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第136話 混ぜてもらっていいか?

 










「きゃあああああああああ!!」


 女の甲高い悲鳴が響き渡る。

 彼女に危険が迫ったわけではない。


 彼女の恋人である男が、その身を張ってかばったからである。

 では、その悲鳴の理由は?


「ごっ、ひゅー……ひゅー……」

「ふーむ……終わりですか」


 血だまりに沈み、もはやか細い呼吸しかできなくなったその男の惨状を見てしまったからである。

 そんな彼を見下ろして、スカルバは返り血をぬぐう。


 自分でやっておいてなんだが、とてもひどい状態だ。

 目はえぐれ、耳は片側を引きちぎられ、顔の皮もはがされている。


 歯も何本も無理やり抜かれ、四肢はおかしな方向に曲がっている。

 指の爪も何本もはがされ、指そのものを引きちぎられている場所すらあった。


 それを目の前で見せつけられていた街の人々は、嘔吐したり気絶したりと耐えられない者が続出していた。


「ああ……しかし、素晴らしい反応でしたよ。ええ、最高でした。こんなにもゾクゾクして気持ちよくなったのは、何百年ぶりでしょうか? ああ、素晴らしい!」


 頬を紅潮させ、歓喜に震えるスカルバ。

 ゾクゾクと背筋を駆け上る快感は、たまらないものがあった。


「しかし、まさか本当にここまで耐えきるとは思っていませんでしたよ。痛みに耐性があるというわけでもありませんよね? 愛の力ですかねえ」


 常人どころか、鍛えられた戦士でさえも泣き叫び屈してしまうような拷問だった。

 スカルバには、その自信があった。


 それなのに、男は一度たりとも女を身代わりにするようなことを言わなかった。

 命乞いをしなかった。


 単純な精神力の強さというわけではないだろう。

 ただ、ひとえに女を守らんとする決意。


 スカルバには理解できないが、とても興味深くて面白かった。


「ほら、あなたのために頑張ったんですよ。喜んであげなさい。笑顔を向けてあげなさい。ほら」

「…………っ!」

「今は私をにらみつけろとなんて言っていないのですが……。まあ、嫌いじゃないのでいいです」


 女の髪をつかんで無理やり顔を上げさせれば、男ではなくスカルバを強くにらみつけてくる。

 涙でボロボロになっているというのに、非常に迫力があった。


 それに気分を害することなく、スカルバはうなずいた。


「さあて、最初に約束していたことをお聞きしましょうか。ほら、顔を上げなさい」


 女から離れ、男のもとへと向かう。

 自分の力で立つどころか、頭を上げることすらできない。


 虫の息の彼の頭を無理やりあげさせ、至近距離で見つめあう。


「この女性を身代わりに差し出せば、あなたは見逃してあげましょう。その酷い傷も、すべて治してあげます。もう、死よりもつらい苦しみを味わう必要はなくなります」


 にっこりと笑いながら提案する。

 甘い毒だ。


「ですが、もし断れば……今以上に地獄を味わうことになります。いやいや、想像するだけでも楽しいですね。あなたを殺さないで苦痛を与えるほうが難しいというくらいの、とっておきの拷問です」


 これ以上の地獄と聞いて、びくっと小さくではあるが男の身体が反応する。

 やはり、恐ろしいのだ。怖いのだ。


 それも当然だ。下手をすれば、苦痛で命を落としていてもおかしくないほどの拷問だからだ。

 それゆえに、スカルバはこのような聞き方をしたのだ。


 男の心が折れて、女を差し出したくなってしまうような、厭らしい聞き方を。


「さあ、どちらを選びますか?」


 さあ、うなずけ。あきらめろ。女を差し出せ。

 その時の男の苦悩の表情と、女の絶望的な表情を想像するだけで、よだれがこぼれてしまう。


 これほど抗った男だからこそ、その心を折ることは楽しい。

 嬉々として男の返答を待つスカルバ。


 彼の期待を一身に背負った男が選んだ答えは……。


「―――――――」

「…………っ」


 首を、横に振ることだった。

 声に出して答えることはできなかった。


 のども、スカルバによってつぶされてしまっているからだ。

 だが、彼はそれでも、緩慢な動作で首を横に振った。


 女に押し付けようとせず、これまで以上の地獄が待っていることに恐怖しながらも、それでも彼は自分で受け止めることに決めたのであった。

 それを見て、女の目からはとめどなく涙があふれだす。


「……まさか、ここまでとは。素晴らしい。やはり、人工精霊などとは比べものになりません。これが、愛というものですか? 私は少しもわかりませんが、尊いですねぇ」


 呆然としていたスカルバは、しばしの時間を要してようやくそのような言葉を吐いた。

 素直に驚いていた。


 パチパチと拍手をして、男をたたえる。

 しかし、その表情は、すぐに悪辣なものへと変貌する。


「ですがぁ……私は、ちゃんとお返事をいただけていませんねぇ。結局、どちらを選んだのかわかりません」

「なっ!?」


 目を見開く女。

 見据えるスカルバの顔は、醜悪に歪んでいた。


「うーん……そうすると、私が決めてあげたほうがいいでしょう。うん、そうしましょう」


 うんうんと、一人でうなずき納得するスカルバ。


「あなたを助けて、身代わりにこの女性を拷問しましょう。もう十分頑張りましたしね。そろそろ、休ませてあげないと」

「この、卑怯者! 最初から……最初から、そのつもりだったのね!」


 声を荒げる女。

 スカルバは、最初からそのつもりだったのだ。


 男だけでなく、自分も痛めつけもてあそぶつもりだったのだ。

 男を目の前で痛めつけて女の心をいたぶり、今度は男の目の前で女を痛めつけて男の心をいたぶる。


 最初から、二人を苦しめるつもりだったのだ。

 女の糾弾も、スカルバは大して気に病む様子を見せない。


「いやいや、そんなことはありませんよ。ちゃんと言葉にしてくれたら、私だってそれを尊重しましたとも」

「あなたがのどをつぶしたくせに……!」

「おや、そうでしたか? 覚えていませんねぇ」


 殺意すらこもっている目を向けられるが、それすらも心地いい。


「さて、答えは出ました。次はあなたの番ですよ。……あまり怯えていませんねぇ。つまらないです」


 目を細めて女を見る。

 どのような目に合わせられるかは、つい先ほどまで目の前で男がされていたのだから、彼女も理解できているだろう。


 それなのに、彼女は強い目をスカルバに向けていた。


「あの人は、私のために頑張ってくれた。だから、私が身代わりになってあの人が助かるんだったら、何も怖くないわ」

「おお、素晴らしい。彼だけではなく、あなたもですか。いやはや、すごいです。人工精霊を痛めつけているだけでは、決してわからないことです」


 感情をすべて失った人工精霊。

 当然ながら、仲間意識なんてものもなく、たとえ目の前で人工精霊が痛めつけられていたとしても、助けようともしなければ恐怖に震えることもない。


 スカルバからすれば、これほどつまらないものはない。

 だから、彼女の……彼女たちの、互いを思いやって恐怖を感じながらも自分の身を犠牲にしようとする姿は、とても好ましかった。


 ああ、それゆえに、こう言ってやったらどうするだろうか?

 スカルバの口角がいびつに上がる。


「ですが、治療がうまくいくか……。そこだけが、心配ですねぇ」

「は……?」


 何を言っているのだ?

 女は唖然としてスカルバを見る。


「私、恥ずかしながら、あまり治療が得意ではなくてですね。かなり致命傷ですから、なおさらです。失敗したら、申し訳ありませんねぇ」


 言外にスカルバが言っていることを、女は理解してしまう。

 この男は……スカルバは、男を助けるつもりなんて毛頭ないのだ。


 男の心の支えであった約束を違え、自分を痛めつけて殺し、そして男も見殺しにする。


「ひ、卑怯者おおおおおおお!!」

「おお、いいですよ! 異世界侵略のだいご味です! あなたたちを皮切りに、これからもっと楽しませてもらいます! ああ、侵略万歳! 精霊王万歳!」


 血を吐くような叫びも、スカルバを喜ばせる一つの要因にしかなりえない。

 歓喜して、大して敬意を抱いてもいない精霊王に忠誠を叫ぶ。


 その興奮が冷めぬ間に、女に手をかけようとして……。


「――――――楽しそうだな。我も混ぜてもらっていいか?」


 冷たい声が聞こえた。

 ピタリと止まるスカルバ。


 これが制止の声ならば無視していただろうが、参加したいという異質な言葉だったため、思わず振り向く。

 そこには、一人の男が立っていた。


 占領されて蹂躙された街の住民とは思えない、不敵な笑みを浮かべていた。


「(おかしい)」


 スカルバが思ったのは、そんなことだった。

 ああ、おかしい。街の住民でないことは明白だ。


 抵抗した戦士は皆殺しにしているし、捕らえられたのはみんな非戦闘員だとロメロから聞いている。

 傷どころか汚れすら身に着けていないことからも、それは明らかだ。


 では、外部からやってきた救援?

 それならば、人工精霊が対処しているだろう。


 なぜ、彼らは気づかなかった?

 いや、それ以上に……どうして、精霊である自分がここまで接近されるまで気づかなかった?


「(興奮しすぎていたでしょうか? いけませんねぇ)」


 その理由を、スカルバは自分が興奮していたからだと分析した。

 久々に他者を痛めつけることにおぼれ、接近に気づかなかったのだろう。


 いけない。気を付けなくてはならない。

 この世界の人間に精霊をどうにかできるとは思っていないが、油断は禁物である。


 とはいえ、今は警戒する必要はないだろう。

 それ以上に、自分の楽しみを邪魔されたことに対する怒りがあった。


「はあ? 今、いいところなんですから、邪魔しないでもらいたいですねぇ。誰ですか、あなたは」


 殺意を飛ばす。

 そのおどろおどろしい風が吹き荒れ、それにあたった者は皆顔を青ざめさせる。


 直接向けられていない者たちですらそうなのだ。

 一身に受けている男は、さらに強烈なものだろう。


 しかし、男はまったくもって動じる様子は見せず、悠然と立っていた。


「知る必要はない」

「ああ?」


 ビキリとスカルバのこめかみに青筋が浮かぶ。

 丁寧な話し方を続けていた彼の声が、変わる。


 ぎろりと殺意に満ちた目を向けられて、男は……バイラヴァは、にやりと笑うのであった。


「貴様はもうここで死ぬのだからな」

「なにを――――――」


 バカなことを、と続けようとしたスカルバ。

 しかし、彼はその直後に光に飲まれてしまった。


 次の瞬間、すさまじい爆発が巻き起こるのであった。




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