどの力があるのであれば、自分たちが侵攻してきた際に抵抗できたはずだ。
それこそ、自分ももっと楽しむことができただろう。
それがなかったということは、彼ら自身の力で助かったというわけではないこと。
そして、精霊を殺すことができるほどの力を持っているのは、この世界でも数少ない存在だろう。
この世界のことに詳しくないロメロは、思い当たるのはたった一人だ。
「なんだ。もう一人いたのか。まったく……貴様ら精霊は、本当にゴキブリのようだな。我の世界に巣食う害虫という意味では、その通りだが」
精霊である自分に、こうまでも気安く……そして、不遜に声をかけることができるのは、やつしかいないだろう。
会いたくて会いたくて……そして、殺しあいたくて仕方なかった、あの男だ。
「待ってたぜ、破壊神」
振り返り、男と相対する。
破壊神バイラヴァ。この世界に侵攻した先遣隊の精霊たちを皆殺しにした、この世界最強の存在。
彼と殺しあうためにこの世界にやってきたと言っても過言ではないロメロは、凄惨な笑みを浮かべていた。
ただ相対するだけでも、押しつぶされてしまいそうになるほどの圧迫感。
冷や汗をたらしながらも、笑みは消えなかった。
「我を待っていた? 愚かな精霊もいるものだ。……いや、精霊のすべては愚かだったな」
「俺は退屈で退屈で仕方なかったんだよ。期待を込めてこの世界にやってきたら、全員ひ弱な軟弱者だ。この世界に侵略に来たのは間違いだとも思ったよ。だからさあ……俺を失望させてくれるなよ!」
やれやれと首を振るバイラヴァ。
そんな彼の反応を、もはやロメロは見てもいなかった。
追い求めていた存在が、ようやく手の届くところに来たのだ。
これ以上、我慢なんてできるはずもなかった。
刀を抜き取ると、強く地面を蹴ってバイラヴァの元へと突き進む。
「ペラペラと勝手に一人で盛り上がって、完結しよって。一番うっとうしいタイプだな、貴様」
嘆息するバイラヴァ。
人の話を聞かないのは、三馬鹿プラス阿保精霊だけで十分である。
「(とった!)」
ザッと地面に足を食い込ませて急ブレーキをかけると、すぐに腕を振るう。
狙うは、バイラヴァの首である。
どのような生物でも、首と胴体が離れてしまえば致命傷である。
事実、精霊であるスカルバも、それで命を落としている。
鉄ですら容易に切り裂く刃が、空気を裂きながらバイラヴァの首へと向かう。
もはや、今更防御や回避なんてできるはずもなかった。
ロメロは自身の勝利を確信し、そのまま刀を振るう。
そして、ついに柔らかい首元に刃がめり込み……。
「な、に……?」
ロメロは唖然としていた。
バイラヴァは、健在である。
致命傷どころか、かすり傷すら見当たらない。
そして、それはおかしい。
刀は振るわれていたし、さらに振るっていたのは卓越した能力を誇る精霊ロメロである。
たとえ、強固な石でできた城壁でさえも、斬ることが可能だ。
人の首なんて、あくびをしながら片手でも落とすことができるだろう。
それだというのに……。
バイラヴァの首に触れた刀が、ボロボロと崩れ落ちていった。
まるで、刃を向けたことを後悔して自壊するように、強靭な鉄で作られた刀が地面に落ちていく。
受け止められたのであれば、わかる。
刃を折られたのであれば、まだわかる。
だが、今目の前で起きていることは、わからなかった。
「資格がなかったということだ」
呆然と地面に崩れ落ちる刀を見ていたロメロ。
そんな彼に、怪しく目を光らせたバイラヴァが近づく。
「我に向けるには、この刀も。そして……」
ようやく顔を上げたロメロ。
彼の目に映るのは、固く拳を握りしめ、振りかぶっていたバイラヴァの姿であった。
「貴様の、能力もだ」
頬に岩よりも固い拳がめり込む。
ロメロは悲鳴すら上げることができず、地面に何度も身体をバウンドさせながら、見えなくなってしまうほど遠くに殴り飛ばされるのであった。




